修学旅行前日――(2)

 春さんの向かった先には、僕達には馴染みの深い場所であり、全ての原点であり、確かに修学旅行前に来るにはうってつけの場所だった。

 ここに来てしまうと、色々なことを思い出す。それだけ馴染みの深い場所。ここを起点に、僕の、春さんの物語が始まった。

 ただ、ここによると、どうしても寄りたい場所が出来てしまう。それは、この神社の奥。


「さ、帰ろっか」


 春さんがそう言ったが、僕は。


「――ちょっと寄りたいところがあるんだ」


「へ?」


 やはり春さんは拍子抜けした。そういえば、あの二人はあったことがない気がする。――僕の思い違いかもしれないけれど。


「だめ?」


「いや、いいけど……」


 季節も季節、すぐに暗くなってしまうので、春さんとしてはすぐに帰るつもりだったのだろう。

 それなのに、僕がそれを崩してしまった。

 少し申し訳ないと思いながらも、その神社の裏、森へと続く道を獏然と春さんは歩く。

 少し歩いたところで春さんが言った。


「ここでもいろいろあったね」


「そうだね」


 今思ったら謎でしかないが。


「何でこの森に首吊ってる人がいたんだろう……」


「何でだろうね。今思ったら、帰る時だったもんね」


 そういえばそうだ。――まあ、今更それについて言及するつもりはない。あの時の真相を知ったとしても、過去の話だ。今になってどうこうできる問題ではないかもしれないから。


「やっと着いた~……」


 山道を荷物を持ちながら登る、それは登山に等しいものであり、素人にはそれはしんどすぎた、それだけの話。運動もそれなりにしているはずなのに、とも感じたが、やはり帰宅部、体育系の部活動の体力には全く敵わないだろう。しかも、運動といっても少しの筋肉トレーニングだけで、そのメニューの中に有酸素運動は含まれていない。

 と、一通り心の中で思い終わった後で、目の前に広がる景色を――春、一晩を過ごしたその場所を、僕は見た。

 広く広がる庭。そしてその中で大きく佇むその古家を、僕は見つめる。

 ――彼の人はまだ、いるのだろうか。まさか、新

まこと

だけをこちらに寄越しておいて、自分だけ隠居なんてしていないだろうか。

 なんて杞憂をしていると――もうネタバレも甚だしいだろう。

 ――古家から、見たことのある着物が見えた。

 無礼を承知で覗く。――ほとんどの確率で鬼秋

きあき

さんだが、絶対とは言い切れないところが怖い。――後で何を言われるものか。


「失礼します……」


 僕と春さんはほとんど同じタイミングで言い、トーテムポールのような感じに頭を覗かせる。

 そこには――誰もいなかった。


「何しとん?」


「うわぁ!」


 後ろから声が聞こえたので驚いていると、呆れた顔で立っていた鬼秋さんがいた。


「何を勝手に人の家に……」


「「すいません……」」


 二人で声をあわせて謝る。といっても、鬼秋さんもこんなことでは怒らない人だ、それは分かる。


「んで、何をしに来たんや?」


「いや、実は明日から修学旅行だから挨拶ついでに来ようかなーと」


「そんなことかいな」


 僕からしたら、結構来たかったところなのに、そんなことと言われてしまった。少し心外だ。


「まあ、せっかく来てくれたんや。何も持たせず帰すんはわっちの性に合わん。――ってことで」


 と言い、懐から髪を取り出し、それにサラサラと何かを書き始める。

 それを真正面から見ながら、首をかしげて待つ。いったい何を書いているのか。


「ほれ」


 どうやら書き終えたらしい鬼秋さんは、その紙を僕達に渡す。


「じゃあ、頼んだわ♪」


「何々……お土産……? 一、酒。二、ストラップ。三、着物……鬼秋さん……?」


「なんじゃい」


「口調さえも変わってしまっている……」


 呆れながら、ちゃんと律義に最後まで読むと、紙の一番下の方に、小さい字で『最高の思い出』と書いてあった。


「最後のは、君らが買ってくるもんや」


「鬼秋さん……」


「とか言っても、チャラになんないですよ」


 少しの感動に浸る間もなく春さんのツッコミが発動した。


「なんやなんや。見たことない娘やと思って、面白いんか思たら、まさかのツッコミ属性かい」


「――! まさかとは何よまさかとは!」


 またしてもツッコミが発動した。――鬼秋さんと春さんは、今日が初めての会話だったはずだ。春さんだって、敬語を使っていた。

 だが、やはり春さんはツッコミ属性なのだろう、もう敬語はない。


「楽しい娘やねぇ」


「釈然としない……!」


 カカっと笑う鬼秋さんと、イライラし始めている春さんを見ると――やはり春休みを彷彿とさせる。

 ――新と鬼秋さんが、あのころから仲が良くなっていたなら、こんな未来が見えたのだろう。だけど、そうだったなら、あの夜、僕は新に慰められなかったし、そもそも鬼秋さんのところさえ行けなかったのかもしれない。そう考えると、仲が悪かった方がよかったのかもしれない。現に今は仲がいい、というより、前のような隔たりがなくなったわけだから。


「それじゃあ、少年。よろしく頼んだわ~」


「それはそれで貫いていくのね……」


「いあやはや、正直なこと言うとな、こんな成りでも神様なんよ。神様が働く、なんて聞かんやろ? そういうことや、わっちにもプライドはあんねん」


「そんな……」


 いや、これ以上言うと、僕自身何が起こるか分からない。

 確かに、神様が働く、という字面だけを見ていると、何かのアニメかと思うだろう。しかも神様だ。働く概念すら存在しないだろう。


「まあ、頼んだわ」


 ひらひらと手を振り、はんなりと笑う鬼秋さんのその言葉には――きっと二つの意味が含まれているのだと思う。 

 一つは、おつかいのこと。もう一つは――まだ根に持っていたのかってほどに子供らしく――鬼秋さんらしいもの。だけど、それがなくなってしまったら……と思うと、それがあるからこそ、鬼秋さんなのだと思える。


「素直じゃないなぁ」


 僕が言えた義理ではないが、そう言って、その場を後にした。

 ――夕日はもう沈みかけて、僕たちの影が長く伸びていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る