23話 終末の始まり
その知らせが来たのはパラムの街を出発してから4ヶ月ほどたったとき
9箇所目の街で祈りを終えた時だった。
—直ちに聖都に帰還せよ—
聖女一行は浄化予定の半数をこなすもこの緊急の知らせにやもおえず聖都に帰還することとなる。
この時、その衝撃の知らせは世界に轟いていた。
「…帝国が滅びた?」
「そうだ、少なくとも帝国の首都とされる帝都は瘴気に呑まれたそうだ」
「…そんな、馬鹿な」
そう、聖教国の北に位置する国、帝国で悲劇は起きた。
避難民の話では帝国で瘴気が広がり始めたのは僅か5日前のことだそうだ。
その5日で帝国の領土は瞬く間に瘴気に浸食された。
「帝国ってこの世界で一番広い国なんでしょ?
そんな大きな国がこんな短期間に…」
イズミが言ったように帝国はこの世界において最も保有する領土が大きい国だ。
そしてその人口は300万人は下らないとされている。
一体どれだけの人間の命がその5日のうちに失われたのか。
かつてこれほどまで急速に瘴気が広がったことはなかった。
悲劇は世界に恐怖を届けた、聖教国には瘴気からなんとか逃れた帝国民が押し寄せているという。
これによって聖都の避難民を減少させる為に計画された浄化の旅はその根本から破綻した。
聖都を防衛するため聖女一行は聖都に帰還を余儀なくされた。
そうして聖都に戻った一行が目にした光景は出発前に見た姿とはまるで違うものだった。
配給に群がる長蛇の列、痩せ細った人々、聖都の防壁の外にところ狭しと詰め込まれたような
避難民の数の多さに一行は目を見開いて驚く。
美しかった聖都はもはや地獄の光景の一部と化していた。
聖都に入ることすら容易ではなかった。
避難民の1人が一行に気づいた瞬間、光に群がる虫のように聖女を目指して一気に向かってくる。
「聖女様だ!」
「お助けください!聖女様!」
「帝都にまだ主人が、どうか祈りを!」
助けを求める声は次々と響き、耳を塞ぎたくなるような地獄の音は聖殿に戻るまで続いた。
「…今回の旅、ご苦労でした」
帰ってきた聖女一行を出迎えたのは聖殿の実質的トップの枢機卿だった。
そのことが事態の性急さを表しているようで一行をより不安にさせる。
「今回の件は、我々としても想定外のことでした。
聖女様のお戻りが間にあってよかった。」
聖都に帰ってきたからと言って一行が休めるというわけではない。
すでに帝国と聖教国の国境付近まで瘴気は迫ってきている。
このまま聖教国への瘴気の浸食を許すわけにはいかない。
戻って早々僅か1日の休息で聖女一行は帝国との国境付近に行かねばならなくなった。ただし、カイルとイリーナなど他数名の騎士を残して。
「…腕利きの騎士だけではなく、侍女のイリーナもですか?」
その違和感にアルティメスは枢機卿へとその疑問をぶつける。
「…アルティメス騎士長、貴方ならわかるでしょう。
今は1人でも多くの精鋭が必要なのです。
あの侍女は加護持ちで、多少は使える腕を持っている。
今や脅威は瘴気だけではない、聖都周辺の避難民はもはやいつ暴徒と化してもおかしくはない。鎮圧にはより多くの人手が必要なのです。
…それに魔獣がいつくるかも分かりませんし、聖都の中にもいつ魔獣が発生するか…」
そう言って意味深に枢機卿はカイルへとその視線を向ける。
その視線にアルティメスは枢機卿の思惑を理解した。
カイルを消そうというのか、よりによってこの危機的な局面で。
何故だ。一体何を考えている。
強力な駒の一つをこんな状況で消そうとする意図が読めない。
多くの騎士の目がある中では理解できないその思惑でもアルティメスは追求することが出来ない。
アルティメスは横目でカイルを伺い見るがその表情は変わらず地面に向けられており、何を思っているのか伺い知ることはできない。
そして何を知ることもできないまま時が進んでしまう。
どれだけ後悔しても時間を戻すことができないのに後悔はいつだって時間に置いていかれる。
その夜、カイルは1人、聖殿の一角にある美しい花道に佇んでいた。
カイルにも自分が消されようとしていることは分かっている。
それも自身の願いであった聖女の手による浄化ではなく、手練れの騎士を複数集めた、恐らくは聖教国屈指の精鋭達によって。
だが、唯一の救いがあるとすればその中に自身の想い人であるイリーナがいることであろう。
いつだったか彼女は約束してくれた。
自身が化け物になるその時、人を傷つける前に護りたかったものを壊す前に、預かった多くの想いが消えてしまう前に
僕を殺すと彼女はそう言ってくれた。
なら、自分はその時が来るのを待つだけだ。
そう彼が想いにふけっていた時、彼の視界の端には信じたくない光景が映った。
あぁ、何故、世界は、どうしてこんなにも願った通りにはいかないのか
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