暴走演算(カリギュレーター)
三船純人
第1話
ガラクタを漁る子供たちは6人で1組のグループを組んでいた。はぐれないように2列に並び、光の帯が照らす大地を先へ先へと進む。
新しい瓦礫の山を見つけると、その場に思いきり倒れ込んだ。手や足を何かが引っ掻いても気にしない。グワラグワラと底の方までひっくり返すその音が真夏のじりじりとした陽射しと共鳴する。みんな一斉に大きく腕を広げては、せーので麻袋に詰め込んでいく。鋼鉄の鉤爪、透き通る琥珀色の眼球、定期的なリズムを刻んで蠢くナニカ。それらは全部全部抱きかかえられるほどに大きく、どれもこれも詰め込んだら入りきらなかった。
入らない分を選んで除けようと、またみんなで袋に手を突っ込んだ時。
それは太陽光で十分に熱された瓦礫に
スカスカの雲が緩やかに動き、その隙間からは澄み渡るような青空が広がる。
車の傍らに長身瘦躯の男が眼鏡を掛けて遠くを見つめている。彼の名はフロイドといった。
状態に関わらず可能な限り回収すること。そういう命令だった。
「ここまでやられたらいっそ清々しいものね」
ミラは少し疲れていて、徹夜明けのボサボサ髪を帽子で隠しながら、車から身を乗り出していた。心が荒んで思わず口走ったわけではなく、本当にそう思ったのかもしれない。
瓦礫の山、色を失った街並み、地平線の先まで見渡せる。陽の光があまりにも綺麗に透き通っていたからだ。
運転する車もこれで3往復目、荷台にはあとひとつ分の空きがある。残りの荷物は全てネトネトの液体が滲んでいて、ときおり濁ったものが下に溜まる。飛び散った跡が生々しい。
「いい加減これで往来を通るのも嫌なんだけど。どいつもこいつもしかめっ面しちゃって」
「袋を使いまわしてるからオイルの臭いがキツイのかな。子供たちは慣れたみたいだよ」
「本当?変なもの食べさせてないでしょうね」
「大丈夫です。ミラさんが不安がるようなことは、絶対に」
フロイドは足元に置かれたいくつかの袋を調べていた。入っているのはどちらか、人か、
すいませーん、と遠くから声が上がる。子供たちがひょっこりと顔を上げた。声を合わせて、麻袋を持ち上げ、目の前で降ろす。袋の中身のどこかが捻じれたみたいでメキッと音を立てた。
足元に置かれたそれは手に取ると肘まで力を籠めないとダメな程度の重さだった。ミラに目配せをすると、車の中からパンパンの袋が出てくる。キャラメルとクッキーがいっぱいに入った袋だ。
「ご苦労様。中身のチェックはこっちでやるから、
5人に均等に行き渡るように二つずつ配っていく。子供たちはたちまち笑顔になり、会話が弾む。
始めに指示した場所は既に探索が終了しており、地面に染み込んだ赤い血液を追って各自探索しているらしい。3班は今回の行動範囲である半径1kmを外れてもっと奥へ行っているらしいこと。戻るまでに何人かサボっていたこと。人の部位を見つけ、袋の中に入れたこと。
地平線のその先まで、所在なげにウロウロしていた子供たちも、みんな遠くへ行ってしまった。屈託のない笑顔だった。
茶色の袋と黒ずんだ袋。フロイドは茶色の袋だけを荷台に載せた。車体は大きく左に傾く。
「ミラさん、あっち向いてて」黒ずんだ袋は紐があって口を縛れるようになっているもので、臭いものはそちらに入れるようフロイドは指示していた。
肌が震える予感があった。回収作業において久しぶりの、大振りのナマモノの予感だ。
その袋はとにかく何かでベトベトになっている。決して軽いとはいえないそれを、地面に出そうとすると何の抵抗も無くズルリとうつ伏せになって出てきた。右腕だ。それは右腕が祈るために頭上に掲げられた上半身。深く火傷を負った人の皮膚とは泥を被ったように黄色く、黒いものだ。しかしその祈りは届かなかったのだろう。左の肩から右の脇腹まで斜め下に両断されている。しかし本来なら肋骨の下から肝臓やら腸やらがまろび出ているはずなのだがそれがない。
覗いてみると中は本当に空っぽで、中央に握り拳二つくらいの装置と、他には何も入っていなかった。
仮にも人間が見つかったら、生死問わず損傷率を計算するのが決まりだ。
ICチップは何処だろうか。五体満足の時は膝の中に埋め込まれるが、修復につれて生身の部分へと移し替える決まりだ。他に生身の部分があればそこにあるだろう。身体の淵を人差し指で丁寧になぞる、その切り口は稲妻のようにギザギザだ。
フロイドは額の汗を拭った。薄く生えている腕の毛に球粒の汗が纏わりつく。
「……毛か」顔じゅうの皮膚が寄り集まってブヨブヨになっている、その中央の渦。名もない男の眉毛。爪にひっかかる感覚があった。親指と人差し指の爪で丁寧にこそげ取ると、食べかすほどの大きさのICチップが現れた。
「あった。ミラさん、リストを渡してくれませんか?」
「捜索者リストを?子供たちは死体って言ってたじゃない」
「はい。でも明日には目覚めますよ、この人。とりあえず生きています」とりあえず。指の背で少し撫でると、わずかだが反応した気がした。こんな伽藍洞の身体でもサイボーグなら動ける。フロイドは胸ポケットにチップをしまった。ミラに手渡された紙は殴り書きで、書いた本人であるフロイドでさえ目を細めなければ読めない。残りは5人。アウズ、レべゼン、カンパス、ハイト、イムネーン。彼らは1週間前に出発していたとメモがある。彼らのプロフィールには様々なことが書かれていた。どのくらいの年齢か、どの
「……カンパス。うん、カンパスさんだなこの人」
そう言うと、フロイドはペンを握りカンパスの欄を埋めようとした。が、既に模様のように崩れた文字で周りが囲まれている。仕方なく裏の方に枠を何個も何個も書き足していく。
「どうしてそう思うの」ミラは振り向きはせずに尋ねた。
「回収作戦の前にお話があったじゃないですか。壊滅した中衛部隊のうち一つの基地が、完全に倒壊しそもそも通信に応答しなかったと」
「ええ、聞いたわ。それと何の関係が?」
「その中衛部隊にいたのがカンパスさんなんです。真夏の日差しが熱いとはいえ、彼の火傷の跡はそれ以上の高熱で起こったものに見えます。おそらくは……」
それきりフロイドは黙ってしまった。その先をフロイドは言わなかった。これ以上口を開いているのが辛くなってしまったからだ。しかしこんな時に限ってゲップが喉の奥からこみ上げてくる。グルルと鳴る喉。急な倦怠感が押し寄せてきた。ミラも同じようなことだろうか。喋らなくなった。
辺りは静まり返り、聞こえるのはただ、風に流される砂の音だけだった。フロイドはベタベタの手を裾をねじって擦り拭いた。フロイドの仕事は二つある。一つは検分。
ギラギラとした日差しが鳴りを潜め、橙色に染まるまで。その間にも子供たちの喧騒が耳に入る。フロイドが話しかけるとお菓子の袋を渡す。午後6時まで続いた。
「お疲れ様です。ミラさん。今日の分はこれでお終いなので、持ち帰っちゃって下さい」
「分かったわ。捜索はまだ続くの」
「明日で終了です」フロイドは首を振って言った。「僕はカンパスさんに修復されてくれるように、頼んでみます。それじゃあ」黒ずんだ袋をゆっくりと持ち上げ野営の方へ戻ろうとした時には、ミラは帽子を目深に被りなおしていた。
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