大切な人 第34話

「まもるぅ」

「泣かないで、姉さん」

 自分も大好きだと涙ながらに言ってくれる姉さん。

 僕はこんなに僕のことを大事にしてくれる姉さんにヤキモチを妬いたことを反省する。

 背中を擦り、姉さんが落ち着くのを待つ。

 チラッと虎君を見れば、虎君は仕方ないと言いたげに肩を竦ませた。

「仕方ないから今はまもるを貸してやる」

「! 葵は私の弟っ」

「虎君」

 過敏なまでに反応する姉さん。僕は虎君に姉さんを苛めないでと苦笑いだ。

(僕って本当、現金な奴だな。虎君の愛情がハッキリ分かったらこんなに穏やかな気持ちなんだもん)

 虎君は僕の髪を撫で、笑いかけてくれる。

 その手が、眼差しが堪らなくて、僕はなんて幸せなんだろうと目頭が熱くなった。

「桔梗、もう落ち着いただろう?」

「! な―――」

「葵、おいで」

 姉さんから僕をやんわりと引き離す虎君に導かれるがまま、その腕に戻る。

 僕は鼻を啜り、小さな声で「大好き」と溢れ続ける想いを伝えた。

「葵……?」

 訝し気な姉さんの声。いきなり泣き出しちゃうとか心配かけるに決まってる。

 でも姉さんは「早く寝なさいよっ」と言葉を残してバルコニーから立ち去って行った。

 姉さんらしくないって心配になるも、溢れた想いが痛くて虎君から離れられない。

 虎君は僕を抱き締め、「泣かないで」と優しい声を落とした。

「葵が笑っててくれないと、離せなくなるだろ?」

「離れたくないよぉ……」

「! そんな可愛いこと言わないでくれよ」

 虎君はぎゅっと抱きしめ、意味が分かってるのかと尋ねてきた。

 深く想い合っている恋人同士が夜、ずっと一緒にいる意味を分かっているのか? と。

 僕は虎君の問いかけに驚いて思わず身を強張らせてしまった。

(それって、それって―――)

 愛し合っていればいずれ迎えるだろう瞬間。

 僕達にはまだ先の話だと思っていたけど、虎君はそれを望んでくれているのだろうか?

 戸惑いながらも顔を上げたら、虎君は困ったように笑っていて……。

「そんな怯えた顔するなよ。……冗談だよ。ごめんな?」

 目尻に落ちてくるキスはいつも通り優しさに満ちていて、安心する。

 でも、何故か虎君が我慢してるような気がして、僕は離れる虎君にしがみついて大胆過ぎる言葉を口にしていた。

「僕、大丈夫だよ? 虎君と一緒なら、我慢できるよ……?」

 虎君と付き合うことになってすぐ、慶史が教えてくれた。男同士がどうやって深く愛し合うか。

 慣れるまで時間がかかるうえ、それまでは苦しいしかなり痛いと言われた行為。

 本音を言うと、正直、怖い。

 でも、虎君が我慢するぐらいなら、怖いのなんてへっちゃらだ。

 必死に傍にいたいと訴える僕に虎君は驚いたように目を丸くしていて、勢い付き過ぎたと恥ずかしくなる。

 僕は言葉尻を小さく、「だから我慢しないで……」と訴えた。

「……ありがとう、葵」

「! 虎君っ」

 思いが通じた!

 そう喜ぶ僕だけど、虎君は苦笑を濃くして僕の髪を撫で、気持ちだけ貰っておくと言ってきた。

「凄く魅力的なお誘いだけど、今夜は我慢するよ」

「ど、して……?」

「葵が大切だから、かな?」

 柔く笑う虎君。でも、僕は虎君の言葉の意味が分からない。

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