第111話

「2日間本当にありがとう。おかげで引っ越しは終わったし、掃除もほとんど済んだから凄く助かったよ」

「別に礼を言われることじゃねーよ。けどまぁ早く終わってよかったな」

「うん。年内に終わるかな? って思ってたし、新しい環境で新年迎えられるから本当にありがとう!」

 夕暮れには少し早い時間、僕は寮に帰る瑛大えいたの見送りのために玄関にいた。

 靴をはきおえた瑛大はお礼を言われて照れているのか、「じゃーな」ってそそくさと帰ろうとしてしまう。

 久しぶりに瑛大と沢山喋れて嬉しい僕は、その様子に寂しさを覚えてしまう。

「虎君、まだ着いてないよ? もう少し中で待ってたら? 外、寒いでしょ?」

「いや、寮に送ってもらう為にわざわざ車取りに行かせただけでも申し訳ないのに、外で待ってないとかないだろ」

「? そういうもの?」

「そういうもんだろうが。虎兄、年上なんだぞ?」

 目上の人に対する礼儀だって言う瑛大は、やっぱり体育会系だ。けど、僕は年上は年上でも虎君は従兄弟なのにって思っちゃう。もう少し甘えたらいいのに……って。

 僕なら絶対甘えちゃうなぁって思ってたら、何か言いたそうな瑛大と目があった。

(あ、またやっちゃった……)

 お前は虎兄に甘えすぎだ! ってまた怒られるんだろうな。

 同じ内容で何度も怒られたくない僕はとりあえず笑って誤魔化そうと試みる。

 すると瑛大から返ってきたのは怒鳴り声でも呆れ顔でもなく、ため息。

(えっと、反応するのも疲れたってことかな……?)

 諦めの境地に達しているのか、瑛大は「もうなんも言わねぇよ」って視線をそらすと、やり場のないモヤモヤをぶつけるように髪をかきむしった。

「なぁ、まもる

「! なに?」

 きっと瑛大の反応が普通なんだろうなぁってぼんやり考えてたら、突然呼ばれる名前にビックリした。

 とりあえず愛想笑いを浮かべて返事をしたら、瑛大からもらうのは凄く神妙な表情だった。

「どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」

「いや、そうじゃなくて……。お前さ、えっと……虎兄のこと、……どう思ってんの?」

「? 虎君のこと? なんで?」

 思ったことをそのまま口に出しちゃう節のある瑛大にしては珍しく言葉を選んで投げ掛けられた質問。でも、質問の内容は何てことはない内容で拍子抜けしてしまう。

 瑛大が本当に聞きたい事はきっとこれじゃないんだろうなって思った僕は、嘘を吐くのが下手なんだからって内心笑ってしまった。

「す、好きなのか……?」

「もちろん好きだよ?」

 はぐらかすにしてはあからさま過ぎる態度。バレバレなんだから無理に続けなくていいのに。

 どんどん瑛大が知らない人になっていってるって思ってたけど、変わらないところもあるんだってわかって嬉しい。

 でも口に出してそれを伝えたら瑛大は無理矢理にでも変わってしまいそうだから、言葉にするには我慢した。

「それって、どれぐらい……?」

「え? 『どれぐらい』?」

 なにその質問。それに、『どれぐらい』ってどういう意味?

 思いもしなかった問いかけに、僕は思わず鸚鵡返しをしてしまった。

「やっぱいい。気にすんな」

「えええ?」

 なにそれ意味わかんない。

 聞いてきたのは瑛大の方なのに、なんで「答えんな」って怒られるの?

「なんで僕が怒られるの? 今の、僕はなにも悪くないよね?」

「うるせー。わかってんだよ! それぐらいわかってんだよっ!」

 声を荒げて吐き捨てる瑛大はそのままの勢いで玄関のドアに手をかけると「じゃーな!」って出て行ってしまった。

 理不尽すぎる瑛大の態度に圧倒されてた僕は、誰も居なくなった玄関に立ち尽くしてしまう。

「何騒いでるの? あれ? 瑛大、もう帰ったの?」

 呆然としてる僕に、リビングまで声が響いてきてたわよって朗らかな姉さんの声が届く。

 それに僕ははっと我に返って、「瑛大待ってよ!」って慌てて瑛大を追いかける。

 背中から姉さんの不思議そうな声が聞こえたけど、説明は後からするってことで無視するのは許してもらおう。

「瑛大! ねぇ瑛大ってば! ちょっと待ってよ!!」

「! ばっ、何追いかけてきてんだよ!?」

「瑛大がいきなり出て行くからでしょ!」

 真冬にそんな薄着で外に出るとか何考えてんだ!

 追いかけてきた僕の姿に目を見開くと、何故か瑛大は顔を真っ青にして駆け寄ってきた。

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