第八章 決着(中編)


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 クリスが〈スコーピオン〉を相手に死闘を繰り広げていた頃、『アウルム国解放戦線』は対空電探連動型高射砲の管理施設内部に侵入に成功した。そして、待ち構えていた兵士に対して、激しい銃撃戦を展開する。

 電源施設との寸断、コントロールルームの破壊など、対空電探連動型高射砲の機能を無力化する方法はいくつか存在する。事実、突入した『アウルム国解放戦線』のメンバー達も陽動を兼ねて思い当たる全ての場所へと攻撃を仕掛けている。

 しかし、彼等は明確に攻撃の目標として定めている箇所が一か所あった。

 それは、対空電探と高射砲を連動させて、感知した敵に対して自動迎撃を行うためのシステムである。この個所を潰すことが出来れば、自動迎撃が不可能となり、ただの高射砲と変わらない脅威まで下がる。

 そして、このシステムは電探側に関する物であり、ここを破壊することによって備え付けの電探の機能そのものを無力化することが可能という試算だった。

 そうなれば目視で撃つしかなくなり、事実上ただの巨大な砲身が残るのみとなる。

 そして遂に、『アウルム国解放戦線』が勝利の兆しを見ることになる。

 六時五十三分、『アウルム国解放戦線』の本部に、四カ所存在する対空電探連動型多連装ロケットランチャーの一つを無力化する事に成功したという報告が入る。四カ所での作戦成功の連絡はそれから次々に行われた。そして七時二十一分、遂にクリス達の担当カ所である対空電探連動型高射砲の無力化が報告された。

 これを受けた本部は七時二十二分、国連軍へと打電。これを受けて国連軍は七時二十五分に、空母を飛び立ちアウルム国首都を目指していた空爆部隊へ向けて、予定の進路で首都シウダを目指し作戦を遂行するように指示した。


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「コイツ等、いい加減に――」

 二機の完璧な連携を崩し、どうにか突破口を開こうとクリスは足掻く。

 前衛の〈スコーピオン〉が超硬質ブレードを振りかぶった。

 今なら赤い〈スコーピオン〉は完全にその真後ろで、〈アルゴス〉に対して攻撃が出来ない。

「このタイミングならッ!」

 〈アルゴス〉が左腕を、迫り来る前衛の〈スコーピオン〉に向ける。その腕には増設された十二.七ミリ機銃の銃口が、確実に相手のコックピットを正面から捉えた。

 相手が超硬質ブレードを振り下ろすよりも、自分がトリガーボタンを引いて機銃を撃つ方が早い、いくら小口径でもこの至近距離なら装甲を抜ける。

 ……しかし、そんな思考と判断には、一つの重大な過ちが存在した。

 彼が考慮すべきだった最大の部分は『思考を読んでくる相手が初歩的なミスをするはずがない』という点だ。

 クリスはトリガーボタンを引いた。

 しかし、〈アルゴス〉の腕部十二.七ミリ機銃から弾丸が放たれることは無かった。

「コイツ、自分の味方ごとこっちを刺しに来やがった!?」

 赤い〈スコーピオン〉は装備する大型ランスで、前衛の超硬質ブレードを装備する〈スコーピオン〉を背後から貫き、その切っ先を対峙していた〈アルゴス〉の左腕まで到達させたのだ。

 前衛の、超硬質ブレードを装備した〈スコーピオン〉を串刺しにして貫いた大型ランスは〈アルゴス〉の左腕に突き刺さり、〈アルゴス〉をその場に拘束する。

 赤い〈スコーピオン〉が、超硬質ブレードを装備した〈スコーピオン〉の背後に隠れたまま次の一撃を狙う。

「チィッ、こんなことでッ!」

 対するクリスは、咄嗟の判断で刺されている〈アルゴス〉の左腕を肩からパージして後退。察知していた次の攻撃を、どうにか紙一重で回避する。

 超硬質ブレードを装備した〈スコーピオン〉が迫る。

(そもそもあの刺突、明らかにコックピットを貫いていたはずだ。なのに、コイツは今も平然と動いている。どういうことなんだ? 何かおかしな、明らかに俺の常識とは外れた現象が起こっている。いったい何が……)

 〈アルゴス〉は左腕と武装の大半を失って満身創痍。施設に突入してからの戦闘で二機の〈スコーピオン〉を撃破しているとは言え、押されているのはクリスの側だった。

 こちらからの攻撃は一向に有効打にならない。赤い〈スコーピオン〉に至っては、超硬質ブレードを装備した〈スコーピオン〉が身代わりになるので、掠り傷すらも負わせられない。

 逆に相手からの攻撃は容赦なく続く。

 射撃、打撃、斬撃、刺突、容赦ない連携は、致命傷こそ避けられているものの、左腕を失った〈アルゴス〉を容赦なく追いつめる。

 そんな戦況の中、クリスは激しいノイズ混じりのスピーカーから、短い機械音が流れるのを聞いた。

「……この通信、……そうか、防空施設の無力化は全て成功か!」

 それは、間もなく国連軍の介入による、都市への爆撃が開始されることを意味していた。

 クリスはメインモニターに映る二機の〈スコーピオン〉の姿を睨む。

「……まあ、素直に逃がしてはくれそうにないよな。空爆開始まであんまり時間も無いはずだ。早く倒して、ここから脱出して、それで全部終わらせる!」


×××


 首相官邸地下に移設された軍の司令部はパニック状態だった。

 各地での『アウルム国解放戦線』による抵抗は激しく、損害は拡大し続けていた。それだけであれば、戦力差に物を言わせて鎮圧することも可能だったが、一つの致命的な事態に関する報告が入った。

 都市防衛用の五つの対空迎撃用装置、その全ての機能が麻痺してしまったのだ。

 完全に破壊されたという訳ではないが、対空迎撃の要とも言える電探と迎撃兵器の連動が切られ、一部では電探に致命的な損傷が発生していた。

 これと同時期、アウルム国領海周辺での軍艦発見の報告が入る。第三勢力が介入して空爆を行うのではないかというシナリオが現実味を帯びることになり、そうなった場合狙われるのがこの地下施設であると理解していれば、パニック状態に陥るのも当然と言えた。

 迎撃装置の機能を早急に復帰させるように指示を出すが、最短で一時間程度とのことだった。

 悲鳴のような怒号が鳴り響き、指揮官たちが地図を睨みながら通信機越しに叫ぶその地下指令室の中にあって、ただ一人極めて異質な表情を浮かべる人物がいた。

(レジスタンスも中々やるようですね。ですが、『サイコブレインユニット』を搭載した『アンタレス』のウォーカーは、そう簡単に攻略出来ないはずです。『心眼』には精度こそ劣りますが、やはり生産性と安定性が桁違いに高い。わざわざ特注品の試作型ウォーカーを使わなくても、比較的反応性がいい〈スコーピオン〉ならば、その機能は十分に引き出せる)

 独りで笑みすらも浮かべながらこの場所に立つ男とは、アウルム国陸軍技術部の主任、マラドである。

 『サイコブレインユニット』。

 それが、傭兵集団『アンタレス』のウォーカー〈スコーピオン〉に搭載された装置の名前だった。

 生きた人間の脳を外科手術によって取り出し、特殊な溶液の入ったケースに入れて信号の送受信を行うための配線を接続。これをウォーカーに搭載して運用する『サイコブレインユニット』は、人間の脳が潜在的に持つ精神波の受容を行うことでその感知範囲に存在する人間の位置を、物理的な障壁を無視して発見する事が可能となる。そして、感度を最大化することにより、その精神状態と思考を読みとることで、未来の行動を予測することが出来た。

 更に、接続した人間の脳の、精神波の受容と解析に用いらない全ての部分を、ウォーカーの動作制御における情報処理に転用することで、操作性を各段に向上させることが可能となっている。

 これには、元々特殊なレアメタルであるアテニウムを用いて作られた基盤が用いられているが、『人間の脳という電気信号の処理を高度な領域で行っている物体』を増設することで、その機能をさらに拡大しようという物である。

(アザムには特別に脳を手術して『サイコブレインユニット』との接続を可能にし、精神波を無理やり使えるようにした上に自身の思考速度を増幅できるようにしています。その上、『サイコブレインユニット』を搭載した他のウォーカーと精神波を使って同調することで、遠隔操作出来るようにしました。ここまでやっておけば、奴が門番として働き侵入者を問答無用の皆殺しにする筈です。それに、もしも彼が望んだように〈アルゴス〉との再戦が果たされれば、私の与えた性能の詳細情報を用いて優位な戦いが可能となるでしょう。最早なにも恐れる必要はないではありませんか)

 マラドは、心の奥から溢れてくる笑みを、最早こらえることが出来なかった。

 レジスタンスの突入、第三勢力の空爆、彼等が恐れるその危機的自体が決して訪れないことを、マラドは確信していた。

 絶対に訪れない危機に怯える人間たちは、マラドの目にはどこまでも愚かで滑稽な存在として映っていた。

(五つの対空防御装置、その全てのレーダーを無力化したことは素直に褒めてあげたいところですが、施設そのものを物理的に完全破壊しなかったのは想像力の欠如した愚かで稚拙な判断です。五つの施設の全てには、対空電探とは別のラインに『サイコブレインユニット』が搭載され、電探が機能不全に陥った時に自動でラインが切り替わるように設計されているのですよ。勿論、そのことを知るのは私を含めた限られた人間だけですがね。つまり『サイコブレインユニット』によって航空機パイロットの精神波を感知すれば、これによって自動迎撃が作動します。我々には、万が一の敗北もあり得ないのですよ)

 マラドは嗤う。

 何も知らない者達を、心の底から嘲りながら。

 国連軍の爆撃機が迫る。

 『アウルム国解放戦線』が対空防御施設無力化されていると信じて。

 幾多の人間の思惑と策謀、希望と絶望を乗せ、その瞬間は刻一刻と迫っていた。

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