第201話

「もしもし、茂斗しげと?」

まもる!! おま、心配かけんなよっ!!』

 電話を替わるや否や、僕の耳を劈く茂斗の怒鳴り声。

 僕は苦笑いを浮かべながらごめんと謝って、できればもう少し静かな声で話して欲しいとお願いしてみる。茂斗から返ってくるのは、お願いできる立場か! っていう怒鳴り声。

 どうやら火に油を注いでしまったみたいだ。

『どんだけ心配したと思ってんだ!! なんも教えてもらってねぇーんだぞ!! 俺は!!』

「ご、ごめんってば……。そんなに怒らないでよ……」

『お前は思い込んだら全く周りの言葉聞かねぇーし、マジで身投げしてんじゃないかって気が気じゃなかったんだぞ!?』

 電話はもちろん、メールもメッセージアプリの返信もない三日間。

 茂斗は慶史けいしと連絡が付かなかったらクライストに乗り込んでたぞと息をまく。

 なんだかさっき聞いたような話だと思いながらも、僕が傷心のあまり自殺するんじゃないかと心配している茂斗に、やっぱり僕が逃げた『理由』を知っているんだと胸が痛んだ。

(姉さんと上手くいったんだね……、良かったね、虎君……)

 覚悟はしていた。でも、想像していたよりもずっと辛い。

 僕は今日、夜には家に帰って姉さんと顔を合わせなくてはならない現実を思い出して憂鬱になる。

 どうやったら逃げることができるか、そんなことばかり考えてしまうのは仕方ない。

『おい! 聞いてんのか!? 葵、返事しろ!!』

「! ご、ごめん、何……? 聞いてなかった」

『お前なぁ!!』

 ふざけんな! って怒る茂斗の大声は煩すぎて頭が痛くなる。

 視線を上げれば、慶史からは「この大声を聞き逃すってどうやったらできるの?」って苦笑いを貰ってしまった。

 その笑い顔から察するに、僕の考えはお見通しなんだろうな。

「悪かったって言ってるじゃない。頼むからそんな怒らないでよ……」

 刻々と迫る、虎君と姉さんの幸せそうなツーショットの前に立たなければならないという、地獄のような時間。

 それを考えるだけで泣きそうなのに、茂斗まで怒って僕を追い詰めるのはやめて欲しい。

 大好きな家が、家族が、僕は嫌いになりそうで怖かった。

 感情のまま溢れる涙を堪えて鼻を啜れば怒鳴っていた茂斗が急に優しくなって、『泣くなよ』ってあたふたした声が耳に届く。

『わ、悪かったよ! もう怒鳴らねぇーから、頼むから泣くなって!!』

「な、いてないもん……」

『ちょ、マジで頼むっ! 俺が虎に殺されるからっ!』

 もう怒鳴らないし怒らないから泣き止んでくれ。

 そう僕を宥める茂斗だけど、慌てすぎて頭が回ってないのか僕の傷を抉る言葉をかけてくれて、僕が泣き止むわけはない。

 むしろ涙ながらに酷いと茂斗を詰って、なんで虎君の話を今するんだと今度は僕が怒りだしてしまった。

『なんでって、この三日間虎からお前の様子教えろって凪との勉強の邪魔されてるし、俺がお前泣かしたなんて知られた日には凪に何されるか分かったもんじゃ―――』

「茂斗の馬鹿!!」

『!? はぁ? 何キレてんだよっ』

「煩い煩い煩い! もう僕のことなんて放っておいてよ!!」

 茂斗の言葉は、僕の心を抉る。

 虎君のこともだけど、自分が凪ちゃんとラブラブだと無自覚にあてつけてきてるように思えてしまった。

 僕が失恋してどん底に居るのに! って完全な八つ当たり。

 でも、八つ当たりだと分かっていても怒りは抑えられない。

『おい! 葵!!』

「茂斗の馬鹿!! 二度と連絡してくるな!!」

 何怒ってるんだよ!?

 そんな茂斗の声が携帯から聞こえていたけど、僕はそれを無視して力任せに通話を切ってやった。

「ま、葵君、大丈夫……?」

「もうやだぁ。なんでこんな、ぼく、やだぁ」

 慶史の携帯を手にしたまま蹲って泣き出す僕に、朋喜ともきはオロオロしながらも駆け寄って宥めようとしてくれた。

 悠栖ゆずもすぐに茂斗から折り返しかかってくるだろうと想定して僕の手から携帯を抜き取り、慶史に「何とかしてやれよ」って頼んでくれていた。

「えぇ、また怒り狂った茂斗の相手しろって言うの? 俺が一番貧乏くじなんですけどぉ」

 いっそのこともう電源切らせてよ……。

 そう肩を落としながらもかかってきた茂斗からの着信に律義に出てくれる慶史は、僕の頭をポンポンと叩いて宥めながらも結局茂斗へのフォローも引き受けてくれたのだった。

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