第6話 お菓子を作ろう

「よし……こんなものか」


仕事を早めに切り上げてから俺は厨房を借りてクッキーを焼いていた。この世界の材料の少なさに四苦八苦すること3回……まだまだ完成には遠いが少なくともこの世界のお菓子の中ではかなり美味しいものが出来た自信があった。


何故、俺がお菓子を焼いているのか――もちろんそれは愛する妻と娘に少しでも美味しいものを食べてもらいたいからだ。前世の記憶のクッキーと、この世界のクッキーの味を比べれば誰でも思うことだが――やはり、科学未発達なこの世界ではなかなか良質な材料を手配するのは難しく、どうしても味にバリエーションがつけられなかった。


とりあえず形はなるべく可愛くしたが――渋いオッサンが可愛くクッキーをデコる姿は自分でも正直イタイと思ったが……うん、愛する者のためならこの程度の試練はどんと来いだ。


「おや……カリス様。完成ですか?」


そんなことを考えていると我が家の料理長のガーリックが興味深そうにこちらを覗いていた。


「ああ。とりあえず完成だよ」

「そうですか……それにしても、カリス様はいつの間に料理を習ったのですか?」

「んー……まあ、ちょっとね。よければ味見を頼めるかな?」

「はい。もちろん」


流石に前世の記憶で学んだとは言えないのでそう言うと、ガーリックは快く頷いてくれた。なんだか騙したようで悪い気もしたが、そんな俺には構わずガーリックはクッキーを一口食べてから――フリーズした。


「ガーリック?」

「……カリス様。これのレシピを教えては貰えませんか?」

「構わないが……味の感想は?」


何やら鬼気迫る感じてそう言われては断れないのでそう聞くとガーリックは、思わずといわんばかりに表情を変えて言った。


「それはもう……凄く美味しいです。本当にどうやったらここまで美味しいものを作れるのでしょうか?」

「まあ、愛情……かな?」


前世の知識でズルをしているとは言えないのでそう答えると、ガーリックは何やら納得したように頷いた。


「なるほど……やはり、ここ最近になってからのカリス様が奥様とお嬢様に愛を持って接するようになったからなのでしょうか?」

「はは……まあね」


冷や汗が出そうになるが――まあ、事実なので仕方ない。

ここ最近、フォール公爵家の雰囲気は以前とは違うものになっていた。これまでは、当主であるカリスさんと、公爵夫人であるサーシャ、そして、公爵令嬢のローリエとの仲が絶望的だったのが、屋敷の雰囲気を重苦しいものにしていたが――カリスさんの人格が俺になってからは、どこか皆安心したように明るい雰囲気になったのだ。


まあ、理由はもちろん俺が二人をこれでもかというくらい甘々に接するようになったからだが……最初の頃はその様子を見た使用人の唖然とした顔がそこらかしこにあって、それはそれは面白い感じだった。

ここ最近はそれにも慣れて呆れたような――だけど、どこか微笑ましげに俺達を見つめる使用人の比率が高くなっていた。


「そうだ……今度、作ってもらいたい料理があるんだが……頼めるか?」

「それはもちろん!では、このクッキーのレシピと一緒に後で教えて貰いたいです」

「あぁ……とりあえず私は二人をお茶に誘うから、また後でな」


そう言ってから俺は厨房を後にした。

なお、ガーリックとは今後、異世界の料理の再現や材料探しに協力してもらう機会が多くなっていくのだが……この時の俺は二人のことしか考えていなかったのは当たり前のことだった。



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