第9話 冒険者ギルド
結局、ログインしてからハムストレムに着いたのは5日目の昼だった。
ハムストレムからヴェニカの街まで、馬車でも約2週間はかかる距離だが、転移ゲートを使えば一瞬で着く。
「おぉ~。人がいっぱい!」
街を見渡しながらシエルは一人ごちる。ゲーム時代は表示されるNPCの数は制限されていた。しかし、今は制限がなくまた行動も決められたものではなく、多様性が増しているように見えた。
この目の前を通り過ぎていく人々の中に、どれくらい意識を失っているプレイヤーが紛れているのだろう。識別はできないけれど、そう考えると闇雲にはしゃぐ気分にはなれない。
「とりあえず1週間分宿は取ったぞ。前払いした宿代の釣りは机の上に置いておく」
「うん。ここまでありがとう。宿まで取ってもらって十分だよ」
「じゃあ俺はもう行くが、元気でやれよ。それと無茶して一人で魔物だらけの場所に行くんじゃないぞ?」
「無茶なんてしないもん」
そう言うと、何か聞きたそうな顔をに一瞬なった気がしたが、ヴィルフリートは手を振って去っていく。
同行はハムストレムまでの約束だったので、宿前に1人ぽつんと残される。
宿代は当面の寝床確保と、ハムストレムを情報収集の拠点とするために1週間分の代金を前払いで支払った。
ヴィルフリートもたまに使う馴染みの宿ということで、まだ子供の部類に入るシエルの外見的容姿でも、ヴィルフリートの紹介のお陰で不審がられることなく宿を取れたことに感謝する。
(ゲームのときは移動なんてそんなに時間かからなかったけど、生身だとこんなに時間かかるし大変なのか……というかいくらゲームがリアル化したって言ったって、ここまでリアル寄らなくてもいいんじゃない?)
さすがに移動中ずっと着ていたケープを初めとした装備は脱いで、簡易服でベッドに横になっているが、風呂に3日も入っていないことが更に不快感を増加させている。
少しやすんだら真っ先お風呂入ろう。それから街にでて情報を集めなきゃ…
その為に割高な部屋を取ったのだから。湯船はなくてもシャワーはしたい。
基本毎日風呂に入ることが日本人は習慣付いている。その中で3日も風呂に入れないというのは苦痛の極みだ。
ルノールの遺跡がある森でヴィルフリートと遭遇したときは面倒ごとに巻き込まれた感が否めなかったが、捕囚ゲームとなったアデルクライシス内の様子や移動の手段をはじめとして、今も信頼できる宿を紹介してもらえたのは正直ありがたかった。
(この世界でここがゲームの世界だと覚えているのは自分だけ………。本当に1人で来たんだな………)
アデルクライシスに囚われた被害者は皆リアルの世界のことを忘れて、この世界こそ現実のものとして生きている。
頼れる者は一人もいない。ヴィルフリートと別れ一人になったとたん、今まで考えまいとしていた実感がいっきに押し寄せてきた。
▼
「もう依頼を終えたのか?やはりヴィルフリートに頼むと速いな。紹介した俺も依頼主に鼻が高いぜ」
ハムストレムの冒険者ギルド支部に顔を出したヴィルフリートに、支部長のアラル自ら顔を出し、奥の支部長室へ招きいれる。
一般的な冒険者は、受付カウンター越しや、依頼内容が張り出されたボードが置かれたフロアで、冒険者たちの情報交換場となっているテーブルに座って直接話をすることも珍しくない。
しかし、アラルは支部長になる前の現役冒険者であった頃から、ヴィルフリートとは共に討伐やダンジョン攻略を行ったことがある旧知の仲ということで、支部長室で周りの目を気にすることなく砕けた口調で話す。
『黒槌のアラル』と言えばまだその武勇伝は覚えている者も多いだろう。人族よりふた回りは大きく厳つい風貌のオーガ族で、メイン職はタンク:斧戦士。今はベストにゆったりとしたズボンとブーツという軽装だが、一度前線に出れば重厚な鎧に身を固めて動きは素早く、その豪腕から振り下ろされる斧はドラゴンすら真っ二つにすると名を馳せていた。
冒険者ギルドの支部長になってからは滅多に自身で魔物を相手にすることは少なくなったが、日頃の鍛錬は欠かしていないようで現役時代と変らぬ体格と覇気をまとっている。
対して、他の冒険者たちも、ヴィルフリート1人だけ特別扱いだと文句を言うものはいない。そこはヴィルフリートが冒険者ギルド最高Sランクであることと歴戦の実績が功を奏している。1階フロアにSランク冒険者が現れただけで、ヴィルフリートの顔を知っている者は憧れと羨望の眼差しを向けた。
通された支部長室の応接椅子にヴィルフリートはどかりと腰を下ろし、ぶっきらぼうに応える。
「そうでもねぇよ」
ヴィルフリートの表情は決して明るくない。
すでに下の受付カウンターで依頼目的だった魔物の素材は納品してある。それを今頃奥の鑑定者が確認している真っ最中だろう。アラルと話をした後に下に戻れば鑑定が終わり、報酬を受けられる算段だ。
アラルの秘書のミカが机の上に湯気の立ったお茶を出し、一礼して部屋から出て行く。
そのお茶に一口も口をつける気配はなく、ずっと考えこんでいる。
「ヴェニカの街の近くで、甲冑ジェネラルが湧いたって話はすでに朝一で報告が来ている。湧いた原因は引き続きあちらの冒険者ギルドで調査中だそうだが、顔が晴れない理由はそれか?」
向かいのソファにアラルも腰をかける。こちらはお茶を一口飲んでゆったり寛いでいる。
「どちらかというと問題は甲冑ジェネラルを一発で倒した雷撃魔法の方だ」
「魔法?報告じゃあとんでもなく馬鹿でかい雷が甲冑ジェネラルを直撃したんだろ?そんな魔法を使うなら、すぐ至近距離で使わなきゃ威力だって半減する」
「わかってる。魔法を使ったような奴は周囲には見当たらなかった。だから、離れた位置から魔法を使ったんだ。それも威力を些かも衰えさせることなく」
「ふむ。離れた場所から甲冑ジェネラルを一撃で倒すような魔法を使うやつねぇ……」
腕を組んで考え込むアラルを他所に、ヴィルフリートの中では確信ないまま、シエルがその魔法を使ったのではないかという疑惑が燻り続けていた。
あの時の甲冑ジェネラルとヴェニカの街の距離を考えて、あの威力の雷撃を打てるのかと思うと、背筋にヒヤリとしたものが走る。
(一人旅をしているのは聞いたが、目的は結局聞かず終まいだ。寝ぼけていて、当てずっぽうに雷だって言ったんなら俺の考えすぎなだけだが)
何もない空間にアイテムを出現させたりするシエルだ。初めて遭遇した場所や、馬酔いが酷かったりとギャップが半端ない。
「ところでギルド内が何かざわついてないか?何があった?」
ギルド支部があるこの建物に入って、まっさきに他の冒険者たちからヴィルフリートに視線が向けられることはもう慣れている。
だが、すぐに視線ははずれ、情報収集の会話とは違う一種の熱を帯びたざわつきがあった。
これはヴィルフリートが周囲の気配や雰囲気に敏感なエルフだから感じた違いなのかもしれないが。
「ああ、お前は戻ってきたばかりでまだ聞いてないのか。もう世界中があれの話題でもちきりだ」
一呼吸置いてから、アラルはニンマリと笑みを作り、もったいぶったように口を開く。
「レヴィ・スーンが現れた」
思わずヴィルフリートは素っ頓狂な声を上げた。
「は?レヴィ・スーンって、あの?昔話のか?」
「そうだ。俺も最初聞いた瞬間は自分の耳を疑ったぜ。だがどうも真実らしい。王宮お抱えの星占士から町の星占士まで、占いの結果は同じだ。みんな血眼になって探してる。もし手に入れられたら強大な魔力でこの世界の王にだってなれるぜ」
「昔話通りなら、逆にそいつの逆鱗に触れたら世界を滅ぼされちまうんだろ?」
「まぁな。だがお前は気にならないか?どんな願いでも叶える力を持つってだけなら略奪対象になるが、相手は<神の代行者>だ。決して軽んていい存在じゃねぇ」
「神の代行者ねぇ、人々を救うのも罰を与えるのそいつの気分次第だが、神様がやることじゃ誰も逆らえねぇってところが曲者だな」
<神の代行者>という免罪符が全ての行為を肯定する。殺されても文句が言えないとかヴィルフリートの信条に反する最たるものだ。
「その通りだ。そういえばお前の今回の依頼はルノールの遺跡が近い森での討伐じゃなかったか?」
「ああ、ジャイアントホーンの角を持ってこいってやつだ。素材の角が取れるオスは一匹で行動するからそこまで難しい依頼じゃない」
「そう言えるのはヴィルフリートだからだ。あの巨体で範囲雷撃をやられると、高ランク冒険者でもPTを組んで反対に返り討ちに合うことが少なくないんだ。それをたった一人でよくやるよ」
「そうか?よく見ていれば雷撃使うタイミングはタメがあるから計れるし、あとはあの角の突進さえ警戒してれば俺じゃなくたってどうかなるだろ。それより今回はその後だな」
PTを組まず、ソロで冒険者をしていれば、頼れるのは自分1人だ。標的となる魔物の情報はもちろん、装備やアイテム類の事前準備、生息地域の地理に至るまで考えられるもの全てを用意していく。
だからアクシデントと油断さえなければ、魔物討伐はそれほど難しいものではないとヴィルフリートは考えている。
「やっぱり何かあったんだな。レヴィ・スーンか?」
「違う。ジャイアントホーンを倒した後で、はぐれグリーンドラゴンに遭遇した」
「グリーンドラゴン?まさかあの森でか?」
コクリとヴィルフリートは1つ頷く。
「本来グリーンドラゴンの生息地は山岳地帯だし、基本群れで行動する。完全なはぐれだな。群れを追い出されたか、群れから偶々はぐれたかは分からんが、山岳地帯からだいぶ離れているのが気になる。別の魔物がグリーンドラゴンを追い立てて、縄張りを荒らしたんじゃなければいいが」
元々、雷撃系魔物のジャイアントホーンを倒すための装備しか持ってきていなかったところに、風属性ドラゴンであるグリーンドラゴンと遭遇したときは正直ヴィルフリートも焦った。10メートル近い巨体のくせに、風を操りとにかく動きが素早い。
動きを止めないことには高レベルスキルも当たらず、唯一持っていたたった一つの捕縛アイテム【カクティの蒼玉】はグリーンドラゴンの突進を避ける際に落としてしまうしで散々だった。
運よくシエルがあの場に居合わせなければ、負けはせずともしばらく動けなくなるような重症を負っていたかもしれない
(つか、アイツ最初俺を見捨てようとしやがったけどな)
木の陰に隠れてヴィルフリートとグリーンドラゴンが戦っているのを見ているだけで、自ら加勢に入ろうという素振りどころか、その場から立ち去ろうとしていた節もある。
別に見捨てて立ち去ろうとしていたことはヴィルフリートも責めるつもりはない。
未熟者が自分の力と敵の力を見誤り戦いに割り込んだところで足手まといになるくらいなら、最初から離れていてくれたほうがマシだ。
それを鑑みれば、シエルが助けに入らずその場を去ろうとしたのは決して責められる点ではない。
ヴィルフリートも加勢は期待しておらず、落としてしまった【カクティの蒼玉】さえ拾ってもらえれば、あとは自分1人で倒せると踏んだから立ち去ろうとしたシエルを引き止めたのだから。
結局、何故1人で高レベルの魔物しかいない森にいたのか理由は聞かず仕舞いで、ハムストレムに着きさえすれば後は1人で大丈夫というから、最後は宿だけ面倒を見た。
所持金の方も余裕があるらしく、しばらくハムストレムでゆっくり過ごしても生活に困ることはないと言う。
が、少しの間だけでも旅を共にした縁もある。
だいぶ世間知らずのようだし、甲冑ジェネラルの件を別にしても妙に気にかかる。宿の手配をした手前、一度様子を見に行った方がいいだろうか。
「どうした?急に黙り込んで」
急に黙りこくったヴィルフリートをアラルは訝る。
「いや、ちょっと考え事だ。それよりグリーンドラゴンは置いといて、レヴィ・スーンが現れたとなったら冒険者にも情報収集の依頼がまわってきそうだなと思ってな」
「奇遇だがそのレヴィ・スーンが現れたのはお前が向かった森近くだぞ」
「どこだ?」
「ルノールの遺跡」
「魔物の巣窟じゃねぇか。誰が好き好んであんな場所に現れ、あー、……そういうことか。お前も随分遠まわしに話振ってくるようになったじゃねぇか、黒槌のアラルはもっと単刀直入だったと思っていたが、ギルドマスターになって変ったか?」
合点がいったとばかりに、ヴィルフリートは横目にアラルを睨む。
こういう腹の勘ぐりあいは好きではないのだ。話が長くなるばかりで、結論にいつまで経っても辿り着かない。
「変ったつもりはないが、多少言葉に気を使うようになった自覚はあるな」
顎を撫でつつ、わざとらしく「うーん」とアラルは唸る。
「だがな、毎日毎日朝は服装がだらしないだの、言葉使いに気をつけろから始まり、話し合いが終わればあれがダメこれがダメ言われ続けてみろ?お前だってだってそうなる」
「だからギルドマスターになるのは窮屈だから辞めておけと俺は言ったんだ。まったくそうならそうと初めから言えばいいんだ。だが面白いのとは遭遇したぜ。レヴィ・スーンがルノールの遺跡に現れたってんなら、ヤツが適任者だろう」
遭遇したときは何故こんな辺境に一国の将軍が?と思ったが、レヴィ・スーンが現れたとなれば納得できる。
「なんだ、やっぱりあるんじゃないか」
「この国の将軍だ。ダルダーノ。見るからに装備万全で数十騎引き連れてルノールの遺跡に向かってたところをすれ違った。ああいうめんどくせぇのには関わりたくねぇんだよ」
「ダルダーノ将軍か。地位的にも他国と遭遇しても対等に交渉できるか。人選的には間違いじゃないが」
「性格的には油断ならないタイプだ。手柄欲しさ、じゃねぇが元々の性格だろう。基本他人を信用してない」
ヴィルフリートの身元を明かしても、ルノールの遺跡がある方角からやってきたヴィルフリートを疑うのは仕方ないとして、背後に座っていたシエルにまでしつこく食い下がった。抜け目ないやつだ。
「彼は下級貴族の出身だというし、自身の才覚で将軍にまで上り詰めた豪傑だ。警戒心が強いのは当然だろう。ヴィルフリート、ダルダーノ将軍は何か情報を持ち帰ると思うか?」
「レヴィ・スーン本人を連れ帰れば、ヤツはこの国の英雄だ。だが、そう簡単に世界を手に入れられたらたまったもんじゃない。良くてどっちの方角に向かったとか、遺跡に住む魔物と戦った痕跡を見つけるとかその程度だろう。レヴィ・スーンの落し物らしき何かを拾えたなら、十分成果になる」
ヴィルフリートの指摘に一理あるとアラルも頷く。ダルダーノが遺跡に向かっても、そこから移動するだろうレヴィ・スーンの追跡までは難しい。
完全装備した騎士団を伴い事前連絡無しに他国の領土へ入れば、相手国に侵略と受け取られようと非はダルダーノにある。動けるのはルノールの遺跡周辺までだ。
一介の冒険者であった頃ならいざ知らず、ギルドマスターになった今は、世界を手に入れることも滅ぼすことも出来る存在が、誰の監視も無く野放しで世界のどこかを放浪している姿を想像して、アラルは各国のお偉方につい同情してしまう。
対してヴィルフリートは妙な引っかかりを覚えていた。それはヴェニカに街からずっと胸に燻っていたモノに近い。
レヴィ・スーンの昔話はヴィルフリートも子供の頃に何度も聞いたが、そうではなくつい最近、似たような名前を聞いた気がする。
しかし、いつどこで?と考えると、喉のあたりまできているのに思い出せない気持ち悪さ。
物覚えは決して悪くない方だと思っている。あさっての方角を見ながら首をひねる。
「レヴィ・スーン………、レヴィスーン、レヴィン、ス……レヴィンソ、ああああ!?」
(シエル・レヴィンソンだ!!)
ガバッとソファから立ち上がった拍子に机を蹴ってしまい、一口も口をつけていないお茶が倒れ零れたが構っている余裕はない。
思い出すのは馬酔いで血の気の引いた蒼白の顔。道中にダルダーノとすれ違った時が最初、そしてヴェニカの街に着いてから、宿屋のベッドに寝かせるときが2度目。
アイテムを何も無い空間から自在に出現させ、高級なエアーボードが自前の移動手段。
何よりも一度見たら忘れられないだろうあの容姿。波打つ銀糸の髪と黄金のような濃い金の瞳。少女にも少年にも見える、エルフに勝るとも劣らない秀麗な容姿。とても魔物と戦えるようには見えない。
魔物しかいないルノールの遺跡近い森に、たった一人で何をしていたのかと疑った。
しかしルノールの遺跡から人里の方へやってきた途中だとするなら?
森の奥の方へ進めば進むほど出没する魔物は強くなる。ヴィルフリートが1人で踏み込めるのもシエルと遭遇した辺りまでが境だ。それ以上先に進めば自分より強大な魔物に襲われてやられる可能性が高くなる。
だが、強大な魔力を有しているというレヴィ・スーンならどれだけ強い魔物も敵ではないだろう。例え遠く離れた場所にいた甲冑ジェネラルであったとしても。
馬に乗るのは多少苦手だったのかもしれないが。
(シエルがレヴィ・スーンなのか?)
決め付けるのは尚早だと分かっている。しかし、とんでもないモノと自分は気付かず一緒にいたのかもしれないと考えて、ぞわりと鳥肌が立つ。
向かいに座っていたアラルも突然大声を出して立ち上がったヴィルフリートに、何事かと目を見張る。
しかし、どうかしたのかと声をかけようとして、
――ドゴンッ!!
隣の建物の方から大きな音がして、2人の注意は瞬時にそちらに向いた。
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