第10話 試験テスト

 冒険者は基本実力主義であることから、短気で血の気の多い者が多い。


 ギルドの建物内で誰か喧嘩でも始めたのかと思ったが、アラルがここの支部長になってからは、そういう喧嘩はすっかり収まっていたのだ。騒ぎを起こす者には容赦なくアラルの鉄槌が落ちる。


 だが、ケンカ特有の騒ぎ声は聞こえない。となれば別の何かあったのかと、隣の様子を見に行こうとする前にコンコンコンコンと素早いノックと共に、下のギルド受付の女性がアラルの返事を待たずに入って来た。


「失礼いたします!マスター!!隣の闘技場へ急ぎお来しいただけませんか!?」


「何があった!?」


「それが新しく冒険者希望の方がいらっしゃったのですが、試闘でカイン様も倒されてしまったのです!」


「カインを!?すぐ行く!すまないヴィルフリート!話はまた後だ!」


 ハムストレムの冒険者ギルド支部長はアラルだ。しかしその直属の部下でありギルド支部のまとめ役として副支部長のカインがいる。こちらも元Aランク冒険者で、腕前はもちろん書類仕事が苦手なアラルの補佐としてなくてはならない存在だ。


 ヴィルフリートも何度か手合わせをしているのでカインの実力は知っている。知っているからこそ、試験テストで倒されたという話が俄かに信じられず、アラルの後を追う。


 ギルド支部は、一階に受付を始めとした依頼内容を張っているボードがあるフロアと、事務や雑務を行う部屋、そしてアラルの支部長室がある2階がある建物とは別に、隣に冒険者ギルドへ入るときに、試験テストを行うための広場が用意された建物がある。


 一階でテストとなる戦いを。そして2階は完全な吹き抜けだ。

 テストと言っても、基本的には最低限コレが倒せればいいという簡単なものだ。簡単なものすら倒せないようでは冒険者になっても、死にに行くようなものだとギルドに入るのを断る理由付けにもなる。


 隣の建物に駆けつければ、壁に背中をもたれる形で頭を項垂れてピクリともしないカインの傍に快癒士たちがかけつけ、回復魔法をかけている。

 だが、完全に気を失っているのだろうカインは気が付く気配はない。周囲にはテストを見学していたのだろう他の冒険者たちの姿が沢山あり、副支部長のカインが倒されたことに一様に驚いていた。


「みんな落ち着くんだ!」


 声を張り上げ、アラルは場を鎮めようとする。その足でカインの傍までいくと呼吸を確め、気を失っているだけだと安堵する。引き続き回復魔法をかければじきに目が覚めるだろう。


「カインを救護室へ。回復薬も念のため使って休ませておくように」


「わかりました」


 アラルの指示に従い、カインを両サイドから肩に腕をいれ職員2人がかりで医務室へと連れて行く。闘技場の真ん中に残されたのは、白いケープを着込み、深くフードをかぶった小柄な人物が1人。

 鎧や剣、杖と言った装備らしい装備はしていない。


(武器を装備してないとなると、攻撃判断に迷うな。あの体躯でカインと同じ拳闘士とは考えにくいが)


 そしてケープのどこにも汚れは見当たらないところを見ると、勝負は一瞬でついたことが伺えた。

 振りかえり、アラルは闘技場の中央まできて、改めてカインを倒したのだろう冒険者希望の相手に、努めて柔らかな物腰で挨拶をする。


「はじめまして。ハムストレムの冒険者ギルド支部長をしているアラルだ。君は冒険者志望と聞いたが間違いはないだろうか?」


「そうだけど?さっきの人倒したよ。これでテスト合格でいいんだよね?」


「もちろんだとも。だが、君が倒したさきほどのカインは私の部下なのだが、あの様子を見ると君には全く敵わなかったと見える。そこで、ものはついでで自分とも1つ手合わせ願いたいんだがいいだろうか?」


 アラルの申し出に一度は落ち着きかけた周囲がわざめきはじめる。恐らくアラルの想像通りカインは手合わせらしいことも出来ずに倒されたのだろう。


 元Aランク冒険者では全く歯が立たなかった相手に、次は元Sランクのギルド支部長の相手をする。

 滅多にない手合わせが見られると見学者たちは色めき立つ。

 しかし、


「さっきのひと、自分を倒せばテスト終わりって言ってたよ?」


(やはり若いな。これで元Aランクのカインを倒したのか)


 フードを被っているためはっきり顔は見えない。しかし、小柄な体躯や、幼さが残る声から、年齢は20は行っていないとアラルは憶測する。冒険者ギルドは実力主義だ。実力さえあれば年齢は問わない。


 本来なら冒険者ギルドへの入会テストは低レベルの召還魔獣を倒すだけだ。そのテストもこの相手は一瞬で倒し、カインは実力を測ろうと手合わせを申し出て、同じように一瞬で倒されてしまったのだろう。


 細い外見からはそれほどの腕前には見えないが、カインを簡単に倒した強者であることを念頭に、警戒しつつ声をかける。


「テストは終わりだよ。試験は合格だ。君が冒険者ギルドに入ることに、異議を唱えるものは1人もいないだろう。しかし依頼を頼む上で、冒険者一人一人の実力を把握しておくのもギルドの仕事でな。1つ自分とも手会わせお願いしてもいいだろうか。実力不相応の依頼を頼んでしまっては、こちらの落ち度になる」


「別に高ランク向けの依頼なんて受けないよ。一番下のランクでいいんだ。回復薬の素材集めたりとか、そういう簡単なのしかするつもりないから」


「ランクの低い依頼しか受けるつもりがないというのは、もちろん君の自由だよ」


「もういい。冒険者申し込みはなし。こっちは最低ランクでいいって言ってるのにしつこ過ぎる。次は自分が次が自分がって手合わせばっかり、こっちは暇つぶしで手合わせしに来たんじゃない、嘘吐き」


 アラルが話している途中で、溜息をついて相手は踵を返し、闘技場から出て行きはじめたことに目を丸くする。


 冒険者は血の気が多く短気者が多いが、これはどちらかというと子供の短気さだと内心思う。けれどせっかくの実力者が冒険者ギルドに入ろうとしてくれたのを、対応をミスって出て行かれたのではアラルの支部長としての力量を疑われる。


「ふむ、嘘吐きときたか。気分を害してしまったかな。君が十分に強いのは運ばれたカインを見れば分かる。冒険者としても実力は十分だろう。しかし、誤解しないでもらいたいのだが、冒険者の実力把握をしっかり行うのもギルドとして仕事のうちで、軽い手合わせ程度でいいのだが」


 これが本当に最後だと、引きとめようと肩に手を置こうとして、その手が触れる直前で弾かれた。


 バチッ!!


「ッ!?」


 軽い電撃を受けたときに似た手のシビレに、アラルはバッと手をひっこめる。目を凝らせばケープ全体を覆うように薄く透明な結界が表面に現れている。


「触るな」


「これは……完全に機嫌を損ねてしまったようだ」


 不機嫌を露にした声に、相手が完全にアラルを敵として見ていると判断する。

 対応を誤ってしまった。


 相手はギルド側の申し出を受けて手合わせをしただけで非はない。


(確かにギルドに入るだけなら受付でちょっと書いて一回テストするだけなんだが、ソロのようだし。これで本当に戦えるのか疑ってカインが試したのは理解できる)


 ギルド支部長の立場で言えば、ここは大人しく帰すべきなのだろうが、どうにも元冒険者の血が騒いで、この者を黙って帰してしまうのは勿体無い気がしてならない。

 まだ随分と歳若いのだろう相手に、どれだけの力があるのか試してみたい。


 闘技場に奇妙な沈黙が流れたとき、それまで静観していたヴィルフリートが割り込んだ。


「やめろアラル。シエルもこの場は引いてくれ、たのむ。アラルはお前に敵意があるわけじゃない。実力を測るのもギルド側の仕事の1つだ」


「ヴィル?」


「なんだ?知り合いだったのか。だったら初めから言ってもらえないか?」


 まだアラルに名乗ってもいない相手の名前を言ったことで、ヴィルフリートが相手と知り合いなのかと、ふっと緊張を弛める。


 だが、ヴィルフリートにしてもシエルが冒険者ギルドに入ろうとやってきてカインを倒しているというのは予想もできなかった。

 そしてついさっき支部長室でアラルと話していたことが頭を過ぎる。


(こいつがレヴィ・スーンなのか?)


 だとするならカインを一蹴したのも頷けるが、まだ完全にそうと決まったわけではないと自分に何度も言い聞かせる。名前もたまたま似ていただけかもしれない。

 しかし、どうしてもシエルとレヴィ・スーンを結びつけてしまいそうになる自分を否めない。


 今はとにかくシエルとアラルを引き離すのが最優先だ。もし本当にシエルがレヴィ・スーンだった場合、その琴線に触れて何が起こるか分からない。


「ちょっとな」


 軽くアラルに詫びて、シエルの傍までいく。ケープに触れればアラルと同じように弾かれるかもしれないことを考え、出口へと手招きする。


「シエル、とりあえず外にでよう」


 とにかくシエルをギルド支部の外へ出さなければ、この騒ぎは収まらないだろう。


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