第129話

 バスルームに到着するや否や僕はずっと我慢していた気持ち悪さから逃げるためにパジャマのズボンを下着もろとも脱ぎ去った。

 ようやくあの吸い付くような湿った感触から解放されたと安堵の息を漏らすも、洗面台の鏡に映った下半身丸出しの自分の姿に顔から火が出るぐらい恥ずかしくなった。

 だって、下着に付着していた液体の残骸が下腹部から下肢にかけてこびりついていたから……。

 普通のことだってわかってるし、大人になるために男なら誰しも経験することだってわかってる。

 でも、羞恥と罪悪感に圧し潰されそう……。

 僕は自分しかいないとわかっていながらも、股を隠しながらその場にしゃがみこんだ。

(大人になるってこんなに恥ずかしいことなの……?)

 涙に視界が揺らぐのを感じながら、恐らく友達の中では自分が一番成長が遅いし、みんなこんな不安な思いをしてきたのに平然としているからすごいって思った。

 夜が明けたら何事もなかったように振る舞う。なんて、僕には到底無理だ。

(消えちゃいたい……)

 恥ずかしさのあまり涙ぐむとか、バカみたい。でも、自分がすごくいやらしい奴に思えたし、そんな自分が物凄く汚いって感じちゃったんだ……。

 夜更けだから静かなバスルームに、鼻を啜る音が響いて余計に居たたまれない。

 でも、いつまでもこんな風に自己嫌悪に浸ってはいられない。夜が明けたら母さん達が起きてくるし、汗を流すだけなのに何十分もバスルームから出てこなかったら陽琥さんが心配して覗きに来るかもしれないから。

 この事を誰にも知られたくない。だから、取り繕わないと。

 僕は立ち上がると鏡に写ることを避けてパジャマの上着に手をかけた。

 本当は下着だけ着替えて、汚れたそれを洗って洗濯機に放り込むだけのつもりだった。だけど、体に付着する成長の名残もろとも穢れを洗い落とさないとって思ったから、僕は陽琥さんに言われた通りシャワーを浴びることにした。

 パジャマの上着を脱ぐと、一瞬迷ったけどズボンと一緒に洗濯機に放り込んだ。そして汚れた下着を指先でつまむと、それを手にしたままバスルームのドアを開けた。

 シンと静まり返った浴室はまだ所々水滴が付着していて、冬と言う季節も相まってとても冷えていた。

 僕は隅っこに下着を放して、震える体を暖めるためにシャワーに手を伸ばす。早くお湯が出て欲しいと寒さに耐えながら待つ間も視界の端には汚れた下着が入り込んでいて、気が重くなる。

 ほどなくして冷えた浴室に充満する湯気。僕は爪先でお湯の温度を確認すると、真っ先に自分の下腹部にシャワーを当てた。

 水分を獲たせいか、乾きかけていた汚れはぬるぬるとしたものに変わって気持ち悪い。

 本当はタオルで擦り落としたかったけど、タオルを汚したくないから自分の手でなんとか洗い落とす。

(ぬるぬるしてて気持ち悪い……)

 必要以上に手で擦って汚れを落とす僕。ボディーソープを手で泡立てて入念にぬめりを落としてようやく僕は本当の意味で安心できた気がした。

(あ、でも下着まだ洗ってない……)

 身体以上に汚れている下着の存在は、束の間の安堵を消し去ってしまう。

 またぬめりと戦うことを想像したら、このままゴミ箱に捨てるのも解決策の一つだと思ったり。

 まぁ何かの拍子で捨てたはずの下着が他人の目に触れるかもしれないって考えたら『捨てる』って選択肢はすぐになくなるんだけど。

(嫌なことは早く済ませて忘れようっ)

 そうだ。早く全部終わらせて忘れてしまおう。たとえ忘れられなくても、忘れる努力をしよう。

 そう自分に言い聞かせると、僕は意を決して下着を洗おうと手を伸ばした。

 でもその時、シャワーの音が響いててよく聞こえなかったけど、でも微かにドアが閉まる音が耳に届いた。

 僕は伸ばした手を引っ込めて、息を殺す。磨りガラス越しに脱衣所に誰かいることはわかったし、それが背格好から男の人だってこともわかった。

 一瞬、心配した陽琥ひこさんが様子を見に来たのかと思った。でも、陽琥さんにしては背が低い気がしたから、あり得ないと思いながらもドアの向こう側にいる相手を思い浮かべた。

(もしかして、茂斗しげと……?)

 目が覚めてから少し時間は経ってるけど、せいぜい4時前後だろうと思っていた。それなのに、なんで起きてるの?

 もしかすると僕は自分が思っているよりもずっとずっと呆けていたのかもしれない。

(は、早く片付けなくちゃ……)

 このままだと、皆に知られてしまう。僕がいやらしくて汚い人間だって、バレてしまう。

 大好きな人達から汚物を見るような視線を向けられたらどうしよう……。

 『日常が変わってしまう』ってところまで想像して、僕は急いで証拠を隠滅しないとって焦って再び下着に手を伸ばす。

 でも、証拠の隠滅は果たせなかった。

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