第157話
「なぁ、俺等、めっちゃ邪魔じゃねぇ?」
「!
「二人とも煩い。……あぁほら、気付かれたじゃない」
聞こえる声に此処が何処かを思い出す。
一瞬で周りが見えなくなってしまって、すっかり忘れていた。ここには
我に返った僕が振り向いたら、お互いの口を手で塞ぎ合っている悠栖と朋喜と、肩をすくませて見せる慶史の姿が。
羞恥に顔が熱くなるのを感じながら、僕は虎君から逃げるように離れると、三人に弁解するようにしどろもどろになりながらも口を開いた。
「ごめっ、あの、みんなの事忘れてたわけじゃなくて―――」
「はいはい。忘れられてない忘れられてない。分かったから落ち着いて」
僕が醸し出していた甘ったるい雰囲気がなくなった事を察したのか、慶史は若干呆れ顔で歩み寄ってくる。
「本当、
「そうだな」
僕の前で立ち止まる慶史の顔は不自然なまでに笑顔で、その表情は僕達以外に見せる『外面』ともまた違っていた。
満面の笑みなのに虎君に対する敵意は剥き出し。勘のいい人なら慶史が虎君をどう思っているかすぐに分かってしまうだろう。当然、虎君がそれに気づかないわけがない。
でも虎君は普段と変わらない笑顔で僕の髪を撫でてくるだけ。
(あれ? なんだろう……。今凄くもやっとした……)
虎君が優しいことは誰よりも僕が知っている。だから、たとえ自分に敵意を向けている相手であってもよっぽどの事がない限り態度を変えることがないことも知っている。
慶史に対してこんな風に笑いかけるのも、虎君を知っていれば当たり前の事だと思っている。
けど、それでも僕はそれを『嫌だ』と思ってしまったみたいだ。
僕は虎君の『恋人』じゃない。兄弟のように育っただけで、『家族』でもない。
僕は虎君にとってただの『幼馴染み』。それ以上でもそれ以下でもない存在。
だから虎君を束縛する権利なんて僕にあるわけがない。
そのことはちゃんと理解している。そう。理解している、ちゃんと。
(それなのになんでこんな風に思っちゃうんだろ……)
きっと勘違いだと思いたかったけど、はっきりと抱いてしまった思いを『勘違い』と誤魔化せるほど僕は器用じゃない。
僕は、『僕以外に笑いかけないで欲しい』って思ってしまっていた。『僕だけに優しくして欲しい』って……。
「葵。忘れ物、ないか?」
「え?」
「明日から冬休みだし、宿題とかちゃんと持って帰ってきた?」
自分の狭すぎる心にショックを受けていれば、手に持っていたカバンが急に軽くなる。視線を向けたら虎君が僕の手からカバンを奪うところだった。
反応が遅れたせいで僕はカバンをあっけなく虎君に渡すことになって、おかげで身体は途端に軽くなった。
「葵?」
「あ……、うん、大丈夫。忘れ物、ないはず……」
元気がないぞ? って、眉を下げる虎君。
表情の変化一つ一つに心を奪われる僕は、空笑いを浮かべながらその視線から逃れるように顔を背けてしまった。
「葵? やっぱり何かあ―――」
「先輩、そろそろ出発しないと不味くないですか? 昼過ぎだけど連休前だし、道混んでるでしょ?」
あからさまな態度は『心配して欲しい』と言っているようなもの。
僕の望み通り虎君は僕の様子が変だと心配してくれて、嬉しい。
けど、迎えが来たのに真冬に外で喋り続けるなんて嫌だと言いたげな慶史の割り込みに虎君の声は遮られてしまって、わざとなのかそうじゃないのか分からないけど、ちょっぴり慶史を恨んでしまう。
「そうだな。今から向かえば会場には少し早く着くかもしれないけど、遅れるよりはいいか」
「遅刻して目立つよりは全然いいですねー」
そうと決まれば早くクリスマスパーティーの会場に向かおうと笑顔を見せる慶史。
虎君はその笑顔に気圧されながらもこちらの様子を伺っていた悠栖と朋喜に車に乗るように声をかけ、僕にも「行こうか」って笑いかけてくれる。
「うん……」
頷きを返したら虎君は僕の手を握って歩き出す。
繋いだ手から伝わる虎君のぬくもりにドキドキするんだけど、胸を満たすのは甘いと言うよりもちょっぴり苦い想い。
(友達に嫉妬するとか絶対心狭すぎるよね……)
僕が虎君を好きだと慶史達は知ってるんだし、心配することなんて全くない。
それなのにこんな風にもやもやして嫉妬したり落ち込んだりするなんて、心が狭いことこの上ない。
僕は、僕の手を引いて少し前を歩く虎君の横顔を盗み見ながら心の中で尋ねてしまう。
(ねぇ虎君。どうすれば僕の事、好きになってくれる……?)
と。
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