第23話

「私の方が虎よりもずっとずっとまもるの事大事に想ってるのにっ」

「ご、ごめんね? でも大丈夫だよ? 姉さんの気持ちはちゃんと伝わってるから。ね?」

 泣かないでって一生懸命姉さんの背中を擦って宥めるんだけど、姉さんは虎君ばっかりって涙声で効果はない。

 それどころか虎君がまた姉さんを僕から引きはがそうとして、喧嘩再び、だった。

「餓鬼みたいなこと言って葵から困らせるなよ、桔梗。てか、離れろ」

「やだ! 触らないでよ!」

「嫌なら離れろ。あと、俺の方が葵の事大事に想ってるから勘違いするな」

 僕を間に挟んで繰り返される問答に、慣れているはずなのにげんなりする。

 二人が僕の事を大事にしてくれてるってことはちゃんとわかってるし、その想いを嬉しいって思う。貰った想いの分、ちゃんと返したいとも思ってる。

 でも、虎君と姉さんは自分の方がその想いが大きいって喧嘩をする。そして一通り言い合いをし終えると、僕にどっちが大事か聞いてくる。それが僕は凄く苦手だった。

 また今日もその流れなんだろうな……。ってため息が零れそう。

 けどそんな僕に助け舟ともいえる声がする。父さんの声だ。

「桔梗、いつまで遊んでる。虎も、毎回毎回桔梗を挑発するな」

「! ごめんなさい」

「すみません、茂さん」

 言い合いをしていた虎君と姉さんはピタッとそれを止めて静かになる。

 鶴の一声ってきっとこういうことを言うんだろうな。なんて僕は二人に気づかれないように笑った。

「あんたのせいでパパに怒られちゃったじゃない……!」

「俺も怒られたんだから痛み分けだろうが」

 父さんに気づかれないように表情は笑顔のまま小声で言い合う虎君と姉さんだけど、さっきまでの険悪さはもうない。

 だから、僕が二人の手を握ったらその言い合いも止まる。

「二人とも、仲良くしてね?」

 視線を僕に向けてくる虎君と姉さんに『お願い』をすれば、二人は小声ながらも分かったって頷いてくれる。

 それが今だけの言葉だってことは分かってる。僕の『お願い』はこれが初めてじゃないから。

 でも僕はそれ以上何も言わない。二人がこうやって喧嘩する理由を、僕は知らないから。

「葵、こっちに来なさい」

「! はい」

 気まずそうな虎君と姉さんの間でちょっぴり気持ちを落ち込ませていたら、父さんが僕を呼ぶ。

 僕は二人から手を放してソファに身体を預けてテレビを見ていた父さんのもとに近づくと、促されるまま父さんの隣に座った。

(『話』って、あの事、だよね……)

 父さんが僕を呼んだ理由は、きっと西さんの事に違いない。

 茂斗しげとと約束した通り、父さん達には僕が西さんの『クビ』の理由を知らないってことにしておくつもりだった。だから父さん達には何も言ってない。

 でも、夕食を早く切り上げてきたってことは、僕が真相を知ってしまったって分かったからに違いない。それは姉さんの行動からも分かること。

(僕から何か喋った方がいいよね……?)

 呼んでおいて何も話さない父さんの横で、僕は言葉を探す。

 今日ぐらい家にいてよ! って冗談交じりに切り出せばいいかな? とか、そんなことを真剣に考える僕。

 でも、僕が口を開く前にポンって頭にのせられたのは父さんの大きな手で、びっくりして父さんに視線を移したら、申し訳なさそうな父さんと目が合った。

「黙ってて悪かった。葵はまだ知らなくていいことだって父さんが判断した」

「う、うん。それは茂斗から聞いたよ?」

陽琥ひこから連絡受けて直ぐ家中調べて不審なものはすべて撤去したからもう大丈夫だけど、部屋、移るか?」

 僕の事を心配してくれる父さんの言葉に、僕は心臓がまた痛くなる。

(何を撤去したの……?)

 父さんの言う『不審なもの』って一体何? もしかして、盗聴器とか盗撮用のカメラとか……?

 思い浮かぶのは、自分には無縁だと思っていた犯罪。僕は、西さんに見張られてたのだろうか……。

 父さんに聞けばすぐに答えは分かるんだけど、でも、知りたくないから聞かない。

「……聞かないのか?」

「き、聞きたくない……」

 父さんの問いかけに、僕は首を横に振って言葉を拒絶する。もう十分わかったから、これ以上知りたくない。って耳を塞いだ。

 父さんは怖がる僕に「わかった」って静かに頷いてまた頭を撫でてくれた。

「怖い思いをさせてすまない。俺は父親失格だな……」

 我が子を守るのが父親の役目なのに……。

 そう悲しそうに笑う父さんに僕はまた首を横に振って、父さんは最高の父さんだよ。って抱き着いた。

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