第60話 ラグレシアの国、ビスの街

 アデルクライシスの世界は3つの大陸から構成されている。

 3つの大陸の中で最も大きいのが、ハムストレムやピピ・コリンのあるクルド大陸。クルド大陸から北方に位置し、一回り小さいイングラード大陸。そして、南方に位置するガーラ大陸。


 クルド大陸は南北中間にあり、他の二つの大陸より気候は穏やかなので、大陸中の山々を樹々が覆い、狂暴なモンスターがいない土地では農作物も多く育てられている。


 イングラード大陸は冬は極寒の土地だ。しかしこの大陸に棲んでいるモンスターは、ランクの高い武器や装備を作るために無くてはならない素材が多く、高級素材を主な貿易輸出品としていた。


 そしてガーラ大陸は大陸中央に大きな活火山があり、今もコンスタントに噴火を続けている。土地も砂漠や岩山が7割を締めるが、貴重な鉱山資源が豊富に採れることから、鍛冶や彫金に長けたドワーフ族が多く住み着いた。

  

 これから向かおうとしているドワーフの国『ドワラグル』も、このガーラ中部にある。


 ジルの森を抜けて、ようやく次の街にたどりいついたのはその2日後だ。

 全速力の馬よりも早く走れる【俊足】スキルを3人で使って、走りながらの移動だった。 

 本来なら長時間使えないスキルでも、MPやSPが減れば惜しみなく回復アイテムを使ってこと、強引なスキル維持をする。

 とはいえ、【俊足】スキルを走るのはそこまで苦ではなかったが、走らずにいられるのなら走りたくないのが本音で。


(大勢で移動できる手段も考えないとな~。毎回これは避けたいところ……。でも時間もあんまり取れないしどうしようかな~)


 やりたいことや、やらなければならないことが多すぎて、1つを片づけているうちに2つ、3つと別の課題が出てくる。

 快適便利なだけなら優先順位は低い。今後の行動に影響出るもの程、優先順位は高く、早めに手をつけていきたい。


 自分のチートステータスだけでは解決困難なものが、後々出てくるだろう。

 

 いくら全職マスターして、チートスキルやレアアイテムを大量に持っていようと、実用的な環境は自分で一から構築していかなくてはならないのだと思い知らされた心地だった。


 2日南へと陸を走り続けてようやくたどり着いたのはラグレシアの国、ビスの街だ。国の面積自体はそこまで広いわけではない。


 ただし、ハムストレムが王族や貴族が権利の大半を握る封建政の代表的な国家だとするなら、ラグレシアは宗教国家である。それも太陽神エインの神を奉る一神教。 

 王はいるにはいるが、実質的な政治の主導権は教皇や司教、司祭にある。



 ビスの街について真っ先に探したのは宿だ。

 それも風呂付の部屋。値段が上がるくらい、全く構わない。ピピ・コリンの街を出てからずっと野宿が続いて、そろそろ限界だった。


 お風呂に入りたい。全力で体を洗いたい。


「はぁー!気持ちよかったー!生き返るー!」


 心行くまでお風呂に入り、体を洗うことが出来た幸せに、長旅の疲れが一気に落ちるようだ。この世の天国とは風呂にあり。それ以外はユルサナイ。


 HPのステータスバーは満タンでも、表示されていない精神衛生面のステータスは、完全に残り1だった。こんな旅がこれからも続くのだとしたら耐えられない。


(優先順位1位は持ち運びできる簡易シャワーか簡易風呂に決定ね!!体をキレイにすることは衛生面で大事だもの!)


 一般的な旅人や商隊は、風呂付の部屋は節約の面からどうしても贅沢な部類に入るらしい。風呂付きの部屋を選ぶのは、裕福な商人や貴族ぐらいのものだと、前にヴィルフリートが教えてくれた。


 風呂付きの部屋は宿泊代が高いが、その分、通りがかった貴族たちが泊ればその召使や従者も含めて、宿に多額のお金が落ちる。なので宿を構えるなら、見栄も多少あるが、利益的にも風呂付部屋を1つは用意しておきたいらしい。


「2人とも、お風呂から帰ってきてたんだ。はやくない?ちゃんと体洗った?」


 部屋に備え付けられている風呂は自分が先に入ったので(宿代を自分のお財布から出している特権として)、ヴィルフリートとツヴァングの2人は街の有料公衆浴場に行っていたのだ。

 

 ヴィルフリートは冒険者として街が運営している有料公衆浴場は何度も使用しているらしく、抵抗は全くないらしい。意外にも(一応)貴族出身のツヴァングも、公衆浴場で構わないと文句をいうことはなかった。

 

 リアルで借りていたアパートの近くに昔ながらの銭湯があり、よく行っていたのでこちらも抵抗はないらしい。

 宿のお風呂を独占するお詫びとして、石鹸とシャンプーを渡そうとしたのだけれど、シャンプーは要らないと受け取ってもらえなかった。

 

あまりに香りが良すぎて、男が使用すると変な目で見られるそうだ。 


 本人たちが要らないのなら無理に押し付ける気はないが、その分、石鹸でしっかり洗ってきてほしい。


 けれども、自分が風呂に入ったあとに、公衆浴場に2人は出かけたはずなのだ。なのに、自分が風呂から出るより先に2人が部屋に戻っているとはこれいかに?


「お前が長過ぎるんだよ。1時間以上もよく入っていられるな」


 椅子に腰掛けたツヴァングに呆れたように言われてしまう。


「髪が長いから洗うのに時間かかるんデスー」


 事実である。リアルで髪を伸ばしていたときと、短くボブにしていたとき、髪を洗う時間は3倍は違った。洗うのも、シャンプーを洗い流すのも、兎に角時間がかかる。

 よって髪が腰に尽きそうなほど長い自分が、お風呂に時間がかかっても仕方ないのだと反論する。


 取った宿は街で3番目に大きい宿だ。1番と2番の宿は、別の客が既に風呂付の部屋を押さえてしまっていたので、順番的にこの宿にたどり着いた。

 華美というほどではないが、室内はキレイに掃除され、調度品も揃えられた上質な部屋と言えるだろう。


 別にお風呂さえついていれば、部屋は質素でも全然かまわない。でも、風呂付に泊る上客の殆どは、周りのことを世話してくれるメイドや召使を連れているので、部屋には主人が泊る部屋とは別に、使用人のための別部屋が用意されている。


 ダブルベッドがある部屋を、自分とヴィルフリートが使い、1人部屋で使える別部屋をツヴァングが使用することで話がついている。


 (念のため、部屋割りするときヴィルとツヴァングが2人セットになるか聞いたら、2人即答で拒んだんだもん。一緒に寝るくらいなら宿の前で野宿した方がマシだとか言って)


 ヴィルも長身だが、ツヴァングも負けず劣らず長身である。

 ダブルベッドとはいえ、ガタイのいい男2人が寝ては窮屈だろう。


 だからとツヴァングと自分がセットになるのは、ヴィルフリートが断固反対した。それは基本的に穏やかなヴィルフリートからは想像つかないくらい、怖い形相で反対された。


 裏ダンジョンで自分を殺そうとしたツヴァングと一緒に寝るのは危険だというのが、ヴィルの言い分である。けれど、それだけでは無い気がしたのは、きっと考え過ぎということにしておく。


「まぁいいや。夕食はお店の人が教えてくれたレストランに行けばいいとして、それまで時間あるし、今後の旅の予定について確認をしておこうか」


 塗れた髪を拭きながらベッドに乗る。

 宿は基本的に泊って寝るためのものだ。食事の提供はないので、どこかで買ってくるか、食事を出してくれる店に食べに行くのが主流となる。


 しかしこの宿、というよりも街で大きな宿は、上客のために共同でレストランを運営しているとのことで、宿代の中に朝夕の食事代も含まれていた。


(希望すれば、って受付で説明されたけれど、あれは金持ちならまず間違いなくレストランで食事するだろうって前提の話だったわね)

 

 落としてもらえる金は落とせるだけ落としてもらおうという算段なのは、すぐに分かったけれど、利があるのは宿側だけではないこともすぐに察しが付く。


 金持ちの荷を運ぶ使用人たちにとっても、主人がほんのひと時でも自分たちの世話を離れて、店側が用意した食事をしてくれるのは、貴重な休憩時間になるだろう。

 それを考えれば、店側が客の要望に応えた良いサービスであると言えなくもない。


 自分たちは別に割高な食事は求めてないので、ごく普通の庶民向け食事で十分だったのだが、この辺りは何がうまいや、色んな国の商人が多く立ち寄るのでお知り合いになる切っ掛けになるかもしれないと、押しについ負けてしまった。

 商売根性たくましいと言わざるを得ない。


 「まずは、ガーラ大陸に渡るための船が、このクルド大陸南部の港から出ている。その港までは、このビスの街をもう少し先にすすめば、転移ゲートがある街にたどり着けるから、一気に距離を短縮できるとして」


「待った」


 今後の旅の予定を、順々に立てようとしていたところで、ヴィルフリートが手をあげ、待ったをかけられてしまう。


「何か変なところあった?」


「転移ゲートは国を跨いでは転移できないぞ?」


「え!?うそ!!」


 寝耳に水。そんなことは初耳だ。少なくともゲーム時代は同じ大陸内であれば、国を跨いでも転移ゲートで移動できていたのに。

 驚く自分に、淡々とヴィルフリートは説明しはじめた。


「嘘じゃない。考えてもみろ。国を跨いで転移できたら、他国にいきなり侵略してくれって言っているようなもんだろ?一度に転移できる人数も制限されている」


「それは、そうなんだけど……」


 ヴィルフリートの言い分は理解できた。確かに国跨ぎで転移ゲートを使って大量の人が移動できたら、他国侵略を目論む国が現れれば、一瞬で軍隊を移動できてしまう。


 国の治世者としては大問題だろう。前にヴェニカの街からハムストレムの王都に転移ゲートで移動したことがあったが、あれはヴェニカの街がハムストレムの国内の街だったから可能だったらしい。

 

 現実世界に置き換えれば、戦闘準備万端な某国の軍隊が東京にいきなり転移してきたら、大問題になる。

 あっという間に、日本の首都である東京は制圧されてしまうだろう。

 それは非常に困る。


(転移ゲートは確かに数は多いとは言えないけど、主要な国や街にはだいたいあって、移動尾するときにとっても便利で……)


 でも、それはゲームだったから許される機能だったようで、似非現実化してしまったアデルクライシスではプレイヤーの便利さよりも、国家間の事情の方が優先されるらしい。

 そんなところまで現実に寄らなくてもいいのに。


 侵略目的ではない一般人としては


「不便……」


 せめて条約を結んでいるとか友好国となら、国跨ぎ転移ができてもいいのに。

 これから待ち構えている長旅に意気込んでいた気持ちが、一気に萎えていく。


 まだ旅が始まった序盤で出足を挫かれた心地だ。転移ゲートもだが、この様子ではゲーム時代の便利な移動手段などが、国の事情とやらで使用ハードルがかなり高くなっている気がする。

 ガーラ大陸に渡るためには、想像以上の浪費を費やす覚悟が必要らしい。

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チートキャラで閉鎖されたVRMMOゲームにログインしたら神の代行者でした 諏訪 @tokio_suwa

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