第158話
助手席のドアを開けてくれる虎君に促されるまま、僕は虎君の愛車に乗り込んだ。
真ん中に座った
「車、好きなのか? えーっと、天野君、だったかな?」
「! そうっす! 天野悠栖っす! マモとは三年間同じクラスっす!」
「元気だな。部活は体育会系かな?」
エンジンをかけ車を走らせる虎君に、いつも以上に元気な声で喋る悠栖。虎君の問いかけにサッカー部だと応えるその表情がキラキラしていて、どうしてそんなにテンションが高いのかって僕は内心面白くなかった。
(慶史と
虎君が嫌いだとはっきり言い切った慶史と、怖い人だと思っていると言った朋喜。
そんな二人とは違って悠栖は虎君に対してはっきりとした印象を持っているわけじゃなかった。まぁ間接的に悪印象を持っている可能性はあったけど、今の悠栖の顔を見る限りその可能性は低そうだ。
本来ならそれを嬉しいと思わなくちゃダメだと思うんだけど、全然そんな風に思えない。むしろ表情を輝かせて喋る悠栖にドロドロした感情を覚えてしまって、僕は自分が凄く嫌な奴になっている気がした。
「やっぱりそうか」
「よく分かりましたね。俺、周りからは『運動部って感じがしない』ってめっちゃ言われるんすけど!」
「そうなのか。俺は運動部っぽいと思うけど」
楽しそうに喋る二人に、お腹の奥が痛くなる。
(嫌だな……。凄く、嫌だ……)
学校主催のクリスマスパーティーは市内のホテルの広間で開催されるから、みんなバスと電車を乗り継いだり家の人に迎えにきもらったりして移動する。
悠栖達も当初はそのつもりだったんだけど、普段の週末もあまり外出せずに寮で過ごすことの多い悠栖達が『パーティは楽しみだけど移動が面倒だ』とぼやいていたのを聞いて、もともと迎えに来てくれる予定だった虎君にみんなも一緒で良いかお願いしたのは他でもなく僕自身だ。
僕の提案に移動の間気まずいだろうし遠慮するって言ってた三人。あの時、三人が言う『気まずい』理由が分からなくて深く考えずに食い下がったわけだけど、僕は今それを後悔してしまっていた。
強引に三人に予定を合わせてもらっておいて後悔するとか、僕って本当に嫌な奴だ。
でも、ちらっと視線を向ければ楽しげに喋ってる悠栖と、悠栖に相槌を打って笑う虎君の横顔が目に入って、その瞬間、ドロドロした感情が大きくなって話を遮るように虎君に話しかけそうになってしまった。悠栖に笑いかけないで。って、言いそうになった……。
感情のまま酷い言葉を口走りそうになった僕だけど、寸でのところでなんとか理性でそれを抑えつけることができた。
でも、次抑えられる自信は皆無だ。
僕が嫉妬に狂ってしまう前に話を終えて欲しいと強く願うものの、全然気づかない二人はなおも楽しげに言葉を交わしている。
ホテルに着くまでずっとこの調子だったらどうしようって考えて胃が痛くなる僕。
するとそんな僕に後ろから手が伸びてきて、ビックリしたのも束の間、その手は僕のほっぺたを摘まむとそのまま左右に引っ張ってきた。
「けいひ、にゃにすりゅの」
引っ張る力は大して強くないから痛くはないけど、ちゃんと喋ることは困難。
僕は真後ろに座っている親友を振り返ろうとしたけど、首を動かすと摘ままれたままのほっぺたに痛みを覚えるから振り返ることを諦めた。
「
何がしたいのか分からないけど、ふにふにと僕のほっぺたを弄る慶史。
表情豊かなのはこのほっぺたのおかげかな? なんて尋ねられるけど、ほっぺたが柔らかいと表情が豊かになるなんて話、聞いたことがない。
僕は慶史にされるがまま身を委ねて時間が過ぎるのを耐える。なおも聞こえる悠栖の楽しそうな声に、僕は窓の外を眺めるように首を回した。虎君の笑顔を、どうしても見たくなかったから……。
と、ふと目に入ったサイドミラー。そこには僕の後ろに座る慶史の顔が映っていて、鏡越しに目が合った。
(そっか、慶史は気を使ってくれてるんだ……)
僕のほっぺたで遊ぶ慶史は、どうやらサイドミラーに映る僕の表情に色々察してくれて、気を紛らわせようとしてくれたみたい。その証拠に、目が合った後慶史は声を出さずに『大丈夫?』と唇を動かしたから。
友達に嫉妬している自分を見られて恥ずかしいやら情けないやらで何も返せなかったけど、慶史は僕のほっぺたを持ち上げるように手を動かし、形だけでも笑顔にしてくれる。
慶史の優しさにちょっとだけ気持ちが浮上した僕は、形だけじゃなくてちゃんと笑おうと慶史の手に倣って笑顔を作った。
でも次の瞬間、僕のほっぺたを弄っていた慶史の手が片方離れてビックリした。
「葵のほっぺたが触り心地がいいのは分かるけど、流石に弄りすぎだぞ」
「ちょ、先輩、痛いんですけどっ」
赤信号に車が止まった直後に起こった出来事に、僕は一体何事かと思った。ギアを握っていた虎君の手は捻り上げるように慶史の手首を掴んでいて、慶史はそれに痛いと悲鳴をあげていたから。
慶史の悲鳴にも虎君は動じず、むしろ僕のほっぺたから手を離せと慶史に凄んでいて、さっきまでの笑顔は何処にもなかった。
(虎君……?)
直前まで楽しそうに喋っていた悠栖も虎君の豹変に言葉を失っていて、怯えたような表情が浮かんでいた。
「っ、放した! 放したから!! 手、放してっ!」
叫び声と同時に僕のほっぺたから離れる慶史の手。それに虎君も慶史の手を解放して、今度は僕のほっぺたに手を伸ばしてきた。
「大丈夫か? 赤くなってるけど、痛くない?」
ほっぺたにそっと触れる虎君の指。それはとても優しく輪郭をなぞると、今度は掌で頬を包み込むように触れられる。
僕を見る虎君の眼差しには不安と心配が滲んでいて、僕が痛いのを我慢していたと勘違いしているようだった。
(こんなのいつもの虎君だって、分かってるのに……)
虎君からすれば普段通りの言動だろうに、僕はどうしてもそれに『期待』を覚えてしまう。
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