第八章 決着(前編)

 クリスは前衛の〈スコーピオン〉が仕掛けてくる攻撃を防御しながら、反撃の機会を窺いつつ前進する。

「まずは、お前からだ!」

 前衛の中でも突出している一機に狙いを定めて、防御を固めつつ一気に間合いを詰める。シールドや、時として装甲を敵の放つ弾丸が叩くが、クリスは怯まない。

 赤い装甲の〈スコーピオン〉はゆっくりと進んでおり、まだ後方にいる。滑空砲と思しき武器を装備する〈スコーピオン〉も同様に後方だ。他の二機の〈スコーピオン〉は側面に展開。クリスが狙いを定めたマシンガンを装備する〈スコーピオン〉は足を止めて、その場でクリスの〈アルゴス〉を迎え撃つ陣形になった。

 クリスはシールドに増設された近接戦闘用のブレードによる刺突を行おうと一気に間合いを詰め、マシンガン装備の〈スコーピオン〉に向けて突き立てる。

 刺突、斬撃、打撃、シールドを用いたクリスの攻防一体の攻撃。しかしその全てが、ことごとく容易に回避されてしまう。

 増設された合金製のシールドは、その純粋な質量によって防御の困難な武器となっている。だが、当てることが出来なければ何の意味もない。

「技量なのか、それとも『心眼』みたいな装置があるのか、どっちにしろこっちの攻撃は完璧に読まれてる。このままだと――」

 狙いを定めていたのとは別の〈スコーピオン〉が、装備する超硬質ブレードで切りかかってくる。それと連携して、後方に控える滑空砲を装備した〈スコーピオン〉が射撃を仕掛ける。

 クリスはシールドと増加装甲で耐える。しかし、彼等の連係と先読みに対して遅れを取っている事は確かだった。

 クリスは攻撃の狙いを、一番近くにいる超硬質ブレード装備の〈スコーピオン〉に切り替え、シールドを構えたままで強引な突進を開始した。

「こういう攻撃なら、関係ないだろ!?」

 フットペダルを踏み込み、最大速度まで一気に増速。

 対する〈スコーピオン〉は装備する超硬質ブレードを振りかぶった。

 例え思考が読まれていても、小細工のない力押してあれば読まれた所でさほど問題なく、現実的な対処法は限られている。

 そして、クリスの思考と行動のタイムラグ、クリスの操作と〈アルゴス〉の動作、これらの間に生じる隙が短く、〈アルゴス〉の運動性能が予測を覆す高性能であれば、ここに勝機が生まれることになる。

 如何に高度な先読みを可能にする装置を搭載していても、その先に行動を選択するのは人間だ。彼等が下す行動の判断が間違いであれば、付け入る隙は十分にある。

 高性能な実験機である〈アルゴス〉の性能を正確に把握している人間など数えるほどしかいないだろうし、相手のパイロットがそういった人間でない可能性は極めて高い。

 そして、もし相手がクリスの仕掛けた勝負に乗って、力比べに応じてしまえば、そこで強引にダメージを与えることは可能になる。

「まずは、一機ッ!」

 〈アルゴス〉の仕掛けた、強引な加速によるシールドを構えた体当たり。これを正面から迎え撃ってしまった〈スコーピオン〉は、施設の壁へと背中から叩きつけられる。

 命を奪うことは出来なくても、中の人間の意識を奪うには十分なはずだ。

「――来るかッ!?」

 クリスは咄嗟にシールドを構えたまま振り返った。

 この直感は見事に当たり、ギリギリのタイミングで滑空砲を防御する事に成功する。

(長距離からの攻撃は厄介だけど、こっちの攻撃を当てようとすれば間合いを詰めるまでの時間が必要だ。なら先ずは――)

 先にマシンガンを構える方に注意を向け、両腕に装備していたシールドをパージし投げつける。

 命中こそしなかったが、相手の動きが一瞬止まった。

 だが、気を抜くような暇は訪れない。ウォーカーの接近を知らせる警報が鳴り響く。

「あの赤い〈スコーピオン〉、遂に来やがったか!」

 今まで少し後ろから戦いを観察しているような素振りを見せていた赤い〈スコーピオン〉、『アンタレス』の隊長が乗っていると思われるその四本腕の異様な機体が、遂に戦闘距離へと入ってきた。

 赤い〈スコーピオン〉は、二つの掌に装備されたマシンガンを撃ちながら、真っ直ぐに〈アルゴス〉の方に向けて間合いを詰めてきた。

 赤い〈スコーピオン〉は四本腕の内、残り二つの手には近接戦闘用の大型ランスを装備している。その二つの切っ先は真っ直ぐに〈アルゴス〉に向けられていた。

 他の〈スコーピオン〉よりも速度が速く、決して無視することは出来ない。

 だがクリスは冷静に、そして確実に一機ずつ撃破することを目指す。

 クリスはトリガーボタンを引きっぱなしにしながら闇雲に、マシンガンを装備する方の〈スコーピオン〉の方へ射撃を仕掛けつつ接近する。

 サブアームを使ってマガジンをリロード。赤い〈スコーピオン〉に対しては逃げに徹して、マシンガン装備の〈スコーピオン〉を確実に追い詰める。

 そして、遂に勝機が訪れた。

 闇雲な弾丸が相手の〈スコーピオン〉の頭部複合光学センサーに命中した。

 ウォーカーにはいくつかのサブカメラが搭載されており、頭部の複合光学センサーが破壊されたとしてもリカバリーすることは可能だ。しかし、特にカメラで取り込んだ映像をコックピット内のモニターに移しているような軍用の高価なウォーカーにおいては、一瞬の視界のブラックアウトは当然発生する。

 クリスはマシンガンを装備する〈スコーピオン〉のコックピットめがけて、右手に装備する二十ミリマシンガンの銃剣を突き刺す。

「二機目、撃破ッ!」

 パイロットが絶命したのか、〈スコーピオン〉の動きは完全に停止した。

 だがクリスに、息をつく暇など無い。

 四本腕の赤い〈スコーピオン〉が〈アルゴス〉の背後から、両手に装備するランスによる刺突攻撃を仕掛けてきた。

「その程度で、倒せると思うな!」

 クリスは〈アルゴス〉の背面部に搭載されているサブカメラで、この攻撃が来ることを既に確認している。

 右手の二十ミリマシンガンは相手に突き刺したまま、振り返りながら左の二十ミリマシンガンの銃剣を使って、この刺突を受け流すことでの回避を試みる。

 だが、全てが思い通りに行くことは無かった。

 刺突を受け流すことには成功したものの、想定以上だった赤い〈スコーピオン〉のパワーによって銃身が折れ曲がり、おまけに無理な体勢でこれをおこなったせいで力負けしてよろけてしまう。

 敵は、その隙を見逃さなかった。

 離れて機会を窺っていた〈スコーピオン〉が、装備する滑空砲を撃った。

「――ッ!」

 回避は間に合わない。

 放たれた砲弾が〈アルゴス〉の左肩に命中し炸裂。増加装甲を損壊させる。

 更に、そこへ向けて赤い〈スコーピオン〉の容赦ない刺突が襲う。

 〈アルゴス〉の機体正面へ装備された増加装甲に、鋼鉄の槍が刺さった。

「――まだだッ!」

 モニター上のダメージ標示では、増加装甲の先までは貫通していないことが分かる。

 それを確認したクリスは、迷うことなく前面部増加装甲の接合部分をパージ。

 両手に装備する銃剣付き二十ミリマシンガンを手放しつつ離脱。そのまま滑空砲を装備する〈スコーピオン〉の所まで、フルスロットルで一気に接近する。

 PWを搭載した滑空砲装備の〈スコーピオン〉のパイロットは、当然クリスのこの行動を事前に察知しているだろう。

 だが、前面部の増加装甲をパージするという軽量化の結果〈アルゴス〉が手に入れる機動性を、完全に読み切ることまでは出来なかった。

 滑空砲のリロードも間に合わない。

「これで、三機目ッ!」

 〈アルゴス〉が振り下ろした超硬質アックスの刃が、滑空砲を装備した〈スコーピオン〉の装甲を切り裂く。

 飛び散る火花は〈スコーピオン〉の動力用燃料に引火し、機体を内側から爆散させた。

 クリスは黒煙を背に振り返り、メインモニターに映し出される赤い〈スコーピオン〉の姿を睨む。

「ここでオルゴの戦いの、お前達との因縁の、全部に決着を付けるッ!」

 操縦桿を握り、フットペダルを踏み込んで、赤い〈スコーピオン〉を正面から迎え撃つ。

 クリスは相手が『心眼』に類する装置を搭載している前提で、細かいフェイント等の小細工ではなく機体性能で相手の想定を上回るように、力押しの立ち回りで攻撃を開始した。

 だが、赤い〈スコーピオン〉の挙動は先ほどまでの三機とは明らかに違った。

「反応がさっきまでの奴等よりも桁違いに早いし、対処も正確にしてくる。それに、タイミングも全く外さない。目立つ赤色とか、四本腕だとかそういう派手さだけじゃない。この機体もパイロットも、さっきまでの奴等とは何かが明らかに違う」

 クリスの仕掛けた超硬質アックスによる斬撃をランスで受け流し、そこから一切の隙無く三本目、四本目の腕の掌の機銃で反撃してくる。そこからさらに間髪入れず、ランスによる刺突。

「これならッ!」

 クリスは咄嗟にギアを切り替えてフットペダルを踏み込む。

 〈アルゴス〉が跳躍によって刺突を回避すると同時に〈スコーピオン〉の背後に着地。同時に超硬質アックスを振り下ろして奇襲の斬撃を仕掛ける。

 以前にも敵のウォーカーを見事に撃破したこのクリスの攻撃。

 ――だが。

「受け止めた!?」

 〈スコーピオン〉は死角となる背後からの斬撃を、三、四本目の腕で受け止めることで防御した。

 予想外の〈スコーピオン〉の反応に思わず怯んだクリスはギアをバックに入れ、脚部ローラーで後退しつつ、装備していた超硬質アックスを投擲した。

 ウォーカーという人間の何十倍もの力を持つ存在による、超硬質アックスという純粋な質量の投擲。

 しかしこの赤い装甲の〈スコーピオン〉は振り向くことすらもせずに、三、四本目の腕を振って投擲された超硬質アックスを弾き返した。

 明らかにクリスの常識からはかけ離れた赤い〈スコーピオン〉の挙動だが、異常事態はこれに止まらない。

 倒れていた二機、マシンガンと超硬質ブレードをそれぞれ装備した〈スコーピオン〉が起き上がったのだ。

「嘘だろ!? 何でこいつらが」

 この二機、特にマシンガンを装備している方の〈スコーピオン〉に関しては銃剣の刃によってコックピットを貫いており、中身の確認こそしていないが状況から考えて操縦していた人間が生きているはずが無かった。事実、今もなおその機体のコックピットには、銃剣付きの二十ミリマシンガンが突き刺さっている状態だ。

 その二機が、それぞれ装備する武器を〈アルゴス〉の方に向けて、再び攻撃を開始した。

(あの赤いのと合わせ合計三機、どうする? 倒しきれるのか?)

 腕部の十二.七ミリ機銃を赤い〈スコーピオン〉に向け、トリガーボタンを引く。だがその射撃は、マシンガンを装備した〈スコーピオン〉が割り込むことで盾になり届かない。

 再起動した二機の動きは、明らかに先ほどまでよりも悪い。しかし、それでも赤い〈スコーピオン〉の盾になるような挙動を見せながら隙の無い連携攻撃を仕掛けてくる。

 それはまるで、三機の〈スコーピオン〉が一つの意志で行動しているかのような、極めて高度な連携だった。

「その上再起動した〈スコーピオン〉のパイロット、あの状態なら確実に死んでるはずなのに、いったいどうやって……。――ッ! やっと来たか!」

 センサーが『アウルム国解放戦線』のウォーカーが接近したことを示した。後方のサブカメラの表示を確認すると、クリスが侵入した正面ゲートから入ってくるウォーカーと装甲車の姿が見えた。そして彼等は、クリスの方へ増援に来るのではなく、真っ直ぐに施設内部への入口がある方を目指した。

 〈アルゴス〉と対峙していた三機の〈スコーピオン〉が装備する射撃装備を一斉に、侵入してきた『アウルム国解放戦線』のウォーカー達の方に向ける。

「やらせるかよ、そんなことをッ!」

 クリスは身を挺して〈アルゴス〉を盾にし、その射撃を遮る。既に正面の増加装甲をパージしてしまっているためリスクはあったが、作戦を成功させるための最善の行動がそれであることは理解していた。

 相手がクリスの思考を読んでいるかもしれないということは、クリスが身を挺してアウルム国解放線戦のウォーカーを守りに来るということを考慮した上での、誘いだった可能性は十分にある。

 それでもクリスは、自分を信じて次の行動を実行する。

「まずは一機だ、確実に潰すッ!」

 クリスは被弾をいとわずに急接近で間合いを詰める。

 右腕を真っ直ぐに伸ばし、一直線に進む。

 そしてその手は、今も尚相手に突き刺したままの二十ミリマシンガンのグリップを掴んだ。今〈アルゴス〉の鋼鉄のハンドマニピュレーターはそのトリガーに指をかけ、同時にクリスの指は操縦桿のトリガーボタンにかかる。

 クリスは躊躇いなく引き金を引いた。

 完全なる密着間合いで放たれた弾丸は、〈スコーピオン〉の装甲を喰い破って貫通すると同時に、駆動用燃料に引火することで爆発を引き起こし、内側から完全に粉砕する。

 一機を撃破した物の残り二機。気が付けば自身の装備も尽きかけており、状況が不利なことに変わりはない。

 だが、施設の中へと『アウルム国解放戦線』の部隊を突入させることに役立ったことは間違いない。

 クリスの役目は施設の破壊でも敵の殲滅でもない。

 少しでも長く敵のウォーカーを釘付けにして、少しでも大きな混乱を起こせたのなら、彼は十分にその役割を全うする事になる。

 そして、なおもその役割を果たすために、クリスは果敢にも眼前の未知なる強敵に挑みかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る