第112話

「さ、流石に寒いね」

「当たり前だろうが! 真冬だぞ!」

 すぐに家に戻れって腕を引く瑛大えいた。僕はそれに抗うことなくついて歩く。

 玄関に到着すると再び暖かい室内に押し込まれてほっとする。けど、瑛大がそのままドアを閉めそうになるから、僕は身体を割り込ませて「待って待って!」って訴えた。

「……なんだよ」

「さっき、本当は何が言いたかったの?」

 僕が呼び止めた理由を本当はわかってる癖にわざと聞いてくるなんて、よっぽどさっきの話を蒸し返してほしくないんだろうな。

 でも、そうだとわかってても僕は話を戻してしまう。瑛大も僕の大切な幼馴染みだから、瑛大のこと知りたいって思うから。

(きっと瑛大からしたらいい迷惑なんだろうけど……)

 この『知りたい』って感情も、ただの好奇心だろうがって言われちゃいそう。

 けど、好奇心でだろうがなかろうが友達のことを知りたいと思う気持ちを悪いことだとは思わない。

「別になんも言いたいことなんてねぇーよ」

「本当に? 隠し事、してない?」

 言いづらいことでも言っていいんだよ?

 『僕たち、友達でしょ?』なんて、そんな風に食い下がったら、瑛大が見せるのは嫌悪感だった。

「はっ……。『友達』ねぇ」

「瑛大?」

 鼻で笑ったように吐き捨てられた言葉と怒りをにじませた表情に、僕は瑛大を怒らせたとすぐに理解した。

 でも、理解しても怒らせた『原因』はわからない。

「なぁまもる、『友達』ならなんでも話して当たり前なのか?」

「そ、そうじゃないけど……。でも何か悩んでることがあるなら、相談に乗るのが『友達』でしょ?」

 最近は一緒にいないけど、瑛大が思い悩んでることがあることは分かるよ?

 瑛大の怒りの原因がわからないから滅多なことは言えない。けど、僕なりに瑛大のことを大事に思ってることは伝えたいと思ったから、知りたいって訴えた。

 でもそれが瑛大の怒りを爆発させることになってしまった。

 瑛大が恨みの篭った目で僕を睨んできたのは、それからすぐのことだった。

「お前の理屈で言ったら、やっぱり俺はお前らの『友達』じゃなかったんだな」

「え……?」

「こんなことなら無理言ってでもゼウスに進学すりゃよかった」

 僕の言い方が不味かったのか、瑛大は僕が瑛大のことを友達と思ってないって言ってくる。

 もちろんそんなつもり全くないし、むしろ親友だと思ってるし、何がダメだったのか自分の言葉を必死に思い出す。

(誤解させるようなこと、僕言ってないよね……?)

 自分の言葉に落ち度がないって安心するも、すぐに『そんなことない!』って反論しなくちゃって瑛大を見上げた。

 そしたら瑛大、ものすごく辛そうに顔を顰めていて、今まで見たことないその表情に僕は言葉を失ってしまった……。

「……虎兄だ」

「! 瑛大っ……」

 居心地の悪い沈黙に頭が真っ白になって立ち尽くしていたら、その場の空気にそぐわない音が響いた。

 瑛大は携帯を取り出すと「もうすぐ着くみたいだから」って玄関を閉める妨害をしていた僕を家の中に押し込むとそのまま僕が呼び止めるのも聞かずにドアを閉めてしまった。

 僕は反射的に玄関のドアに手を伸ばす。でも、今度はドアを開くことができなかった……。

(どうしよう……。僕また瑛大に嫌われちゃった……)

 この2日間、怒られたり呆れられたりすることは沢山あったけど、また『幼馴染み』に戻れる日は近い気がして楽しかった。

 けどそれは僕だけだったみたいで、瑛大はずっと僕が瑛大のことを友達だと思ってないって感じていたらしい。

 それはただの勘違いなんだけど、瑛大にそんな勘違いをさせてしまったのは僕自身だし、僕が気づいていないだけでずっと前から僕は瑛大のことを傷つけてしまっていたのかもしれないと思ったら、どうしようもないほど落ち込んでしまう。

(謝りたいけど、ちゃんと理解しないと『ただ謝っただけ』になっちゃうし、それって余計に瑛大のこと傷つけるよね……)

 どうすれば瑛大の誤解を解くことができるか、今の僕にはわからない。

 瑛大のことをよく知る人に、そう、たとえば虎君に相談したら、僕がどうするべきか答えが出るかもしれない。

 でも……。

(虎君に言うの、嫌だな……)

 瑛大のことを無意識とはいえ傷つけていたなんて、虎君には知られたくない。

 自分が善人だとは思ってないけど、友達を傷つける一面があるんだって幻滅されたくなかった……。

(ちゃんと自分で考えよう……)

 自分の為にも、瑛大の為にも、悪いところはちゃんと自覚して直そう。そうすれば、瑛大もいつか誤解だったって気づいてくれるはず。

 僕は沈む気持ちになんとか折り合いをつけて、玄関を後にした。

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