本編

プロローグ

 公衆トイレはどこも綺麗だ。


 バクテリアコーティングされた壁、床、便器は光を浴びると半永久的に汚れを分解する。


 灯りは電気、三万年保つ冷熱電灯に電気はソーラーパネルから、昼充電、夜放電で稼働し続ける。


 水も同様、雨水を蓄え、電熱で煮沸消毒し、手洗い、流し、ウォシュレットに利用される。


 ただ汚水だけが下水道へ垂れ流され、時折降る雨の水によって川へ海へと汚いまま流される。


 トイレットペーパーだけが時の流れに風化している。


 どこでもいつでも変わらないトイレの風景、これが各町、各道路、各公園に建てられている。


 それだけの技術、それだけの資材、だが利用するのは、もはや一人だけとなった。


 流れる水の音、スッキリした顔でドアを開け、出てきた少女は、美しかった。


 短く切り揃えてなお黒曜石のように輝く髪、宝石のようでありながら愛らしさも溢れる黒い瞳、すらりと伸びた手足は機能美に溢れ、引き締まった体つきの上に女性らしい丸みを帯びている。


 着ている服こそ、毛皮のズボンに胸当てだけだが、そのワイルドな服さえも華麗に着こなし、首から吊るした皮袋がかすかに膨らむ胸の谷間を引き立たせて、一気に女性の美としている。


 唯一の難点は素足、せめて靴だけでもと思うのだが、足の指が地を掴むのが心地よいと常に裸足だ。そのせいでどんどんと足の皮が硬くなっていくが、それさえも愛嬌に変えている。


 オワリ-ウチドメ、この世界で最後の人間、あらゆる因果をおっかぶされ、滅びまでの時を生きる少女、希望もなく、罪もないのに罰だけ受け続ける彼女には、この世界はどう見えているのだろうか?


 人に非ずの私には、暗い想像しかできなかった。


狗闘天くとうてん異常ない?」


 私の名を呼ぶ、気軽で、だけど打ち解けた声、そこからは幸いにも暗さはなかった。


 彼女は最後の人間、だけども孤独ではない。


 最低でも、私がいる。


「バァウワ! バァウワ! ヘッヘッヘッヘッヘッ!」


「大丈夫みたいだな」


 安堵と親しみの笑顔で彼女が手を指し伸ばしてくれる。


 その腕を登り、いつもの位置へ。


「それじゃあ行くか」


「バァウア!」


 足取りは軽く、トイレを出る。


 広がるは廃墟、昼でなお暗い空、這いずるはゾンビ、見渡す限りのゴミの世界、ただ風だけが自然だった。


 この世界から、彼女を守ること、それが私の役割だった。


「今日はもう少し南の方も見ておこう。あっちならまだ缶詰残ってるかもな」


「バァウバァウ!」


 絶望を踏み越えて、彼女はいつものように、一歩を踏み出した。




 

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