第114話

 黙りこんだ僕の耳に届く、楽しげな声。それは母さんのものじゃなくて、姉さんのもの。

 声の大きさや鮮明さからリビングにいないことはわかったけど、近くにいることは確かだ。

「部屋、戻ってなさい。でも茂斗しげとに話して落ち着いたら、下に降りてきてね?」

「うん、わかった。ありがとう、母さん」

 こんな顔を姉さんに見られたら大事になってしまうって思ったのは僕だけじゃなかったみたい。

 母さんは姉さんが部屋に行かないように上手く言っておくからって背中を押してくれて、本当、助かった。

 母さんに促されるまま急ぎ足でリビングを後にしたら閉じたドアの向こう側から楽しげな姉さんとめのうの声が聞こえてきて、間一髪と胸をなでおろした。

 僕は足音が響かないように注意しながら階段を上ると、そのまま今日から僕の部屋になった虎君の部屋に急いだ。

「遅かったな」

「! 茂斗、まだいたの?」

 部屋に入るや否やかけられた声に、心臓が飛び上がる。

 誰もいないと思ってた部屋には何故か茂斗がくつろいでいて、思わず凄く失礼な言葉を口に出してしまっていた。

(あ、こういうところかも……)

 また見つけてしまった、自分の最低な一面。

 昨日から虎君と瑛大えいたが手伝ってくれている部屋の引っ越しと掃除に、今日のお昼前から茂斗も加勢してくれた。

 瑛大と一緒に家具の配置とか重いものを運ぶ力仕事をメインに手を貸してくれた双子の片割れに対して、僕は凄く感謝していたはず。

 それなのに、いくら驚いたからって今の言葉はあまりにも酷すぎる。

(わざわざ手伝ってくれたのに『用は済んだから出ていけ』って言ってるようなものだよね……)

 何気なく発した言葉だけど、今自分の行いを意識していたから気づけた『無意識』に発していた暴言と呼べる言葉の数々に僕はまた落ち込んだ。

「ひでぇ言い方だな。馬車馬のように働かせておいて」

「! ご、ごめんっ!!」

 僕の心ない言葉を笑って冗談に変えてくれる茂斗。きっと今までもずっとこうやって僕はみんなの優しさに助けられていただけなんだろうな……。

 落ち込みに眉が下がりそうになる。というか、下がってると思う。けど、心配してもらって慰めてもらってたら、僕は変われない気がした。

 だから、辛いと感じる自分の甘えを受け止めて、僕は茂斗に勢いよく頭を下げると声を大きく謝った。

「え、なに? どうしたんだよ? なんか悪いもんでも食ったか?」

「食べてないよ。確かに今の言葉は酷いよね。本当にごめんね」

 さっきまでとは違う、焦りを含んだ声。僕は茂斗が狼狽えないでよって苦笑をこぼすと、これからは気を付けるって誓いを口にした。

 習慣や癖はすぐには変えられない。でも、まずは意識するところから始めないと!

「いや、絶対変だろ? マジでどうしたんだ?」

「変じゃないよ。僕ってみんなの優しさに甘えてるだけの子供なんだって気づいただけだよ」

「! はぁ? なんだそれ」

 変わってみせるから! って意気揚々と宣言したら、茂斗が返してくるのは顰めっ面。

 普通『頑張れよ』って応援してくれるだろうところなのに、なんでその顔?

「お前、今度は瑛大に何言われたんだよ?」

「! 茂斗、知ってたの?」

「? 何をだよ。つーか、俺はなんも知らねぇーけど、お前がこうやって変に空回ったりする時は大体瑛大が原因なんだよ」

 昔からそうだった。

 不機嫌な面持ちで僕を見下ろす茂斗は、質問したい僕が言葉を口にする前に「何言われた?」って怖い顔を近づけて凄んでくる。

「な、何も言われてない……」

「ペナルティー1回目」

「! 痛い痛い痛いっ!!」

 嘘をついたってすぐばれた。騙せるとは思ってなかったけど、機嫌の悪い茂斗は暴力に訴えてくるってすっかり忘れてたせいで僕はとても痛い思いをする羽目になった……。

 僕の頭を両手で鷲掴むとそのまま手に力を籠めて圧迫してくる茂斗は、僕の悲鳴にも暫く力を緩めることはない。

 それどころか『1回目』って言葉から察するに僕が嘘を重ねる毎に頭を掴んだままの手に力を込める気満々だ。

「瑛大に何言われたんだ?」

 今度は笑顔で質問してくる茂斗。その笑顔はさっき凄む時に見せた表情よりもずっとずっと怖かった。

 恐怖と痛みに顔から血の気が引いていくのを感じながら、素直に相談した方が身のためだって訴える本能に従うことにした。

「ぼ、僕が瑛大のこと友達だと思ってないって言われた……」

「はぁ? なんだそれ? あいつマジで3年前から成長してねぇーの?」

 友達とか友達じゃないとか、何寒いこと言ってんだよ。

 呆れ顔でそんな言葉を口にする茂斗は、「そういうのは自分がどう思ってるかが大事なんだろうが」って正論をぶつけてくる。

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