第6話 「どこだここ?」

 こつん。


「いてっ」


 何か硬いもので頭を軽くだが叩かれ起きる。せっかく良い授業だったので、気持ち良く寝ていたのに。


 顔を上げるとそこには、由依が立っている。


「あっ、おはよー、由依」


「よだれ」


「へっ?」


「よだれ垂れてるぞ」



 自分は、顔を慌てて拭く。スマホで、顔を確認よだれの後がある。こりゃ、部活行く前に顔洗っていかないとな。



 急いで部活にいく準備を整えつつ、由依の方をちらりと見る。由依は、立って自分のことを待っているが、警戒して近寄ってこない。う~ん、残念。





 自分は立ち上がると、由依と共に歩き始めた。で、トイレの前にくると、


「由依先行ってて、俺、顔洗ってから行くから」


「荷物置いていったら、持ってるから」


 ん? これは、待っていてくれるってことか。荷物持って。


「Thank You。じゃ、ちょっと行ってくる」



 自分は、タオルだけ持ってトイレに入り、顔を洗う。よっし。




「お待ったせ。ありがとなー」


「うん」



 荷物を受けとると歩き出す。どことなく、元気のない由依。そうか、あれか、あれなのか?


「元気ないな由依、もしかしてせ……」


 由依の容赦ない竹刀による突きが、壁に刺さる。由依の顔が眼前に近づく。これが、かつて、女性が憧れたと言う、伝説の壁ドンってやつか? ドキドキする。



「岳君、違うから。そして、女性に面と向かって言っていい、セリフでもないから」



 そうだった、由依も女性だったかな? そうだ、きっとそうに違いない。


「ごめん、由依。じゃ、なんで元気無いんだ?」


「ふー。明日から大学選手権の関東予選なんだけど」


「そうだったな。頑張れよ」


「頑張ってるよ! でも、今年も厳しいかな? 主将なのに情けない。」




 確か、去年の大学選手権は、当時の男性主将と、今は2年の、井上尚人と、同じく長谷あゆみちゃんが、出場したんだったな。



 井上尚人は、少し小柄だが、そのスピードと、左右の動きで、相手を翻弄して倒していくタイプだ。そう言えば、今年弟が入部してきたが、さらに小柄だが、お兄ちゃんを上回るスピードだ。



 長谷あゆみちゃんは、まあなんと言いますか、女性としてはかなり大柄で、そして、凄まじい剛剣の使い手である。三人ともに、小さい頃から剣道をしていたそうだ。なんで、我が大学に、入ってきたんだろう?



「井上兄弟と、あゆみちゃんと比べているのか?」


「あゆみちゃんって。まあいいや。うん、特に井上兄かな? 馬鹿にしてんじゃないかって思ちゃって」


「俺は、田城武志に馬鹿にされてるけど、気にしていないぞ」


「ぷふっ。あれは違うだろ。どっちかって言うと、嫉妬だろ。努力らしい、努力せずに、技を華麗に決める岳に」


「そうか? どっちかって言うと、俺が羨ましいけど」


「ああ、なんか岳と話してたら、いろいろ考えるのが、ばかばかしくなってきた。さて、今日も頑張りますか。じゃね、岳」


「おう」






 今日は、ちゃんと武道場の扉を開ける。と、きつい香水の香りがしてきた。誰だ、部活に香水なんてつけてきた馬鹿は!げっ!




 中に入ると、臭いの元が立っていた。なんでいるんだ。あいつが。自分が、「歩くラフレシア」と心の中で呼んでいる。先輩が立っている。



 合気道部、4年の茶木麗香先輩だ。確かに、綺麗は、綺麗なんだけど、自分の趣味じゃない。



「あ~、岳君。お疲れ様、元気?」


「お疲れ様です。元気です。では、失礼します」


「え~。相変わらず、岳君。つ・め・た・い♥️」


 気持ち悪! 自分は、とりあえず、無視を決め込んで、道着に着替える。




 目のはじで、確認すると、田城と話しているようだ。まあ、ご苦労様です。と、主将の柿本が、珍しく寄って来て話しかける。


「嫌なやつが来たな。悪影響しかないぜ」


「だな。練習中もいるのか?」


「ああ、見学していくって言ってた。まあ、目的は、男漁りだろうけど」


「えーと、前の剣道部主将とは?」


「別れたらしい。で、次の男探しに。イケメン好きだから、目的は田城か、井上兄弟か」


「歩くラフレシアが」


 すると、柿本が吹き出す。


「ははは。ラフレシアか。良い表現だな。まあ、ラフレシアに寄って来るのはハエだけどな。まあ、似たようなもんか」


 と、笑いながら去って行く。





 さてと、振り替えると、大、凛花ちゃん、史華ちゃんが入ってくる。とりあえず、茶木先輩と、適当に挨拶交わすと、三人ともにこっちへくる。


「お疲れ、岳。茶木先輩来てるのかよ」


「岳先輩、お疲れ様です。押忍」


「お疲れ様です。岳さん、じゃなくて、岳先輩。茶木先輩、凄い臭いですね」


「お疲れ。て言うか。史華ちゃん、大丈夫?」



 ちょっと史華ちゃん気持ち悪そうだ。


「すみません。わたし、においに敏感で」


 このやろう。ちょっと茶木先輩に、殺意が芽生える。



「よし、後で猫行って、嫌な臭いを洗い流そう」


「だな」


「ですね」


 決まり、部活後は4人で猫行くことになった。






 しばらくして、由依も入って来て、むせている。


「茶木先輩、申し訳ないのですが、あまりきつい匂いは、やめてください。匂い苦手な人もいますので」



 良く言った、由依。


「えー、良い香りだと思うけど」


 茶木先輩、あなたの鼻は、壊れているのか?






「神前に礼!」


「お互いに礼!」


「よろしくお願いいたします!」



 練習が始まった。



 剣道部は、今日は軽く動いた後で、ミーティングして早めに解散するようだ。見ると、主将である、由依の話を部員全員が真剣に聞いている。大丈夫そうじゃないか。



 合気道部の方は、2年と1年別れて練習し、それを見ていく。



 茶木先輩が、余計なことを言わないように、自由技から始める。



「正面打ち自由技、始め!」


 自分は、剣を持っているような形で両手を構え、史華ちゃんに向かって斬り込んでいく。すると、柔道の一本背負いのように、史華ちゃんが左手で自分の右袖を掴み、右手を自分の右脇に入れると、振り替えるようにしゃがみこみながら、投げる。自分は、史華ちゃんの上を飛び越えるように、飛躍しつつ、背中から落ち受け身をとる。


 素早く立ち上がり、また、斬り込んでいくと、今度は手をとって、引き込みながら、手を決め投げる。自分の手を飛び越えるような形で、飛躍して受け身をとる。いやいや、大技の連続だな。省エネできないぞ。また、斬り込んでいくと、最初と同じ技が、これは体力使うぞ。史華ちゃんに、いろいろ技を教えていかないとな。



「止め!」



 自分は、史華ちゃんや、他の二人に技や、流れを指導していく。こういう時は、田城も真剣に聞いてくれるんだよな~。



 そして、攻守交代して、もう一度行っていく。



「正面突き自由技始め!」



 ちらりと、茶木先輩を見ると、つまんなくなったのか、スマホを取り出し、窓際にある段に座ってスマホチェックをしている。脚を組んでいるので、短いスカートがさらにめくれ上がり、そのスラッとした脚が根元の方まで見える。とことん、下品だな。



 と、技を繰り出しながらやっていると、柿本と、1年男子が同じ方向見てぼーっとしている。茶木先輩の脚を眺めているようだ。睨む。俺の視線に気づいた柿本は、慌てて練習を再開する。本当に馬鹿。



「止め!」






 また、指導しつつ軽く休んでいると、その時異変が起こる。


「えっ、やだ。何これ?」


 茶木先輩が、叫ぶ。



 うん、地震か?


 カタカタカタ。細かく、棚に置いてある物が、揺れ始めた。


 そして、揺れは徐々に大きくなる。


「キャー」


 史華ちゃんが、抱きついてきた。ムギュ。史華ちゃんの胸がって、今はそんなところではない。さらに揺れが大きくなる。



「道場の真ん中に集まって、しゃがめ!」


 自分は、叫ぶと、道場の中央に史華ちゃんを連れて走り、しゃがんだ。いや、これは、しゃがんでどうこうなるもんではない。皆、床に腹這いになった。皆不安そうな表情をしている。


「大丈夫、大丈夫だ」


 俺は、自分に言い聞かせるように呟く。



 周囲の棚や、ロッカーも倒れ、荷物が床に投げ出される。自分達は、頭を防御し、荷物等が当たるのを防ぐ。



 しかし、これって、地震か? どちらかと言うと、飛行機に乗って乱気流に巻き込まれたみたいだ。しかもそのとてつもなく、激しいやつに。


 ガタガタガタガタガタガタ、ドカン。




 と、一際大きな衝撃が起き、そして、揺れがおさまった。



 自分は、ゆっくり立ち上がると、皆に声をかけた。


「大丈夫か?」


「おう」


 大が返事を返してくる。


「はい、大丈夫です」


 皆が次々と返事をしてくる。




 見渡すと、数人血を流しているが、大怪我しているものはいないようだ。



 近くでは、史華ちゃんが自分にしがみついて震えている。


「大丈夫史華ちゃん?」


「はい、大丈夫です」





 自分は、道場の出入口に向かう。史華ちゃんが抱きついているが、一緒についてくるようだ。




 外は、大丈夫なのか? 階段は大丈夫か?

と考えながら、出入口へ。皆の視線が自分に注がれているのをかんじる。




 そして、扉を開ける。



 すると、そこは一面の草原であった。ん?



「バタン、キー」


 自分は、扉を一度閉め、もう一度開ける。



 すると、そこは一面の草原であった。




「どこだここ?」


 自分の口から、なんとも間抜けな言葉がこぼれる。

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