第130話

まもる、大丈夫か?」

 遠慮なく開かれるドアと、心配そうな双子の片割れ。

 その表情から、純粋に僕の心配をして様子を見るためにドアを開けたことはわかった。

 いつもなら、そう、いつもなら、心配をかけて申し訳ないとか、気にかけてくれて嬉しいとか、思うはず。

 でも今は、最悪のタイミングだ。

「……何してんだ?」

 下着を掴んだ状態で硬直してる僕に向けられるのは訝しげな顔と声。

 きっとまだバレてないから誤魔化す方法はいくらでもあったはず。でも、頭の回転が速い訳じゃない僕が頭の回転が恐ろしく速い茂斗しげとにこの状況で隠し事ができるわけもなく、バレる前から全部バレてしまったと顔を青ざめさせた。

(見られた……。見られちゃった……)

 誰にも知られたくない、僕の薄汚れた一面が知られてしまう。

 サーっと血の気が引く思いをしながらも、同時に覚えるのは激しい羞恥で、顔が熱くなる。

 僕の顔が今赤いのか青いのかわからない。

 でも、茂斗が今僕を凝視してることだけはわかるから、顔を背けて注がれる視線から逃げた。

「……手に持ってんの、下着だよな?」

「!!」

 かけられたのは静かな声。状況を把握するために余計な感情を削いだ茂斗のこの声はびっくりするほど冷静で、心臓が痛い。

 投げ掛けられた質問に答えられない僕は、もう茂斗の目に入っている下着を黙って後ろに隠すことしかできなかった。

「なるほどな。そういうことか」

 気付かないでと藁にも縋る思いで願っていた事は、叶えられない。

 それどころか茂斗はすべて悟ったと言わんばかりの顔をして見せた。

「とりあえず、おめでとう。だな」

 ちょっと気まずそうな笑い顔とか、見せないでよ。

 本当にこの上ないほど居た堪れない思いをさせられた僕は茂斗のお祝いの言葉にも何も言葉を返せない。

 すると、何を思ったのか茂斗は服を着たままバスルームに足を踏み入れると後ろ手にドアを閉めてしまった。

 予想外の行動に流石に僕も『どうして?』って尋ねてしまう。

「? 開けっ放しじゃ寒いだろ?」

 僕の質問に茂斗はドアを閉めた理由を教えてくれる。質問の意図がわからないって言いたげな表情だけど、僕が聞きたいのはそういうことじゃない。

(なんで入ってきたの? 僕の事は放っておいてよっ……)

「出てって……」

「葵?」

「出ていってよっ!」

 恥ずかしさのあまり、感情が全然抑えられない。

 僕は茂斗を睨み付けて今すぐバスルームから出て行けと声を荒げた。

「おい、どうしたんだよ?」

「どうもしてない! いいから出て行ってよ!」

「そんな状態のお前を放っておけるわけないだろうが!」

 無理矢理追い出そうとするも、対格差は大きい。僕が押しやろうとしてもびくともしないんだから。

「っーーー、茂斗のバカ! 無神経!」

「ちょ、落ち着けって! てか叩くな!」

 空気を読んで出て行くのが優しさでしょ!

 訳がわからなくなって泣き出してしまう僕。握り拳で茂斗を何度も叩いて感情をぶつけて、でもすぐ手首を掴まれて止められてしまってそれにまた泣いて、もう本当、ぐちゃぐちゃだ。

「葵、葵! 落ち着け!」

「やだぁ……そんな目で見ないでよぉ……」

 泣きじゃくる僕を宥めるためか、茂斗が声を荒げる。その声にビックリした僕は一瞬泣き止むも、でもまたすぐに激しい罪悪感と消えてしまいたいぐらいの羞恥を覚えて啜り泣いてしまう。

「怒鳴って悪かった。……なぁ葵、恥ずかしいんだろうけど、自分を『汚い』って思うなよ?」

「! な、んで……」

 さっきとはうって変わって穏やかな茂斗の声。僕は『どうして分かったの?』って茂斗を凝視してしまう。

「はは。やっぱり。でもまぁ、そうだよな」

「茂斗も、思ったの……?」

「まーな。……ガキだったし、自己嫌悪、ヤバかったかな?」

 ぽんって頭にのせられた茂斗の手に、言葉に、自分でもビックリするほど気持ちが軽くなった気がした。

 大人びた茂斗ですら感じた感情をなら、僕が感じるのも当然だって。僕だけじゃないんだって……。

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