第1話 『ある村に蔓延る大蛇の謎』 全28話。その3。
3
「
「なるほど、大体の村人達は皆その大蛇神に
「そんな迷信深い村に突如起きた謎の巨大な大蛇による殺人事件。一年前を皮切りに、本来ならいるはずもない巨大な大蛇が草薙村周辺に
「大蛇に絞め殺された……ですか。その証拠となる物や目撃者はいたのですか」
「はい、その伊藤松助の死体の近くで蠢く巨大な大蛇を見たと言う目撃者も何人かいますし、その現場にその大蛇らしき生物がいたという証拠も幾つか見つかっています」
「その大蛇が実際に現場にいたという証拠がちゃんとあるのですか。確かに不思議な話ですね。誰かが飼っていたペットのニシキヘビが外に逃げ出したのでしょうか?でも可笑しいですね。今から一年くらい前と言ったら、季節は当然十一月くらいという事になりますよね。そんな時期に蛇が……爬虫類が活発に動ける物でしょうか。て言うかとても生きては行けないでしょう」
「ええ、この事件の謎は正にそこです。仮に現場となったあの蛇神神社内に大蛇がいたとして、伊藤松助さんが死んだのはその正体不明の大蛇による仕業だなんて先ずあり得ないからです。だってそうでしょ。真夏ならともかく、この寒い季節に外で活発に活動できる蛇なんて先ず聞いたことがありませんから。冬眠が出来る日本蛇種の
「まあ、確かに普通に考えたら可笑しな話ですね」
「二週間前の十一月十二日に『大沢早苗』つまり俺の母親が蛇神神社の溜池付近で(伊藤松助と同じ場所・同じ殺され方で)
「絞殺死体の
何気なく発した黄木田店長の言葉に、今まで聞き耳を立てていた周りの客達が皆一斉に背を向けながら店内を後にする。急に立つお客さん達で喫茶店の中はガラガラとなり、店内はより一層静になる。そんな中淡々と語っていた柳三郎は、まるで話す事が自分にかせられた義務とばかりに更に話に
「その後事件を知った村人達は、この殺人大蛇の出現は
青ざめながら語る柳三郎の前に新たに
「どうぞ、お代わりのブレンドコーヒーです」
話を聞いていたのか、そのウェイトレスの女性の表情はぎこちなくそして冴えなかったが、話を合わせるかのように
「ひ、人食いの殺人大蛇ですか? そう言えば二年前にもそんなニュースをテレビの特集でやっていましたよね。県は違いますけど……確か飼っていたニシキヘビがアパートから逃げだしたとか」
丸い黒縁の眼鏡を掛けたその女性は、どこから見ても生粋の眼鏡っ子といった用な風貌を持つ可愛らしい女性だ。その彼女が緑のエプロンを揺らしながらお客が帰った後の食器を綺麗に片付ける。
女性の名は『
誰にでも優しく、真面目で、そして初々しい。そんな彼女は高校時代からの勘太郎の良き後輩でもある。
そしてカウンターの中にいる白い
そんな黄木田店長の淹れるコーヒーは(近くに住む者ならば誰もが知っているが)一度飲んだらリピーターになるくらいに美味しい珈琲を出してくれる店なので、当然二階に住む勘太郎も暇さえあれば良く店を訪れている。
何でも世界中から取り寄せた良い珈琲豆だけを
そんな黄木田店長のもう一つの売りは、その礼儀正しい穏やかな人柄といろんな知識から来る
その絶妙な相づちと助言でよく話を聞いてくれる事から、勘太郎もかなり頼りにしている人物の一人だ。
その黄木田店長が少し困った顔で緑川章子の発した言葉に相槌を打つ。
「そうですね。確かに二年前にそんなニュースがテレビで流れていましたね。でもあれは飼い主の不注意が原因でのペット逃走による単純な事件です。幸い怪我人も出てはいませんですしね。ですが今回大沢柳三郎さんが持ち込んだこの事件はかなり状況が違う見たいです。状況から察するに近くでニシキヘビを飼っている愛好家や、爬虫類を売っているペットショップから逃げ出した大蛇とも違うみたいですからね。まあ、そこら辺は既に地元の警察が真っ先に調べているのではないでしょうか。動物愛護法によって指定されている異国の特定危険外来動物を飼うには確か地方自治体の許可が必要だと記憶しています。ですがペットの大蛇が逃げ出したという情報が無いと言う事は、少なくともその蛇神神社に現れると言う大蛇は人が飼っている蛇では無いという事です。まあ、届け出を出していない違法の大蛇という線も無い訳ではありませんが、いずれにせよこの寒い季節に外へ逃げ出したらどんな蛇でも活発な活動は出来ないと思いますがね。て言うか普通生きてはいられないでしょう」
「逃げ出したペットのニシキヘビか野生のニシキヘビかはともかく、黄木田店長が言う用に真冬の寒さの中では例えどんな蛇でも生きられないと言うのなら、大沢さんが持ち込んだ大蛇の話はやはりデマ……いえ、
デマってちょっと緑川、少し口が悪いぞ。大沢柳三郎さんは一応依頼人なんだから、もっと言葉をオブラートに包んでせめて見間違いと言ってあげて! そんな勘太郎の声なき叫びを感じ取ったのか、黄木田店長はノートパソコンを開きながらすかさず言葉を埋める。
「私はそう思うのですが……二週間前の十一月十二日に発見された大沢早苗氏の遺体の首元には何らかの強い力で締め付けられたような圧迫痕が確かにあったらしいです。死因は何らかの強い圧迫による窒息死とニュース枠に記載されていますね」
「でもだからと言ってそれがなぜ大蛇の仕業だと分かるんですか? もしかしたら事故や人為的な別の何かかも知れないじゃないですか」
「お忘れですか。ここにいる柳三郎さんも言っていたように大沢早苗さんの死体のあった周辺では、大蛇が立ち去る姿を見たと言う目撃者が何人もいるという事を。そして柳三郎さんも目撃したその一人です。しかも大沢早苗氏のその衣服からは締め付けられた時に
「えぇぇ~っ!そうなんですか。そんな証拠が見つかったのなら、やっぱりその大蛇は本当にいるんじゃありませんか?
テーブルの食器を片付けながら話を聴いていた緑川章子は、手に持っていた食器をガタガタと震わせながらまるで弱々しい小動物のように肩を竦ませる。
「はははは、大丈夫ですよ。仮にそんな大きな蛇がいたとしたら、その巨体を維持する為にはそれなりに生きた獲物が必要なはずです。しかも今は冬が近い十一月です。比較的暖かい所に住むニシキヘビが四季のある気温の変動の激しい日本で生きていくのは中々厳しい物があると思いますよ。しかも大蛇の現れた場所は東北の寒い山の中だという話じゃないですか。たとえ何かしらの理由で逃げ出したニシキヘビが本当にいたとしても、多分もう山の寒さで死んでいると思いますよ。まあ、住む環境や国によっては寒さに強いボア科の大蛇もいるかも知れませんが、基本的には密林に住む大型のニシキヘビは原始的な身体の構造上恐らく冬眠は出来ないと思いますよ」
震える緑川章子を気遣う親のように、黄木田店長はすかさずホローをいれる。そんな微笑ましい二人のやり取りを見ていた大沢柳三郎が目を伏せながら静に呟く。
「いや、草薙村に巣くう大蛇は確かに存在しています。それは紛れもない事実です。俺さっき言いましたよね。その大蛇を見たって。それにあれはただの大蛇じゃない。村人達が言うように……あれは草薙村のお伽話に出て来る民話の蛇……蛇神神社に巣くう蛇神様だ。犠牲者達は皆その呪いを受けて殺されたんだ。でなければもうとっくの昔にその大蛇は村人達の手によって捕まえられているはずですから」
恐ろしげに語る柳三郎の話に黄木田店長は目を細め、緑川は体を震わせながら怖じ気づく。そんな不思議な緊張感が張り詰める店内に、若々しい男の声が勢いよく飛ぶ。
「フフフッ、大体のお話は分かりました。で、仮にその大蛇が本当にいたとして、我が黒鉄探偵事務所に一体どうしろと言うんですか。まさかとは思いますがそのいるかどうかもよく分からない殺人大蛇を捕まえてくれという依頼じゃないでしょうね?」
そう口火を切ったのは、ズボンに付いた染みをついに諦めた黒鉄勘太郎である。
コーヒーの染みが取れないことに少しナーバスになっている勘太郎は、そろそろこの
だがその話を上手く返したのは他ならない柳三郎の方だった。
「あの
カウンターに肩肘を置きながら、柳三郎は真剣な顔を傾ける。その仕草は、これから本格的な話題に入ろうという凄みのある仕草だった。
「つまりここにいる柳三郎さんはただの
「俺や幾人かの村人達は直接その大蛇を目撃したからその存在を信じるようになりましたが、二人の兄達と俺の父親は違う。その中でも親父は考え方が誰よりも現実的で、俺達が見たと言う大蛇の存在を全くと言っていいほど信じちゃいません。その証拠に『その大蛇とやらは蛇神の民話を利用した誰かの悪質な悪戯だ!』と言って聞かないんですよ。まあ、俺の母親は仕事で高利貸し業を営んでいたからそれなりに敵も多かったと聞いています。なのでその金銭トラブルが原因で誰かに殺されたのだと親父は考えています。『大蛇神などという空想の大蛇は本当はいない』などと言っているくらいですからね。だからこそ親父は貴方達にこの依頼を頼んだのだと思います。そして肝心の依頼内容ですが、今までに起きたこの大蛇神による一連の事件が、ただの偽り~思い過ごしである事を証明する事と。もしくは、この大蛇のトリックを仕掛けたと思われる犯人を捕まえる事です!」
「なるほど、それが私達に対する依頼内容ですか。つまり真の依頼主である大沢草五郎さんは全くと言っていいほど大蛇の存在を信じては無く、逆にこれは誰かが仕組んだ悪質な悪戯だとそう考えている訳ですね。なのでそれが本当かどうかを我々に調べて貰いたいと」
「そういう事です。こんな不可思議で不気味な怪事件、世間に星の数ほどいる他の探偵業者達でもそうそう関わった事はないはずです。どうです、探偵としての腕が疼きませんか?」
まるで人を試すかの用に意味ありげに言う柳三郎に、勘太郎は不思議な表情を浮かべながら話を切り返す。
「それにしても何故、我が黒鉄探偵事務所にこの依頼を持ち込んだのですか? 他にも有名な探偵事務所なら沢山あるのに」
「先程も言ったようにもう地元の警察はこの事件を正体不明の害獣事件か不慮の事故と言う形で捜査を打ち切りにしました。大蛇を見たと言う村人達の証言から
「まあ早い話が、触らぬ神に祟りなし……という事なのでしょうか?」
「ええ、そうなのでしょうね……悲しい話ではありますが……ハハハッ」
少し悲しい顔をしながら柳三郎は小さく笑う。その乾いた笑いは今の村の現状を思っての皮肉の笑いの用に勘太郎には見えた。
「
「ああ、
「ああ、それでですか。でも残念な事にその父は二年前に他界しました。なので今は俺が二代目としてこの探偵事務所を継いでいます」
「ええ、知っていますよ。貴方の事は家の親父からいろいろと聞いていますから。心無い同業者からはへっぽこ探偵、もしくは駄目探偵とも言われているみたいですが、実はそうじゃない。不可思議な事件ばかりを専門に受ける変わり者の探偵だとも聞いています。そしてその仕事の成功確率は九十九パーセントだとも」
なんだ~話に
「それはちょっと正確な情報じゃありませんね。俺は貴方が思うようなそんな凄腕の探偵じゃありませんよ。まだ探偵としての経験も浅いし
苦笑いを浮かべながら頭を
「またまたご
「え、
「そうです。何でもあんたは恐ろしく
「し、信用ですか……貴方の親父さんとは一度も会った事がないのですが。ハハハっ…」
勘太郎は少し
「それでちょっと素朴な質問なのですが、親父が言っていたその白い羊とは一体何の事なのでしょうか? まさかとは思いますが本当に野生の羊でも飼っているんじゃないでしょうね?」
柳三郎の
「いや~大した話ではありませんよ。羊とは多分、俺の事務所に住み込みをしている探偵助手の事だと思いますよ」
「探偵助手……あんたの相棒と言うのは飼っているペットの羊なのですか?」
真面目に話す柳三郎の質問に勘太郎の顔は思わず引きつる。
何言ってんだこいつ……まさか本気で言っているんじゃないだろうな。実際にそんなのを連れて町中を歩いたらかなり可笑しいだろう。そんな事を内心思いながらも勘太郎は愛想良く説明をする。
「いやいやそうじゃなくて、彼女はちゃんとした人間ですよ。恐らく羊野って名字だからみんなには羊と呼ばれているのでしょうね」
「名字が羊野で……羊ね。そうかなら合点がいきます。そうか女性の探偵助手の事か」
何やら勝手に盛り上がる柳三郎を見つめながら、勘太郎はこれからどう決断し行動をしたらいいのかを考える。
どう考えても危険な匂いしかしない疑惑ありげなこの依頼を『受けるべきか』それとも『断るべきか』を。
怪しい……明らかにこの依頼は怪しすぎる。危険生物の大蛇が関わっていると言うだけでも危ないと言うのに、蛇の呪いだとか祟りだとかそんな恐ろしげでハイリスクな依頼を受けるのは絶対に嫌だ。しかもあろう事かその呪われた殺人大蛇の謎を解いてくれだとう! もしもその大蛇がトリック無しの本物の大蛇神とやらだったらどうするんだよ。この俺までその蛇神様の呪いのターゲットになってしまうじゃないか。冗談じゃ無いぜ。地元の警察でさえも関わり合いたくなくて
散々迷う降りをしながら勘太郎はそんな事を考える。
「それで、返答はいかに、黒鉄の探偵さん」
「そ、それは……」
この謎多き依頼を勘太郎が引き受けるか否か……その最終的な決断を黄木田店長と緑川章子は静に見守る。
そんな神妙な空気が流れる店内に、突如どこからとも無く明るい声が飛ぶ。
「その依頼、何だか面白そうじゃないですか。黒鉄さん、ここは素直にお受けしましょうよ。せっかく依頼人さんが私達を信用して持って来てくれた依頼でもある事ですし」
聞き慣れた若々しい声に勘太郎・黄木田店長・そして緑川の三人は皆一斉に声のした方を振り返る。そんなみんなの反応に数秒遅れて柳三郎も顔を向けるのだが…その瞬間、彼の顔はぞっと凍り付く。
何故なら彼女の姿形がとても奇妙で不可思議だったからだ。
長身で痩せ型のその女性は
唯一色違いなのは首から垂れ下がる赤いネクタイくらいだが。全て黒一色のダークスーツを着こなしている黒鉄勘太郎とは全く正反対の出で立ちをしていた。だが恐らく大沢柳三郎が一番驚いているのはそこではない。
突如現れた彼女を見て最も驚いた事は彼女の顔が羊だったからだ。
いや、もっと正確に言葉を直すならば、本物の羊に近い……
その白一色の羊人間が両手に大きな本を数冊抱えながらこちらに首を
「な、何故だ。何故彼女はあんな羊のマスクを……いや被り物をしているんだ?」
無機質な視線を向ける羊人間を前に思わず後ろへと体をのけぞった柳三郎は、顔を引きつらせながらあからさまに戸惑う。
「た、探偵さん……彼女は……一体?」
不信と恐怖で震える柳三郎を
「羊野、お前また俺達の目を盗んで地下の読書フロアで本探しをしていたな。あれ程仕事はサボるなと言って置いたはずなのに。今はここで
「嫌ですわ~黒鉄さん、ちゃんと働いていましたわよ。地下にある本の整理や掃除とかを重点的にね」
「そしてその途中、ご丁寧にも読みたい本をゲットしてここへと戻って来たと言う訳か」
「まあ、そんなところ……ですわ」
「はあ~、もういい。丁度今お客さんが来ている所だから、お前も先ずはご挨拶をしろ」
勘太郎の言葉に
「私は黒鉄探偵事務所で黒鉄さんの探偵助手として働いている『
そう言いながら羊野は悪びれる様子も無く堂々と
「おい、羊野。いい加減にその羊の被り物を外したらどうだ。依頼人の柳三郎さんが困惑しているだろう。もう日はとっくに落ちているんだからその羊のマスクを外しても問題は無いはずだぞ」
「そうですわね。今日は一日中地下室に隠っていましたからマスクを外すのをすっかり忘れてましたわ」
そう言いながら羊野はその白い羊のマスクをゆっくりと取り外す。その瞬間、美しい白銀の長い髪ときめ細やかな張りのある若々しい白い肌が眼前に
そんな羊野の見詰める瞳が赤く、そして
そんな
「まさか……彼女はアルビノですか」
何気なく
「私、生まれた時からメラニン色素の生合成に関わる遺伝子疾患のせいで……長時間日の光に肌を
いや……いいアイデアでしょと、万遍の笑みで言われても。
そんな得意げな羊野の声を聞きながら柳三郎は内心首を傾げる。仮にこの羊野と言う女性が今の用な恐ろしげな羊の姿で外をほっつき歩こう物なら『危ない人』『可哀想な人』『不気味な変質者』と言う汚名を着せられる可能性はかなり高いはずだ。先ず事情を知らない周りの人達からは絶対に警戒されるだろうし、場合によっては可笑しな人間がいると警察に通報されるかも知れない。
見た感じはまだ二十代前半くらいの美女だと言うのにそんな可笑しな格好をしないと外もまともに歩けないとは、なんて
そんな柳三郎の勝手な思いを察したのか、黄木田店長が好かさず羊野のフォローに入る。
「羊野さんが仮装するその羊の被り物は、この黄木田喫茶店内では結構有名な名物の一つとなっているのですよ。地下の図書室に時々現れる、謎のマスコットキャラクターとしてね。その
「まあ、初めてここを訪れたお客さんによっては、地下室に羊の化け物がいると言うクレームが来たりもしますけどね」と好かさず緑川が黄木田店長の話に
意味ありげに笑みをこぼす緑川に悪意は無い用だが、羊野のせいでお客が逃げ出したという例も無いわけではないので、彼女なりに少し話に皮肉を加えた用だ。
「わ、私のことはもういいじゃないですか。それよりも今はその蛇神神社とやらに出没すると言う不可思議な大蛇のお話ですわ」
そう言いながら羊野はその大蛇の種類について語り出す。
「その東北地方に現れたと言う大蛇の正体はどうやらアミメニシキヘビ見たいですわね。被害者の衣服に付いていたと言うアミメニシキヘビの抜け殻の破片がその大蛇の存在を臭わせています。世界には約五十種類以上のボア科のニシキヘビが存在するらしいですが、そんなボア科の中でも(ニシキヘビ科最大種にして最大全長は爬虫類最長種でもある)アミメニシキヘビが、人間を絞め殺している数だけならダントツにどのニシキヘビよりも多いとの話です。それにどの蛇類にも言える事ですが、蛇は地面から伝わる振動で相手の位置を特定し、時々出す二股の舌で空気から伝わる獲物の臭いを嗅ぎ分けていると言われています。目は余り見えない見たいですが、鼻の辺りにはピットと呼ばれる熱を感知するセンサー器官のような物があり、蛇類はその体温を感知して獲物に襲い掛かります。成長と共に脱皮しその体を大きく肥大させていく彼らですが、獲物を捕まえる際の動きは俊敏でとても早く、その機敏な瞬発力で相手に巻き付き獲物を捕らえます。獲物を捕らえるとその呼吸に合わせてゆっくりと獲物の体を締め上げて呼吸を奪って行くのだそうですよ。それが大まかな蛇の特徴です。ですが蛇は元来大変臆病な爬虫類のはずです。アフリカ・ニューギニア・オーストラリア・アジア諸国に分布する大型種のニシキヘビは人家付近にも出没して家畜を捕らえたりするらしいですが、人を襲う事は先ず稀だそうです。熱帯雨林の川辺や草原などにも主に住んでいますが、種類によっては木の上などでも待ち伏せして獲物を捕食する大蛇もいるそうですよ。なので人間がそのテリトリーに無闇に足を踏み入れなければ、その大蛇が率先して人を襲う事は先ず無いはずなのですが?」
教科書通りの知識を
人を無慈悲に絞め殺す、疑惑ありげな殺人大蛇事件に興味津々の羊野を見つめながら、勘太郎はそんな彼女を引き止める口実を必死に考える。
「いやいやいやいやぁ、待てよ羊野。大蛇探しは俺達探偵の仕事の範囲には含まれてはいないし。仮に見つけたとしても俺達にはどうする事も出来ないだろ」
「ええ、そうですわね。ですがこの大蛇のお話が、実は作り話の真っ赤な偽物だったとしたらどうでしょうか。こんな摩訶不思議な面白いトリックを考える犯人に是非会って……そして願わくばその犯人と対決して見たいとは思いませんか」
「面白いってお前、その大蛇に二人も人が殺されているんだぞ。
わくわくしながら話す羊野に軽く注意をした勘太郎の横から、目をギラギラさせた柳三郎が期待に満ちた表情で顔を出す。
や、柳三郎さん、あんた二週間前に母親をその大蛇とやらに殺されているんだよな。なのになんでそんな期待に満ちた顔が出来るんだ。勘太郎は内心そう思いながら、柳三郎の精神状態を本気で心配する。
破れかぶれになりながらも何かを必死に探し求めるその姿は、時として物凄く危険な事だと知っているからだ。
そんな勘太郎の心配を余所に、柳三郎は羊野に話しかける。
「羊野さん……それってどういう事ですか。俺が村で目撃したはずのその大蛇は本当は真っ赤な偽物で、もしかしたら何者かが何らかのトリックを使ってその大蛇があたかもその場にいるかの用に見せかけていたと、つまりはそう言いたいのですか」
「まあ、現場を直接見た訳ではないのでまだ何とも言えませんが、そういう可能性も無いとは言い切れないと言っているだけですわ」
「なるほど、確かにそうですね。探偵さん達は直接現場を見てはいませんからちゃんと調べてからじゃないと結論を出す訳には行きませんよね。例えそれがどんなに馬鹿げた低い可能性であってもね。ですが仮にそんな犯人が本当にいたとして、本物そっくりに作った偽物の大蛇を使ってそれっぽく見せたとしても、やはり作り物は直ぐに見破られてしまうと思いますよ。何せ俺が見たあの大蛇は確実に動いてたし、質感も本物でしたからね。それにもう一つの可能性として、作り物の大蛇では無く本物の大蛇を使って犯行に及んだ場合ですが……犬じゃあるまいし、そう都合良く(あんなどでかい)本物の大蛇を使って相手を襲わせる事なんて先ず出来ないし『不可能』な事だと思いますよ。大体あんな大きな大蛇を持ち運ぶのだって楽ではないでしょうし、何より蛇は人の言うことなんてそうそう聞きはしないですよ。外へ放したら最後、そのまま穴蔵にでも潜って雲隠れするでしょうからね。つまり俺が言いたいのは、用水路の中に逃げた大蛇を再び回収し捕まえる事は先ず出来ないという事です!」
「なるほど。柳三郎さん貴方の考えでは、その大蛇は誰かが作ったまがい物の大蛇でも無ければ、誰かがどこからか持ち込んだペットの大蛇でも無いと、つまりはそう言いたいのですね」
「はい、平たく言えばそういうことです。信じたくはありませんが、あれは明らかに作り物の大蛇でもなければ人が飼っていたペットの大蛇でもありませんでした。あれは明らかに誰の手にも触れられていない野生の大蛇だと俺は今も信じています。それに俺は現実主義者ですからね、実際にこの目で見た事実しか信じないですよ」
大沢柳三郎は自分の事を
普段の彼なら冷静に物事を考えて客観的に周りを見る事が出来たのだろうが、蛇神神社で見た母親の亡骸と大蛇のインパクトが余りにも強すぎたせいか自分の目で確信した物は信じて疑わない。だがそれこそが人の思い込みや心を欺くトリックの類であったのなら、それは物凄く恐ろしい事である。
そんな自分の考えを信じて疑わない柳三郎に、羊野は長い前髪を弄りながら静に話しかける。
「そうですか、大蛇を持ち運んで操るのは不可能ですか。東北の寒い北の地にあるとされる静かな農村で起きた呪われし殺人大蛇による怪事件。犯人がその大蛇をどうやって操っているのかが分からない以上、ある意味この殺しは
「お、おい羊野、勝手に話を進めるんじゃ無い! それにまた同じ話を蒸し返すのかよ。もう既にその
「ですから更に、もっと詳しくですわ。だって私、その話を途中からしか聞いてないですから」
そんな感じで話は勝手にどんどん進み、いつの間にかこの仕事を受けざる終えない状況になって来ている。
真剣な面持ちで物事を進行させる二人のやり取りにあっけに取られていた勘太郎だったが、このままでは不味いと座っていた椅子から勢いよく立ち上がる。
「は、話を聞くだけだからな。話を聞いて、それが何者かが仕組んだトリックなのか。はたまた本当に人を襲う凶暴な突然変異の大蛇なのか。それをこの場で一緒に考えるだけだからな」
「はいはい、分かりましたわ黒鉄さん。少し落ち着いて下さいな。ホホホホッ!」
「そうですよ。探偵さんもこの話をもっと詳しく聞いたら、この呪わしき殺人大蛇の存在を信じてくれると思いますよ。フフフフッ!」
二人は笑いながらも同時に顔を付き合わせていたが、勘太郎の意見に従う気はさらさら無い用だ。
カウンター内の
その淹れ立てのコーヒーを一口飲んだ羊野は「さあ、始めましょうか」とばかりに柳三郎の顔を見る。
「では柳三郎さん、話を聞かせて貰いましょうか。貴方が二週間前に草薙村の何処で、何を、何時何分に、どんな状況でそれを見たのかを……その一部始終をね」
柳三郎は先程勘太郎に話した内容の全てを最初から話して聞かせる。
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