第22話

「まもるぅ!!」

 リビングのドアを開けるや否や、僕の視界は真っ暗になった。

 柔らかくて良い匂いに包まれた僕は「姉さん苦しい」ってその背中を叩いて、せめて力を緩めてってお願いする。

「ごめんねまもるっ、こんな時に一人にしてごめんねっ」

 僕の声を丸っと無視する姉さんは抱きしめる腕にますます力を込めてきて、顔を上げるのも困難。このまま姉さんの気が済むまで抱きしめられてたら窒息しそうだった。

「おい、分かったから離れろ」

 息ができないっ……って苦しんでる僕を助けてくれるのは、隣にいた虎君。

 虎君は僕から姉さんを引き離して、「自分の馬鹿力考えろ」って必要ない言葉と一緒に僕を姉さんから遠ざける。

 この後の展開は、まぁ僕じゃなくても容易に想像できるだろう。

「ちょっと! 退きなさいよ馬鹿虎! 葵は今傷心なのよ!?」

「帰ってきて早々煩い女だな。てか触んなよ」

 身を盾にするように僕を抱きしめて姉さんの怒りに火を注ぐ虎君は、伸びてきた姉さんの手を振り払って「大丈夫か?」って僕の心配をする。

 僕が反応を返す前に、姉さんの「死ね馬鹿虎っ!」って怒鳴り声と怒りの拳。その拳は虎君の脇腹にヒットして、珍しく虎君はその場に蹲って悶絶していた。

「と、虎君っ!」

 よほど綺麗に入ったみたいで、虎君は顔を歪めて「ぶっ殺すっ……」って物騒な言葉を吐き捨てて……。

 このままだと取っ組み合いの喧嘩に発展することは避けられそうにない。

「自業自得よ」

「テメェ……、女だからって甘い顔してりゃいい気になりやがってっ……」

「いい気になってるのはあんたでしょ」

 虎君を見下す姉さんの目はびっくりするほど怖くて、腰に手を当てて「いつまで痛がる振りしてんのよ」って嘲笑を零す。でもその目は全然笑ってなくて自分の姉じゃなかったら絶対に近寄りたくない雰囲気を纏ていた。

 整い過ぎている容姿はその威圧にさらに輪をかけてくれて、大半の人は怒っている姉さんに応戦しようという意気込みを折られてしまう。

 今までこの姉さんに立ち向かえた人を、僕はたった一人しか知らない。それが、今僕の目の前で脇腹を抑えて蹲っている虎君。

「言いたいことはそれだけか……?」

(あ、これ、ダメなやつだ)

 どうやって二人が喧嘩しないように宥めようって考えてた僕だけど、耳に届いた虎君の声に、悠長に悩んでる時間はないって知った。

 虎君の声は、静かで少し小さい。虎君の事を知らない人なら、きっと気づかずに更に喧嘩を吹っ掛ける言葉で絡んでしまうだろう。

 でも僕は知ってる。この声が出た虎君はヤバい。って。

「姉さん! 虎君に謝って!」

 僕は虎君が立つより先に立ち上がって、姉さんと虎君の間に割って入った。

「葵、なんでいっつも虎の肩持つの?」

「姉さんが虎君を殴るからでしょ!」

 虎君を見下す姿勢から僕を見下ろすよう体勢を変える姉さんの声は少し寂しげ。

 それにちょっとだけ申し訳ない気持ちになる。でも此処で僕が気を緩めたらまた同じことが繰り返されるから、我慢。

 まだ身長は姉さんの方が高いから、僕は本能的に両手を大きく開いて少しでも迫力を補うと、『怒ってる』アピールをする。

「でも、虎が―――」

「姉さん!」

 シュンとする姉さんの言い訳を遮って凄めば、姉さんは凄く不本意そうに「ごめんなさい……」って呟いた。

 僕はその言葉に虎君を振り返るともう一度しゃがみ込んで、「大丈夫?」って顔を覗きこんだ。

「大丈夫。ノーガードだったからかなり痛かったけど……」

 心配してくれてありがとう。って僕の頭を撫でてくる虎君の表情はいつも通り優しいし、声のトーンも戻ってた。

(よかったぁ)

 ホッと胸を撫で下ろして姉さんと虎君の大喧嘩は回避できたって安心。

 するとそんな僕に掛けられるのは、一部始終を黙って見ていただろう茂斗しげとの声。

「おーい、まもるー」

「! 何?」

「虎のガチ切れ回避に安心するのもいいけど姉貴が泣きそうだぞー」

 振り返ったらダイニングテーブルで夕飯をつまみ食いしながら茂斗が姉さんを指さしてた。

 それに、まさかそんな……って姉さんを見たら、凄く拗ねた顔で僕を見る姉さんと目が合ってしまった。

「ね、姉さん、あの……」

「葵、酷い! いつもいつもいーっつも虎の味方してっ! 葵のお姉ちゃんは私なのに!」

 きつい言い方してごめんね?

 そう謝りたかったのに、姉さんは僕の言葉を遮って抱き着いてきて泣きそうな声をあげる。

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