脱・当て馬! 白馬の王子様!
小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)
第1章 二階堂優人
第1話 二階堂優人というキャラクター
「あ、二階堂くーん!」
この声は。
人混みの中を無言ですたすたと帰路につくだけの、退屈な駅前の通学路が、あいつの声だけで一変する。
俺は立ち止まって、振り向いた。
同じ高校に通う安沢アンリが、灰色のスカートを揺らして、元気に手を振って走ってくる。
「アンリじゃん、どうした?」
「うん、ちょっと。部活で、いろいろあって」
そう言ってアンリは、ごく自然に俺の横に並んでくれて、一緒に歩きだす。
小学校の頃から、ときどきこうやって一緒に帰る。俺から声をかけることはマレだけど、互いに
「また演劇部で問題か」
「そう。もう、転校生の不良くんが、なぁんでか王子様役に立候補して、でも練習には来ないわ、来たかと思えばケンカして顔ボコボコになってるわで、ひっどいひどい!」
ふぅ、とため息をついて、さっき話したイヤなことをぜんぶ外に吐き出したみたいに、アンリはまた元気になった。
「まあ、部長兼ヒロイン役のあたしが、ねを上げてちゃダメだよね。しっかりしなきゃ!」
「無理すんなよ。そいつが、その、あんま、ひでぇなら……お、俺が――」
俺が注意する、と言いたかったのに、俺ときたら、腹の底からビビッて声が出せなかった。俺が誰かとケンカして、勝ったことがないってのもあるけど、アンリへの気遣いが、好意だとバレるのがすごく怖かったのだ。
歩きながら前方を眺めていたアンリが、急に険しい顔になって、立ち止まった。
俺もつられて、前を見る。
駅前の歩道と車道を隔てるガードレールに、片足を立てて座る、例の不良の転校生がいた。またケンカしたのか、黒系統のヤンキーファッションが泥で汚れている。
「ヒデくん」
アンリのやつが、よせばいいのに、あんなやつに一言文句を言いに近寄ってゆく。
「ヒデくん、どうしたの、その顔」
アンリが声をかけているのに、やつは明後日の方向へ顔を背けた。
「ごめん、優人くん、先帰ってて」
「え」
「演劇部部長として、ヒデくんと話があるの。お願い、二人っきりにして」
「で、でも、そいつケンカしたばっかみたいだし、気が立ってるんじゃ……」
言いよどむ俺を、アンリの大きくて吸い込まれそうな瞳が制する。止めないで、と。
「わ、わかったよ」
俺は道を曲がるふりをして、最寄りに停まってる軽自動車の影に隠れた。
「あの、ヒデくん」
ああ、小柄なアンリがあんな背の高いヤツに、臆せず近づいている。
「ヒデくんの交友関係に口を出す気はなかったけど、毎日毎日、学校もさぼってなにやってるの!? あなた王子様役に立候補してくれたじゃん! あれはなんだったの!?」
「っせーな……オレにもいろいろあんだよ……」
「いろいろってなに!? もうじき顧問の先生に練習を通して見てもらうのに、あなたがいないんじゃ始められないんだよ!? いつまであたしは、代役の王子役とキスシーンの練習してればいいのよ!」
ア、アンリ!? なに言い出すんだよ!
あ、そっぽ向いてたヒデが、無表情でアンリを見下ろしている。なんだその余裕そうな顔は! アンリがお前のせいで、どれだけ振り回されてるのかわかってんのかよ!
「あ、ご、ごめん……」
アンリが耳まで赤くして、涙目で顔を背けた。口を両手で覆って、小柄な体がふるえだす。
「あたし、その……ごめん忘れて!」
制服のスカートを揺らして、アンリが走っていってしまった。
あーあ……。ヒデもガードレールから下りて、すたすた行っちまうし。
あの二人、やっぱ、心のどこかでは、つながってるんじゃないかな……。
アンリ……
お前、やっぱり、あいつのこと――
「くっさくっさくっさー! こんなん売れるん思ぉとんかい! 平成最後のクソダサ傑作集やんけ!」
ええ!? だ、誰だ誰だ!? この下品なおっさん口調でしゃべるヤツは。そうとう近くで聞こえたけど……って、なんだコレ!?
俺の足下に、短い手で鼻をつまんでる巨大なう〇こが一本、転がっている。キザキザした縁取りの、漫画の吹き出しのようなモノも落ちてるけど、これに書いてあるのって、さっきのおっさん口調でしゃべってた台詞?
「ぬぁーにがアンリ……じゃボケェ! 三点リーダーで安易に胸の痛みを表現すんなや!」
さ、三点リーダー!? なんのことだ!?
しかもギザギザした漫画の吹き出しみたいなのが、またもや飛び出てきた。これ、どこから出てきて……い、いや、そんなことより、俺にはまっさきに叫ぶべきことがある。
「うわああああ!!! う〇こがしゃべってるううう!」
飛びのいて距離を取る俺に、う〇こっぽい生き物は目玉を二倍にも三倍にもふくらませて、くわぁっと口を開いた。
「どぉあれがウンコじゃボケェ!!! その目ん玉はカラコンハメすぎて腐っとんのかぁ! この今どきっ子のファッションお化けがぁ!!」
「カラコンしたことねーわ! って、お前どう見てもう〇こだろ! え、なんでう〇こがしゃべってんの怖っ!」
「耳ん玉かっぽじって、よーぉ聞かんかい!」
耳ん玉!?
「わいはカピバラさんや!!」
カピバラ!?
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