My Everlasting Dear... 第5話

 虎がまもると運命の出会いを果たしてから八年が過ぎ、後一週間程で九年目に突入するという六月の上旬、間もなく梅雨入りしそうだと天気予報では言っていた。

 本来雨の日は外出が億劫になるため好きじゃない虎だが、お気に入りの傘を持って外出するのが楽しいと葵が笑うから、今年も少し梅雨入りが楽しみだったりするから『愛』とは偉大なものだ。

(そうだ。今週末は誕生日プレゼントを選びに行くし、ついでに新しい傘も見に行くか)

 時期が時期だけに色んな傘が店先に並んでいるだろう。それを瞳を輝かせて選ぶ葵を想像すると、それだけで虎は幸せな気持ちになった。

来須くるす、聞いてるか?」

「聞いてますよ。残り三分半、守り切って見せます」

 集中しろと言ってくるのはクラスの担任で、今は球技大会の真っ最中。虎は頷いて作り笑いを浮かべると、「逆転させませんから」とスコアボードへ視線を向けた。

 六点差を示すそれに、絶対に負けるなと強い口調の担任。球技大会にしては余りにも必死なその様子に他のメンバーが突っ込みを入れると、今対戦中のクラスには絶対に負けるわけにはいかないと語気を強められた。

 あまりの迫力にメンバーは気圧されてただ黙って頷いていたが、虎はバカバカしいと息を吐く。

(体育教師でもないのにこの熱の入れよう。どうせくだらない理由に決まってる)

 賭けでもしているのかと穿ったことを考えていれば、チャージド・タイム・アウトの終了を知らせるブザーが鳴る。

「よし! 後三分半! 気合い入れていけ!」

 選手以上に気合が入っている担任の言葉に送り出されて再びコートへと戻れば、体育館に響くのは女の子達の甲高い声。

「来須くーん! 頑張ってー!」

「先輩かっこいいー! こっち向いてー!」

 自分達の出番の合間にわざわざバスケの試合を見に来ている女の子達のお目当ては、中学二年生とは思えぬ容姿と聡明さを持つ秀才で通っている虎だ。

 女の子達からの黄色い声援を受ける虎は、球技大会とはいえ試合中だからとその声援に応えることはしなかった。たとえ合間合間で余裕が生まれても一切反応を返さないスタンスを貫く虎に、声援を送っていた女の子達からは悩ましげな歓声が漏れる。硬派なところもカッコいい。と。

 できることなら愛想が悪いと興味を失って欲しいと思っている虎からすればその反応は誤算そのもので、思わずため息が漏れてしまう。

「相変わらずすげぇ人気だな」

「去年以上の声援もらったらやる気もでるよな?」

 かけられる声はクラスメイトのもの。羨望と嫉妬を含む声に、虎は「そうだな」と適当な相槌を返すだけに留めた。

 すると反応が返されて気をよくしたのか、クラスメイト達はここぞとばかりに虎に話しかけてくる。一人ぐらい紹介してくれよ! と。どうやらクラスメイト達は一人勝ち状態の虎から『おこぼれ』をもらおうとしているようだ。

 距離感の近いクラスメイト達に対して思わず『鬱陶しい』と口から出そうになったが、試合が再開したため言葉は口から出ることはなかった。

 別に勝っても負けてもどっちでもいいと思っている虎だが、自分のせいで負けることだけはプライドが許さないから、真面目に試合に取り組んだ。

(うるせぇ)

 虎にボールが渡る度、虎が相手の攻撃を防ぐ度、女の子達の声援は他の音をかき消す勢いで体育館に響いた。おかげで残り時間はたった三分半だったはずなのに、一時間以上もの長い時間に感じられた。女の子達の声援も虎にとってはただの騒音になってしまっているようだ。

 漸く試合終了を知らせるブザーが鳴り響いて、呼吸を弾ませながらも安堵する。

 整列と試合後の挨拶を終えコートを出ようとする虎を待ち構えているのは『差し入れを受け取ってもらうぞ!』と殺気立っている女の子達の姿で、人知れず虎の表情は引き攣ってしまう。

 だが、虎がコートから一歩足を踏み出した瞬間、我先にと駆け寄ろうとした周囲を無視して一人の男子生徒が物凄い勢いで虎の背中に飛びついてきた。

「とーら! お前相変わらず女の子からモテモテで羨ましいぞ! コノヤロウ!」

 高校生もしくは大学生と間違えられるほど大人びた虎の身長は同級生から頭一つ抜き出ていて、一通り格闘技を習得しているため体格も『子供』と呼ぶには『男』に近い。

 だがそんな虎に引けを取らない同級生がもう一人いた。それが今虎の肩に圧し掛かっている三澤海音かいとだ。

「三秒以内に離れろ、バ海音」

 あまり感情が伺えなかった虎の表情に宿るのは明らかな怒りで、『バ海音』と呼んだ幼馴染みにその怒りは向けられた。

 不機嫌を隠さず怒りを露にする虎。だがしかし、海音が気にする様子はない。むしろ海音の表情は笑顔で、返される反応に喜んでいるようにすら思えた。

「お前、見た目だけはいいもんなぁ。おまけにスポーツ万能となりゃ女の子が放っておかないのも無理ないけど、お前ばっかりズリーよ!」

 俺も女の子にモテたい!

 そう喚く海音だが、彼の容姿は決して悪くない。むしろ虎と並んでも遜色ないほどで、入学式後は虎と二人でイケメンナンバーワンの座を争うほど女の子からの人気も高かった。しかし何故か毎年入学式から数ヵ月が経過すると海音は女の子達の『彼氏にしたいイケメンランキング』からは消えてしまい、代わりに『友達にしたいイケメンランキング』上位に君臨していた。

 その理由が分からずいつも悲しいと騒いでいる海音は、ことある毎に女の子からモテモテな虎をこうやって羨む。しかし、何度もその理由を教えてやっているのにどうして理解しないんだと虎は額に青筋を浮かばせて……。

「『耳元で騒ぐな』って何回言ったら覚えるんだこの鳥頭! 毎回毎回同じことを言わせんな!」

「イタイイタイ! 虎、痛い! 力加減! 力加減大事!」

 可愛い女の子に囲まれたい! と虎を見ている女の子達に親友に代わって手を振り愛想を振り撒いていた海音だが、突然可愛い女の子達の姿が消え、視界が真っ暗に。その直後に彼を襲うのは激しい痛みと骨が軋む音。

 すぐに虎からの攻撃だと理解したのだろう。海音は「ギブギブ!」と声をあげて力を緩めてくれと訴えてくる。しかし、海音の訴えにも虎は攻撃の手を緩めることはなく、むしろ渾身の力を込めて能天気な海音の頭を鷲掴んで締め上げた。試合中ずっと聞こえていた黄色い声援と嫉妬の混じったクラスの男子からの羨望にイライラしていた所にこんな風に絡まれたら苛立ちもピークに達するというものか。

「『耳元で騒ぐな』、『軽々しく絡んでくるな』」

「わかった! 今度こそ分かったから! お願いだから手、放して! 脳みそ出るって!」

 怒りのまま凄めば、海音はちゃんとルールは守ると大声で謝ってくる。だがこの謝罪がその場限りのものだということは虎だけでなく周囲も知っていた。

「三澤君、また来須君にじゃれて怒られてる」

「本当、懲りないわね」

 クスクスと笑う女の子達の声。『いい加減学習すればいいのに』と続く笑い声の通り海音がこうやって虎を怒らせることはもはや日常の一部で、ある意味お約束のやり取りのようだ。

 海音の頭を鷲掴んでいる手に力を籠め続けていた虎は、「お前に脳みそなんて上等なものはない」と真顔で凄む。

 すると耳に届くのは『怖い』とか『ヤバイ』という単語。それらは初めて目の当たりにした虎の怒っている姿に驚いた一年生の口から出たものだった。

(そうやってさっさと興味を無くしてくれ)

 凶暴で恐ろしいイメージを持ってくれたら自分に騒ぐ女子が減って学生生活が送りやすくなるから助かると考える虎は、海音には申し訳ないが自分の平穏のために犠牲になってもらおうと更に手に力を籠めた。

 だが、そんな虎の計画を邪魔するのは、虎をよく知る海音の声。

「ま、葵、葵にチクるぞ!」

「!」

 何度『痛い』と騒いでも、何度『悪かった』と謝っても、全く聞き入れられなかった海音の声。しかし、今発した言葉はたった一回で聞き入れられ、締め上げる手が緩んだ。

「葵に『虎に苛められた』ってチクられたくなかったら許して!」

「! 馬鹿のくせに知恵使ってんなっ」

 畳み掛けるように続く言葉に、虎は忌々しそうに海音を睨んだ。だが、睨みながらも海音の頭を鷲掴んでいた手を放したから、先の言葉の威力は絶大のようだ。

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