第6話 みけぽち
「ガルムおじさん!決闘しよう!」
「「「……はぁ?」」」
アンと共に湖で過ごした翌日早朝。
ネリは起きると同時に部屋を飛び出し、居間の扉を勢い良く開け放ちながら声高らかにそう宣言した。
「ちょ、ちょっと待て。何がどうした」
「寝言なら部屋で言いなさいよ」
「お前、顔洗ってこい。おーい母さん!ネリに何か目が覚めるモン作ってやってくれー」
「僕は起きてるよ!失礼だな!」
「今現在寝坊してるくせに何言ってるのよ」
アンに正論を浴びせられ、言葉に詰まった。
窓から溢れる光は明るく室内を照らし、外を歩いている村人の明るい笑い声が響く。
太陽と共に生活をしているこの村の方針は、早寝早起きだ。日が沈むと体を休め、朝日が昇る前に起きる。
つまり太陽が昇りきった今時分の起床は、まごうことなき完全な寝坊である。
「あらあら、おはよう。ネリ。今日は随分とゆっくりだったわね」
優しく微笑まれ、顔がカッと熱くなった。
違う。僕はもう、子供じゃない!
「ガルムおじさん! お願いだから!」
「ネリ、いい加減おじさんにも迷惑よ」
アンの忠告を右から左へと受け流し、尚も言い募るようにガルムおじさんへと詰め寄った。戦歴の剣士と揶揄される逞しい彼は、座っているのにも関わらず立っている僕と視線の高さは変わらない。
勝てるわけがない等は言われなくてもわかっている。
それでも僕は――
「……仕方ない、男にはやるべき時というものがあるものだしな」
「ガルム!」
ヌーフェスが非難するようにその名を呼んだ。
「わかっている。大事な次期領主様に怪我などさせまい」
ただ少し遊ぶだけなら問題なかろうと宥め、ガルムは重い腰を上げた。
*****
二人で連れ立って裏庭に移動し、向き合う。
「さて、男の決闘とやらをしようか」
ガルムが笑いながら足元に落ちていた木の枝をそれとなく拾った。
僕は腰に差した剣に手に置きながら彼を見据えた。
「本当に木刀じゃなくて、真剣でいいの?」
「お前にとってはお遊びではないのだろう?ならば全力で。私を殺すほどの勢いでくるといい」
そう言いながらガルムは木の枝に残っていた葉を千切って捨てた。
まさかというか、やはりというか。
「おじさんの武器はそれ?」
「それとはなんじゃ。これは伝説の枝、デスティニーソードだぞ」
なんだそれ。
「さあ、こい。ネリ。闘いは一度きりだ」
彼の纏う空気が変わった。
背筋に電流のようなものが走り、冷たい汗が頬を伝う。
「おじさん。もしも僕がおじさんを少しでも見返すことが出来たなら……」
僕はゆっくりと鞘から剣を引き抜き、息を吐いた。
「僕の我儘を許してほしい」
両手で剣を携え、前方に飛び出した。彼の胸に向け全力で振り下ろす。
軽く上体を反らして避けたガルムが枝を優しく横に薙いだ。
その遅さに思わず奥歯を噛み締める。
「おじさん! 僕は、ここから出たいんだ!」
僕はしゃがんで枝を躱しながら足払いをかけた。後ろに飛び距離を取った彼の胸に向かって剣を突く。
「こんな、うんざりしたところじゃなくて!」
枝で軽く剣先を逸らされた。
「やりたいことも! できないような!」
前に踏み込んだ勢いはそのままに、切り上げるように剣を振る。
「息苦しい生活よりも!」
枝で軽く止められ、朝日に刃が煌めいた。
「僕は! アンと!」
片手を離し、隠し持っていた短剣を腰から素早く引き抜いた。
「一緒に! 旅に出たいんだ!」
枝を長剣で押さえたまま短剣を彼の首めがけて全力で振り抜く。
「僕達を、連れて行って欲しい」
目に見えない速度で現れたガルムの剣が、彼の首元で短剣を押し戻していた。
伝説のデスティニーソードが、音もなく地面に落ちた。
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