絵の具少女
白宮安海
絵の具少女
初めは全てが灰色だった。
カチャカチャカチャ。金属と金属が小競り合いをするのが部屋に響いた。それから石で出来た階段を一歩一歩確実に降りていく、粘着質な足音。
ヤプの世界は朝から晩まで灰色。生まれてこの方、見るもの全てが灰色。赤ん坊の時からずっと何もない、灰色の部屋にいる。
重たい扉を開くとローブを被った灰色のお化けがやってくる。灰色の食器、灰色のスプーン、灰色の食べ物を運んでヤプの元へやって来る。
一日に三回の食事をさせる。灰色お化けがご飯を食べさせると、また扉の外へ出ていく。外の世界には何があるのか知らない。
いつものようにやってきた灰色お化け。だけど何だかいつもと様子が違う。灰色お化けの手には、見た事もない色が握られていた。ヤプは聞いた。
「その色は何?」
「この色は緑だよ」
言いながら、灰色お化けは緑をヤプに渡した。ヤプは初めて見る色に興味津々になって、すぐに床に緑を描いた。途端に世界は緑と灰色になった。
「これからは毎日、外に出す代わりにお前に色を与えよう」
灰色お化けはそう言って、部屋を出て行った。
緑を貰ったヤプの世界は、とても安らかだった。
次の日も灰色お化けはやってきた。それから今度もまた見た事のない色を握って渡した。
「その色は何色?」
「この色は黄色だよ」
言いながら、灰色お化けは黄色をヤプに渡した。ヤプ、すぐさま灰色の床に黄色を描いた。まんまるや、点々、さまざまな形を描いた。
「いい子にしていたら、またお前に違う色を与えよう」
そう言って灰色お化けは出て行った。黄色を貰ったヤプの世界は、とても楽しかった。
ヤプは段々と違う色が貰えるのをわくわくしながら待っていた。階段の音が聞こえ、今日も灰色お化けがやってきた。また違う色を持っている。
「その色は何?」
「この色は青だよ」
ヤプはその色が特別好きだった。すぐさま灰色お化けから受け取った青で部屋に描いた。うんと大きく広く塗りたくって、壁はほとんど青くなった。
青を貰ったヤプの世界は、とても澄んでいた。
それから灰色お化け、何度かやってきて、ヤプにオレンジと黒と紫を渡した。
ヤプの世界は徐々に広がった。もう灰色だけじゃない。
だけど灰色お化け、それから一度も色を持ってこない。ヤプは黒でぐちゃぐちゃな何かを描いた。もっともっと色々な何かを描きたいのに、私はこの世界しか知らない。ヤプは思った。何もない灰色しか知らない。
そこでヤプは、灰色お化けと自分を描いた。灰色お化けとヤプが並んで立っている絵。
灰色お化けがやってきて、その絵を見せると、灰色お化けは怒った。それから一週間灰色お化けはやって来ない。
ヤプは青と黒をあちこちに塗りながら待った。気がつくとヤプの目には涙が溢れていた。一人ぼっちでも元気を出そうと、たまに黄色と青とを使って鮮やかな世界を描いた。
でも何かが足りない。何だか分からない。色が足りない。ヤプの世界はまた灰色に逆戻り。
それから何日か経って、灰色お化けがやってきた。ヤプはご飯を一気に平らげる。それを見てにこにこ笑う灰色お化け。ヤプは考えた。それから思いついて、灰色お化けが部屋の絵を見ている隙に、フォークを取って隠した。
灰色お化け、いつものように部屋を出ていく。それを狙って、そろりそろり近づいてぐさり。背中をフォークで刺した。灰色お化けはのたうち回り、悲鳴を上げて、やがて動かなくなった。
ヤプはしばらくそれを眺めていた。すると、灰色お化けから、違う色が出てきた。
ああ、そうだ。この色だ!私が求めていた感情。私の求めていた色。
ヤプはそう思いながら、灰色お化けの体から新しい色を取って部屋中に塗った。全色使って好きなだけ描いた。
これで全色揃った。私の絵の具。これでまた素敵な絵が描けるね。
ヤプは心底楽しそうに踊りながら、朝から晩まで絵を描いた。ヤプの世界は最早灰色だけじゃない。そのまま扉の外へ出て、ヤプは初めて外の世界の色を見た。世界には何と沢山の色がある事だろう!
極彩色の中を駆け巡り、やがて遠くへ行って、ずっと遠くまで行って、二度とここへは戻らなかった。
絵の具少女 白宮安海 @tdfmt01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます