第2話 『学級委員長、佐野舞子の証言』     全25話。その4。



二 『絶望王子』


            1


『ええ~ぇぇ! 貴方たち探偵さんだったんですか!』



 後数分で二時間目の授業が終わろうとしている頃、勘太郎と羊野と共に廊下を歩いていた三年A組の学級委員長・佐野舞子が驚きの声をあげる。


 依頼で探偵事務所を訪れない限り探偵という職業に会う機会は先ず無いので佐野は興味と懸念けねんを抱きながら眼差しをつい勘太郎と羊野に向けてしまう。何故なら探偵はともかくとして、この白い羊のマスクを被った可笑しな人は一体何者なのだと勘ぐっているからだ。

 その疑問を問う為に佐野舞子は勘太郎の隣に近づくと、羊野に聞こえないように小声で話し掛ける。


「あの~失礼ですけど、探偵さんの後ろを無言で付いてくるあの白い羊のマスクの女性は本当に大丈夫何ですか。先程の言動から察するにかなり危ない人見たいですけど?」


「だ、大丈夫、大丈夫です。あれは私に悪ふざけをした不良達に向けての彼女なりの牽制……言うなればただの可愛い警告、もしくは威嚇のような物ですから、決して本気ではありません」


「とてもそうは見えなかったですけど」


「大丈夫です、彼女も本当は分かっています。恐らくはただの脅しのつもりだったのでしょう……多分」


「多分って……自分の発言に自信が無いのですか。さっき彼女を本気で止めていましたよね」


「大丈夫です。あんなのは日常茶飯事ですから」


「いや、あんな言動を日常茶飯事にされたら流石に溜まらないんですけど」


 その絶対とは言えない勘太郎の発言に、佐野舞子の額から大粒の汗が流れ落ちる。この人達本当に大丈夫何ですかと思いながら佐野舞子は、勘太郎達が探している近藤正也の事について質問をする。


「あの~、あなた達が本当に探偵だと言うのなら近藤正也君は一体何をしたのですか。この高校に乗り込んでまで彼に会わなくてはならない事って一体?」


「いや、特に彼が何かやった訳じゃないんですけど、直接会って聞きたい事がいくつかありましてね、こうしてここに乗り込んで来たと言う訳なんですよ。何しろ俺達には時間がありませんからね」


「時間が無いって一体どういう事ですか」


「詳しい事は言えませんが、半年前に起こった階段落下事件の事は知っていますか」


「ええ、その事件の事なら知っていますよ。当時は警察が高校まで来て何かと話題になりましたからね」


「その事件に巻き込まれたのが近藤正也君と今は入院中の金田海人君です」


「その半年前に起きた事件を調べる為に、また近藤君に話を聞きに来たのですか」


「まあ、そう言う事です。何せあの事件は未だに解決されず、今も黒い防空頭巾を被った謎の学生通り魔が人を無差別に襲い続けていますからね」


「そうですか……絶望王子がまだ人を階段から突き落としているんですか」


「絶望王子……何ですかそれは?」


 佐野舞子が発したその聞き慣れない言葉に、勘太郎は興味を抱きながら話を聞き返す。


「絶望王子とは、あの不良グループのリーダー天野良夫君が考えついたキャラクターです。さっき内田君が仮装していたあの風貌を見たでしょう。あれが絶望王子です」


「あれがですか……でもなんであの内田君と言う学生はあんな格好をしているんですか」


「それはあの不良達にあの格好を無理矢理に強制されているからです」

「あの格好を、何故です」


「去年の夏の中間テストで内田君はこのクラスで最下位の点数を取ってしまったからです。なのでその罰として……天野君の指示で彼が新たな絶望王子役に選ばれた次第です」


「絶望王子役ですか。でもその絶望王子とあの階段落下事件に現れる黒い防空頭巾の学生通り魔と姿形が酷似こくじしているのは一体どういう事ですか」


「それは私にも分かりませんが……この高校に通う学生達の間では皆が噂しています。あれは復讐の為に黄泉の国から現れた『王子大輝おうじだいき』君なんじゃないかって」


 佐野舞子から語られる初めて聞く名前に、勘太郎はその人物の名前を聞き返す。


「王子大輝……誰ですかそれは」


「王子大輝君。一年前にこの高校の裏階段から落ちて死んだ、当時高校二年生だった男子生徒です」


「その一年前に死んだ男子生徒とあの絶望王子と一体どういう関係があると言うのですか。そして近藤正也君達との関係は」


「内田君が絶望王子役に選ばれる前、彼がその前任者の絶望王子役だったんですよ。あの不良グループ達の提案によってね。その不良グループ達の仲間の中にあの金田海人君と近藤正也君の二人が入っていたからその呪いを受けたんじゃないかって皆が噂いしているんです。何でもあの絶望王子と言う仮装は中学時代から続いていて、王子大輝君と同じ中学だった天野君とその他のメンバー達はその絶望王子の取り決めのルールをこの高校にもそのまま持ち込んだと聞いています」


「でも彼は一年前にこの高校の裏階段から落ちて死亡している。その彼が幽霊となって現代に現れて半年前の七月に近藤正也君と金田海人君を襲ったと言うのですか」


「私達生徒は皆そう思っています。何せあの絶望王子の格好を無理矢理強制していたのは他ならぬあの不良グループ達ですし、あの王子大輝君が落ちた階段落下事故だって……本当にただの落下事故かどうか分かった物じゃありませんから」


「それはどういう事ですか」


「あの王子大輝君が落ちた階段落下事故には様々な噂や疑惑が今も飛び交っていると言う事です。あの階段落下事故を調べた警察の話では、不本意ながらもある女子生徒にぶつかった王子大輝君がそのまま階段から足を踏み外して転げ落ち、その際に階段に頭を強く打ちつけたと目撃した人達は皆証言しています。その後病院に搬送された王子君は病院のベットの上で死亡したと聞いてます。ある筋の裏の噂では、あの不良グループ達がわざとその女子生徒を突き飛ばして王子君に当てて、その勢いで彼はそのまま階段から転げ落ちたとも聞いています。でもその話は出所がよく分からないただの噂話ですけどね」


「そんな噂があるんですか。それでその王子君にぶつかったとされるその女子生徒の名前を教えてはくれませんでしょうか」


「それは構いませんけど、くれぐれも私が言ったなんて事は絶対に言わないで下さいよ。そうなったら私、口が軽い女だと思われてしまいますから」


「ええ、勿論あなたの情報提供は秘密にします」


「探偵さんもさっき教室でその女子生徒を見ているはずですよ。その女子生徒の名は『小枝愛子』さっき佐藤彦也君と共に内田君の仮装を脱がせていた生徒の一人よ」


 その言葉にあの小柄なお下げ髪の生徒の姿が勘太郎の脳裏を過る。


「ああ、あの背の小さな小柄なお下げ髪の生徒ですか。覚えてますよ。あの内田君の仮装を脱ぐのを手伝っていましたよね。仲間思いで中々感心だな~と思いました」


「あの佐藤彦也君と小枝愛子さんは内田君とは仲良しですからね。手助けせずにはいられなかったのでしょう。本当に優しい、いい子ですよ彼女は」


 そう言うと佐野舞子は悲しげに小さく笑う。


「ではその内田君や他の人達の事をもっと詳しく教えてはくれませんでしょうか。その事を知らないと今も事件を引き起こしているあの絶望王子には絶対にたどり着けない気がするのです。なのでどうかお願いします。三年A組の学級委員長、佐野舞子さん。あなたなら他の大人達が知らない噂や学生達の真実を色々と学生目線で知っていると思いますから」


「近藤正也君を探しに来たのではないのですか。もう少しで二時間目の授業も終わってしまいますし、このままでは休憩時間に入って仕舞うのですが」


「そこを何とかお願いします。これ以上絶望王子の悪評が広がらない為にも色々と知っておく必要がありますから。それに幸い君はこの三年A組の学級委員長みたいですし、いろいろと何か情報が聞けるかと思いましてね。たまらずこちらも正体を明かしたと言う訳です。正体を隠したまま聞いても良かったんですけど、やはり正体不明では誰も本当の事は言ってはくれませんからね」


「確かに、白い羊のマスクの女性を連れた怪しげな人には誰も本当の事は話してはくれないかも?」


「頼むから、そこに触れないでくれ!」


 佐野舞子の考え込む姿を見て、勘太郎は密かにほくそ笑む。


 他の生徒達一人一人から聞き込みをするのが面倒臭いと考えた勘太郎は、聞き込みの手間を省き縮小する為に賢明な選択をする。

 恐らく佐野舞子は委員長という立場から、教室の状況を一番よく知り尽くしている人物だと思われるからだ。そんな学級委員長を味方に付けると言う事は、即ち三年A組の生徒達全ての情報源を確保したのと同じ事である。


「まあ、確かに……探偵さんが学生達を一人一人捕まえて話を聞いても、事件に関わりたくないと思っている学生達はいろんな細かい話までは教えてはくれませんからね」


「でもあなたは協力的だ。それはあなたの心の中にもこの事件を何とかしたいという思いがあるからじゃ無いのですか。もしかしたら本当にあの絶望王子が三年A組の生徒達の中にいるかも知れないと思っているから」


 勘太郎に確信を言われた佐野舞子はしばらく目を閉じ考えていたが、決意が固まったのか目を見開き自分の思いを告げる。どうやら勘太郎の睨んだ通り彼女は責任感と正義感がかなり強い女性のようだ。


「分かりました。私の話でよければ話させて貰います。私も王子大輝君が階段から落ちた本当の死の真相や、今も起こっている絶望王子の正体が一体誰なのかを是非とも知りたいですからね。なんか話では、近藤正也君と金田海人君を入れた三十人の人がその絶望王子の犠牲になっている見たいですが、その中に他校の生徒が三~四人いるのは知っていますか」


「え!あ、いや、大体しか見ていないから知らなかったけど、確かにそう言われてみれば被害者の資料に高校生が三~四人いたような気がする。でもそれがなんだと言うのですか」


「本当に知らないんですね。その三~四人の他校の生徒達は皆家の不良グループ達とつながりがある人達なんですよ。勿論あの一年前に死亡した王子大輝君と同じ中学だったらしいです」


「なに~、それは本当ですか」


 更に出た不良達と王子大輝君に繋がる新たな共通点に勘太郎は思わず息を呑む。何せこの情報は警察ですら把握していなかった情報だったからだ。あの一年前に死んだ王子大輝君の存在を知っていないと決してたどり着けない情報に勘太郎は絶望王子との繋がりを必死に模索する。

 状況から察するに、あの近藤正也君や金田海人君を襲った絶望王子はその王子大輝君に関わりのある人物の誰かだと想像される。その人物はあの不良グループ達の存在を知る人物であり、この高校の内部を知る人物なのかも知れない。何故ならその王子大輝君が階段から落ちた裏の噂話を知る事が出来るのはこの高校に通う生徒達からだけだからだ。


 そう考えるとあの階段落下トリックを操る絶望王子がこの校内であの不良グループ達の行動を逐一観察しているかも知れないとつい思ってしまう。


 復讐心と悪意を持って人を階段から奈落の下へと突き落とす、それが絶望王子か。また死人が増えるのかな……?


 新たな謎と新たな壁がより一層勘太郎の心を不安にさせる。そう思わずにはいられない不気味な静けさがこの学校全体を覆い隠していた。

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