第4話

「はぁ‥面倒くさい。俺は何に巻き込まれてるんだ‥」

「クスクスっっ‥」

「うっ‥、ぐすっうっ‥」

人生最幸の日の翌日。

今、俺は1番目(泣いてるやつ)と2番目(楽しそうなやつ)の間にいた。

別にランキングの話ではない物理的に挟まれていた。

少し時間を戻そう。


もうすぐと言っても後二ヶ月近くだが三年生の卒業式がある、この学校は卒業式の参列者は保護者と希望した在学生、勿論教員で行う。

「どうする?卒業式参加するの?」

急にそんな事を言ってきた。

誰もいない教室で会うのが少し前からの楽しみだった。

「ん?別に参加しなくても良いんじゃないか?俺は部活とかにも参加してないし。

そうか、2番は生徒会に自動的に」

「そうなの。だから私は参加しなくちゃいけないの。貴方が参加してくれたら楽して‥、安心して式に臨めて先輩達を快く送り出せるの。」

「‥そうか。仕方がない俺はサボるとするよ」

「‥‥」

無言の笑顔、あーちくしょ、やっぱり美人だ。

「わかったよ。参加すればいいんだろう。後ろの方で‥」

「貴方にはもっと輝けるところがあるからどうか生徒会に参加して欲しいの。」

流し目からの上目遣い。

「‥話だけでも聞くか‥」

「ありがとう、参加してくれて。そう言ってくれるって信じてた。」

修道女のように指を組み、目を閉じている。

「生徒会は他にも何人かいるんだろう。俺がしゃしゃり出たら迷惑なのでは?」

「もう三年の先輩達は生徒会を事実上の引退よ。卒業式のプログラムは一緒に作ってくれても、飾り付けや音響、式の進行は出来ないの。だから手が足りないから、手伝って欲しいの」

「はぁーっ。わかった手伝うよ、それで何をすればいいんだ?

というかまだ二ヶ月あるんだろう、こんな前から準備するのか?」

2番は少し下を見て瞼を少し閉じる。

「さっき、ああ言ったけど。飾り付けや音響はもう生徒会で大体出来るから大丈夫なの、でも。」

「でも?」

少し暗い影のある顔をする、それだけで悩殺されそうだ。

「次期会長の送る言葉がまだできないし、それ以外も問題があるの」

送る言葉か‥。

「送る言葉は去年とか一昨年のを参考にすればいいんじゃないか?」

「それはそうなんだけど‥。それだけじゃないの」

どうやらここからが本題のようだ。

「今はとにかく次期会長にあって欲しいの!」

手を掴まれドキッとし、そのまま生徒会室に連れて行かれる。

次期会長、それは自動的に2番が生徒会に入るように会長になるのは。

「1番目か。」


「ごめん‥、もう無理‥うっぐす‥」

「マジかよ‥」

「クスクスクスっっ‥もう無理、ふっクスクスっ‥」

1番をここまでよく見た事は初めてだ、今まで見ないようにしていたからだ。

だが、正直これは見ない方が良かったかもしれない。

「ほら、大丈夫だから。さっきより喋れてるから、あとやっぱり顔を前に向けて話した方がいい。内容は全て覚えてるんだから安心してスピーチして大丈夫だから」

「はぃ‥、頑張ってみます‥」

セミロングで大きい瞳、2番とは違う可愛いさがある。いかにも活発そうな子だ。見た目は。

「‥ご、ごめんなさい‥、私、不安で大きい音が苦手で‥。」

「さっきも聞いたよそれ、本来はこれの倍近くの音と少なくとも300人以上の人の前でスピーチするんだから。ここでつまずいてたら」

「ひっ、こ、これの倍で300人‥なんて‥。」

ガツンガツンガツン、俺の想い人は急に壇上から降りて口を片手で塞ぎ空いてる手で講堂の席を殴っている。

「いい、これいい‥」と言っているが無視しよう。

ここは中等部の講堂、施設としては少し古いかもしれない。

だが、オーケストラの会場のようで荘厳だ。

今はマイクのボリュームを調整して本来の半分にしているが、スピーカーから流れる音だけで、俺が恐れていた1番はビビっていた。

次期会長のスピーチの練習を助けて欲しい、それが俺の輝ける場所らしい。

送る言葉以外の問題。確かに、これは問題だ。

「生徒会室であった時から思っていたがこのザマか、わかった。じゃあ‥」

「あの‥」危ない聞き逃すところだった。

「どうした?」「あの、誰か近くにいてくれたら‥」

誰か側にいたら安心できるのか?だけどその気持ちはわからなくもない。

「わかった。2番、出番だ。1番の隣に行ってくれ」

「あの‥出来れば、貴方が隣に」

ギョッとした。

「ん?なんでだ、2番とは友達なんだろう。だったら」

「あの‥2番は‥私をいじめるというか」

ギロリ、ぷいっ。2番を睨むが視線を外される。

「いじめというか‥。いたずらしてくるというか‥」

「わかった、俺が隣だな。」すると間髪入れずに。

「あ!あのやっぱり‥2番にも来て欲しいというか‥。2番と私の間にあなたが入って欲しいです‥」

めんどくさい、言いそうになるが飲み込む。自分は1番の隣に着き、2番はニコニコしながら俺の後ろの位置に着く。

そして原稿を読もうと第一声を出すと、いつ音響をいじったのかボリュームが大きくになっていたようだが、それでも普通のボリュームが響く。

1番は最早ビビり過ぎたのか腰が引けて泣きもしなかった。


そして今に至る。

「さっきのは2番が悪いかもだけど。あれが本来のボリュームだからな、場合によってはあれ以上の音量が必要になるだろう?せめてスピーカーの音には慣れてくれ。」

2番に、これ以上ややこしくしたら帰るぞ。っと言ったらもう満足したのか舞台の袖で大人しくしている。

「オーケストラとか劇で前に校外学習に聞きに行っただろ、何がそんなに怖いんだ?」

「スピーカーが苦手なわけじゃないんです‥。大きい音が苦手です‥。テストだと、周りに人がいてもそんなに気にならないんです、だけど‥。」

だけど?

「数学とかだと、答えがあって書けばいいんだけど。これは何が正解かわからなくて。怒られるのが怖くて」

基本的に勉強は一人での戦いだ、特にこの学校では。

俺も少し前までずっと一人が良かった、そしてコイツはそれに輪をかけて個人主義なのかもしれない。

1番は内に内と何かを表現するが好きなのだろう。

しかしそこに人が介入し、直接人から意見や感想を聞いたり聞かれたりされると、自分の中の時間やテンポ・プログラムを作り直さないといけない。

今までうまくいき、結果を出して来たのだから自分のやり方を変えないといけないのは苦痛だし、恐怖なのだろう。

チラッと2番を見る。

2番は軽く頷いてくる、なるほどこれは、俺の問題でもあるな。

「わかった。じゃあ少し俺と話さないか?もうそろそろここの時間も来るし。」

気づけば4時30分で講堂の施錠まで三十分前である。

2番は俺の言う事が分かっていたのか後片付けや音響の電源を切り始めていた。

「は、話ってなんですか!?わ、わ、私やっぱりダメでしたか!?。」

正直言ってあれではダメだろう、言わないが。

「いや、そうじゃなくて少し君と話さないといけない気がして。」

「でも!私、2番みたいに上手く男の人と話せないし」

「君とはそれについても話さないといけないかもしれないな。」

ふふ、2番が楽しそうに笑っている。

後片付けや鍵の施錠・返却を行い。

まだ、ぶつくさ何か言っている1番を2番に任せ講堂近くの学食兼喫茶店に連れて行く。

「話ってなんですか‥。」

ビクビクしながら言ってくる。

処刑寸前の罪人みたいに見える、見た事はないが。

「別に怒るわけじゃない。確かにあのスピーチは練習が必要だが、送る言葉は出来上がってたし、しっかりと覚えてた。

講堂の使用だって、今日ちゃんと練習するつもりだったんだろ。」

そうなのだ、「2番と相談した」と言っていたが、練習したいと1番が自分から言って来たらしい。

「それに、まだ二ヶ月あるんだ。焦らずやろう。」

「はい‥。そうします。」

‥‥。

「2番と付き合いは長いのか?」

「‥中等部で出会ったので、あんまり長くないです。‥」

‥‥。

「‥悪かったな。」

「え?」

「今日、本来は2番とだけで練習するつもりだったんだろ。俺が出しゃばって迷惑だったよな。」

「い、いえ。今日の練習は2番から一人連れて来るって、言われてたので。」

‥‥。

無言の時間が流れる。

2番は花を摘みにと言ってこの場にいなかった。

共通の知り合いが消え、お互いよく知らない者同士が残った状態だ。

改めて1番を見るが可愛い、目が大きくて、顔が小さい、そして1番が動くたびに胸が後を追うように揺れている。

この制服は特注か?胸の大きさに合わせて制服の上着の布が飛び出ている。

「あの、聞いていいか?」「はひ!」

急に話しかけられて驚いたのか知らないが、無視して続ける。

「あんたも外部進学なんだろ。なんで外なんだ?1番なんだから止められたりしなかったのか?」

「‥‥」

無言のまま、テーブルの上を見ている。

「いや、答えたくないんならいいんだ。悪かったな。」

「‥‥」

不味い事を聞いたようだ、当然だ俺だって答えたくないことの一つだ。

「私本当は、外部進学なんて夢にも思っていなかったんです。」

ハッキリと答えた。

「ずっとこの学校で生活して親の仕事を継ぐんだと思っていました。」

俺と同じだ。

「でも、友達が出来たんです。格好良くて、綺麗で、なんでも出来て、人から信頼される。友達が。」

目線をこちらに向けて、ハッキリと聞こえる声で。

そしてその顔は美しく、大きい瞳に見惚れてしまっていた。

「その友達が外部に行くって、言って。最初は寂しかったんです。

それ以外にも悲しい事がありました。」

「そうか‥、大事な友達なんだな。」

「はい、悩みとか困っていると話を聞いてくれる優しい人なんです。」

おそらくは、2番のことだろう。

「その子がいなくなったらどうしようって思って。すごく辛かったんです。

私、もうどうしたら良いかわからなくて、内部でも外部でもどうでもよくなって。

だから、最後の進路相談に呼ばれてたんです。」

あそこに、いた時はまだ決めてすらいなかったのか。

「でも、私見たんです。だから決めたんです、外に出ようって。」

「見た?何を見たんだ?」

クスっ、困ったような笑顔。

「すごく格好悪くて、自分勝手で、弱い、小さい人でした。」

そこで止まり、ん?っと思っていたら。

「今日はありがとうございました。思い出させてくれて、勇気が出ました」

急に1番がお礼を言ってきて面食らったがなんとか返事をする。

「お、おう。それは良かった。」

「楽しそうね。でももう時間よ、そろそろ帰らないと。」

振り向くと2番が立っていた。

「うん、そうだね。もう帰ろっか。」

ちょっと残念そうにちょっと馬鹿にしたような声色。

「で、それって誰?」

「早く帰ってお風呂の用意しなくちゃ。」「早く行こう。」

急ぐように、席を立ち足早に出口へ去って行く。

「ちょっと待ってくれ!俺も行くからそれにそれ誰だよ。あと2番みたいに男の人と、ってどういう」

急いで席から立った俺は質問を投げかけるが。

全ての言葉を出せなかった。

急に2番が振り向き、口に人差し指を当てられ心臓が飛び出そうだったからだ。

そして、この微笑。

もう何も言えなかった、どうでもよかった。


「今日風呂ギリギリだったな、どうした?」

「色々あってな。」

講堂から女子寮は近いが男子寮は思ったより遠かった。

自転車の一つでも欲しく、門限ギリギリだった。

今は夕食の時間であり、四人で集まっていた。

「あー、そうだ。4番君、1番さんが学術都市に行くって知ってる?」

「いや、知らないな。そうなのか。」

「え!。じゃあ1番も、2番も学術都市かよ。俺も学術都市行こうかな。」

気楽に言ってやがる。

「4番あんまり興味なさそうだね。」

科学部が不思議そうに言ってくる。

「そうか?でも、学術都市ってかなり広いんだろ同じ学校にでも行かない限り接点はあんまりなさそうだなーって。」

「まぁ。そうかもね。」

3番が茶の飲みながら冷静に呟く。

実はこれは知っていた。

2番が俺の口から手を離した途端に、1番が間に入って来て。

スピーチ練習のおっかなびっくりは何処へやら。

「ちなみに私も学術都市だから、4番君と同じ学校も受けてるからいつでも会いに来て下さいね。」と、あのビビりの急な行動にむしろ俺が驚いた。

「あー、クソー。もうあと一年しかないのか。いっそのこと女子寮に忍び込むか」

6番がそんな事を言った。

「え‥。」

科学部が息を吐く。

「だってよ。もうあと一年足らずで1番も2番も外部進学だぜ。寝巻きの一つでも良いから拝みたいぜ」

「‥‥」

「あははっ‥」

俺・3番とそれぞれの反応。

「それによ。1番の体操着とかジャージ姿ってよ。あんな野暮ったい格好なのにあの胸だぜ。絶対すごいだろ。」

1番を思い浮かべる。

確かに喫茶店で胸を張って話している姿は圧巻だった。

「2番もすごいよなー‥。制服着て歩いてるだけでモデルみたいだっただろ。

絶対、寝る時すごいの着てるぜ」

見たい、けど見たとき俺は正気でいられるか。

だけど。

「何だよ、お前も気になるんだろう。睨むなよ。」

知らず知らずに6番を睨んでいたようだ、確かに2番の寝姿や服装を見たいが。

もし6番が忍び込み2番の姿を俺より先に見て、あまつさえ何かしようものなら。

俺はこの学校に一つ、人一人分の穴を作らねばならない。

「せめて、アドレスの一つでも知りたいもんだぜ。あの二人どっちも生徒会だろ。

俺も入れば、知る機会があるかも知れないな。3番はどうだ知らないか?」

「どうだろね。僕は生徒会の誘いを断ったから、わからないや。」

「もしくはミッションスクールは‥遠いな。せめて自転車があればな。」

「ミッションスクール?あーあれか。確か女子校だっけ?」

ミッションスクールについては正直よく知らない。学校側が共同で運営してるとかしか知らない。それぐらい接点がない所だ。

「ミッションスクールは、うん遠いね。行き帰りで車が必要かな。」

「そうだよな‥。行くとしても生徒会にでも入らないと行く機会がないよな。」

生徒会の名前が何度か出てきて、思ってしまう。今俺がやってる事は次期会長と次期副会長の手伝いを1人だけでやっていることになる。

副会長は基本投票で決まるが結局2番の生徒がやるのが慣例であった。

2番から聞いたが、1番が他の生徒会メンバーにあれを見られるのが嫌だから2番にのみ相談していたらしいが、さっきまでの状況は他の生徒会役員にとって疎ましいことかも知れない。

生徒会役員は理由はどうあれこの学校のために活動しているのに、次期会長に二年も一年も信頼されていないと思われかねないのでは。

「おい、どうした。何か考えことか?」

「ん?あー悪いちょっとぼーっとしてた。」

考え混んでいたようだ。悪い癖だ。

「もしかして、黙っちまうほどの忍び込む計画を立ててたのか?俺にも教えてくれよ。」

「お前が忍び込み捕まった所を、俺が忍び込む。完璧だろ。」

「やっぱ、囮か陽動作戦が必要だな。ここまでは俺と同じだな。」

いやだな、こいつと同じ考えか。

「やっぱり、4番君も男だね」っと3番が言ってくる。

貶してるのか讃えてるのか。

「寝ている格好‥」科学部はなんらかの妄想をしているようだ。

相手によっては、穴をもう一つ用意しなければ。


部屋に戻り消灯までわずかの時間。


本日はスピーチ練習ありがとうございました。

あなたの指導により自信がつき、本番への思いで身が引き締まる思いです。

また練習に付き合って頂ければ幸いです。


報告書か、若しくは御礼状か。

2番からのメールで1番がお礼を言いたいとのことで、俺のアドレスを教えたいらしく、構わないと送ったらこれが来た。


いや、気にしないでくれ。

こっちもろくな指導が出来なくて悪かった。

今日みたいので良ければまた付き合うよ。


こっちもこう送った。

結果的にだが、とりあえず泣きながらでも最初から最後まで通しで出来た。

元々何度か練習したのだろう、後はやはり数をこなす事が必要かもな。


1番はどうだった?

なかなか手がかかる友達でしょう?

でも、真面目で苦手なことも一生懸命な子なの。

どうか諦めずに付き合ってくださいね。


2番からのメールだ。

とても大切な友達みたいだな、気遣って欲しいとは初めて言われた。

最後のください。も、その現れなのだろう。


わかった。

俺なりに出来ることはやってみよう。

大切な友達なんだな。


そうね。

同じ生徒会を抜きにしても大事な友達ね。

少し面倒な所もあるけど、諦めずに頑張る人だから目が離せないみたい。

だからこそ、困っている時に手伝ってるの。

人に頼るのが苦手な性格だからね、あの子。


わかってきた。

2番が1番を俺に合わせた理由が、あの子も必死なんだろ。


でも、あんまりのめり込まないように。

貴方が好きなのは私でしょ。

乗り換えたら私も怒るから。


貴方が好きなのは私でしょう。やばいこの一文でまた好きになった。

2番が怒る?まずいドキドキしてる自分がいる。


怒ったらどうなるの?

そう送った。

文章にしたら、挑発してるようだが実態は真逆だ。

何をされてしまうのか、知りたくてたまらない。


それはその時に実行するから。

でも、知りたいからって乗り換えないように。

元に戻れなくなるから。


「これ以上戻れなくなる」声に出してしまった。

また2番の事が知りたくなった。

「悪くないぞ。そのまま真っ直ぐ前を見ながら。」

「は、はい。」

「ふふっ、返事はいらないわよ。」

今は二度目の練習中。

二ヶ月後のために講堂を使い練習しているのはやはり俺たちぐらいでしばらくは貸切にして練習できるようだ。

俺と2番は1番に言われて今は講堂の座席から練習に参加していた。

「昨日よりいいぞ。夜中練習したのか?」

1番は昨日と違いしっかりと前を向く事が出来ている。

「は!はい!。少しだけ読んでました‥。」

まだ下を向く時が間々あるためまだまだ練習は必要だが、これなら光明が見えそうだ。

「そうね、悪くないわね。でもその手をどうにかしないとね。」

「‥うん、壇上に立つと落ち着かなくて‥。」

2番がそう言うと1番も自覚があるようで少し暗い顔になる。

下を向く回数が減った代わりに目に見えて他の癖のようなものが出始めた。

「髪は別に乱れてないからそんなに触らなくていいぞ。」

「はい‥。でも触ると落ち着くというか‥。」

落ち着くか‥、最初は問題なく出来ていたスピーチが中盤に入ると詰まり始めその時から髪をすくような動きをしだした。

「そう落ち着くのね。でもその動きすごい目立つわよ。場合によっては下を向くよりもね。」

せっかくスピーチは悪くない始まりだったのに手が動き始めてからどうにもそれが止まらないらしい。

「そうだな‥。なら手を後ろにして胸を張ってやってみないか?」

「‥‥ええ、そうしましょ。」

なぜか2番から、やっぱりね。という感じで見られた。

「わ、わかりました!こうですか?」

1番は言われた通り手を後ろに組み胸を張る応援団のようなポーズになった。

うっ!こっこれは!なんて破壊力!気づかないで言ったがこれはダメだ、1番の別の所に目がいく。

「こ、これで良いですか?」

ポーズをとった1番に見惚れて呆けていたらしい俺に聞いてきた。

「わ、悪くないが。少し張りすぎだな、やっぱりマイクを持つとかにした方がいいかな。」

「そうね、そのポーズダメよね?」

どこか楽しそうな声で2番が言ってくるが、視線は震えるほど冷たく感じた。

「ち、違くて。これは2番!、気づかずに。」

「ええ、そうでしょうね。貴方はそういう人だものね。」

慌てている俺が楽しいのかクスクスと笑って2番がわかっているのかわからない言葉を投げてきた。

「あっあの、私。何か変な事でも?」

「いいえ、違うわ。そこの4番が勝手に慌ててるだけで別に変じゃないわよ。でもそうね‥。その格好はやっぱり声を張る為のものだから、送る言葉には向いてないかもしれないわね。」

俺と2番が話している内容がわからないのかポーズをやめて少し不安そうに聞いてくる1番に2番が答える。

「そう?ならマイクを持つ方がいいかな?」

「そうした方がいいわね。それに見た目も送る言葉には合わないわね。」

俺に言われた通り1番が卓上マイクを軽く持って背筋を伸ばす。

「ああ、その方がいいな。そっちの方が式に相応しいかもな。」

「はい。じゃあこうやってみます。」

そう言って1番がマイクを持った状態でスピーチの練習を始めた。

やはりさっきの応援団ポーズは式の雰囲気に合わなかったし、何よりそもそも1番にポーズが似合っていなくて彼女のイメージにではなかった。

「だんだん腰が曲がった来たぞ。背を伸ばして。」

言われて1番が急いで背筋を伸ばす、真剣にやっていると自然と曲がってしまうのか何度か同じ事をしてしまう。

今度は背が曲がらないように軽く胸を張るが今度は言葉がつっかえてしまう。

「表情が固いな。もう原稿は覚えているのだから自信を持っていいのに、まだ不安か?」

「慣れでしょうね。これはもう数をやるしかないわね。」

1番もそれがわかっているのか素直に俺達の指示に従って練習をくり返している。


「少し休憩しましょう。」

何度かのスピード練習後に2番がそう言って音響の電源を落とした。

「は、はい。」

そう返事をする1番は少し息が上がっている、練習といえども1番は真剣にやっていた結果のようで体力を大分使ったようだ。

三人で会場から出て講堂内部の休憩所に移動した。

「あ、あの。どうでしたか?」

良くなった、それは間違いない。昨日と違ってビビリながらも目的を持って練習をしていると感じた。

「ああ、良くなってるよ。」

俺にそう言われて1番が輝くような笑顔になった。やっぱり可愛いな1番も。

「でも、わかってるだろうが。声の大きさ以外も克服する所があるな。今日はそれがかなり見つかった。」

「はい‥。」

言われると思っていたのだろう、目線を外さずにだが弱い返事をしてきた。

「でも、それを探すための練習なのよ。これから直していきましょう。」

「‥うん。」

2番が1番をフォローするが1番は不安のようで頷くだけになった。

「聞いていいか?」

俺の突然の声に驚いたのか1番が顔を向けてきた。

1番の癖なのか壇上にいる時や今もそうだが1番は髪を触る時に手で顔を隠すような動作をする。

「壇上での自分の見え方が気になるのか?」

当たったようで1番は目を大きくして下を向いてしまった。

「‥はい。」

壇上で立っている自分の姿が気になるか。

誰だって自分が周りからどう見えているか気になるだろうし、寧ろ1番の不安は当然のもの。写真や鏡では同じ人でも若干違って見える、それは人の目でも同じ自分で鏡を使って見るのと他人から見られるのでは幾らか誤差が生まれる。

1番は公の場所では目立たないようにしていたのだろう、そして今回いきなり100人単位の人数から注目される。1番にとってそれは変に見られていないか?という苦痛なのかもしれない。

「すみません‥。私、注目される事が無くて‥顔をどうすればいいのか‥。」

式の時の表情がわからないか。それは確かに不安かもな。

「いつも通り‥て言っても出来ないから困ってるんだよな。」

いつも通りが出来れば苦労はない。そんな事は1番もわかっている、本来は1番が練習中にやっていた真剣な表情が最善なのだろうが、それが自力で出せるか?。

「なら、これはどう?」

2番がそう言って真っ直ぐに俺を見てきた。

「これって?」

「今はあなたを見てるけど別に人を見る必要はないわ。」

「ん?」

2番の意図が分からず俺と1番が首をかしげる。

「表情はさっきみたいな練習中の表情がいいと思うわ。だったら視線を固定して真っ直ぐ見れば自然とそんな顔になると思うわ。」

なるほど、どこか一点を見続けるのか。

講堂の座席に座る卒業生は多いのだとりあえず真っ直ぐ座席中央の階段でも見ておけば違和感はないだろうし、無駄な意識を省けるかもしれない。

「どう?やってみない?」

2番が1番に聞いてみると意図がわかったらしい1番も頷いて返す。

「はい、やってみます‥でも。」

まだ何かあるのか1番の顔色はすぐれない。

「どうした?やっぱり不安か?」

「私‥、その、変な顔してませんか?」

この子には近いうちに鏡でもプレゼントするべきか、1番は自分のそもそもの見た目が不安のようだ。

「はぁー‥。はっきり言うぞ。」

「は!はい!」

俺の回答が怖いのかビクビクしながらこちらを見つめてくる。

「1番、君は可愛い。間違いなく可愛い。変な顔なんてしていない。」

そう言われると思っていなかったのか驚いて固まった表情をしている。

「会った時もこうして話してる時も壇上にいる時もだ。変な顔?そんなもの一切してない。」

1番は困惑しているようで視線の2番に移すが2番も同意見のようで笑顔で頷いている。

「わかったか?ならもう行くぞ。練習に戻ろう。」

俺がそう言って立つと続いて2番も立ち上がる。

時間が差し迫ってきたことに気づいて、今言ったことを忘れないように1番を会場に連れて行く事にした。

「あっあの。‥私は、あの。」

「わかったでしょ。行くわよ。」

おどおでしている1番を2番が会場まで連れて行き、俺もその後ろをついていく。

「まずはさっきみたいにマイクを持って。」

「は!はい!。」

会場につき1番に言って壇上に上がってもらった。

「次は‥この辺りを見てくれ。」

そう言って会場座席の中央にある階段を見てもらう。

やっぱり、視線に違和感はない。これなら大丈夫そうだ。1番も階段辺りを真っ直ぐに見ているので目つきも含めて真剣な表情になっている。

「その状態で髪を出来るだけ触らないでスピーチしてみてくれ。」

「はい‥!」

1番がスピーチを始めるとさっきよりも格段に良くなった。そして1番も自覚があるのか自信が余裕として出てきたように見える。

「もう少し声のスピードをゆっくり‥そう、それでいい。」

少しばかり気になっていた声のスピードも途中で調整出来るようになった、これは二日目にして大分技術が向上したんじゃないか?

まだまだ気になる所があるが。

忘れないように何度か練習した後、時間を確認する。

「そろそろ時間だな。もう降りていいぞ、終わりだな。」

そう言って1番を壇上から下ろし俺は音響やライトを切るために操作ボタンが集まっている壇上傍に移動し操作していた。

「どうだった‥?」

「そうね。まだまだ気になる所はあるけど昨日よりも全然いいわ。」

二人の話声が聞こえてくる。

「ほんと?ありがとう、私も出来る気がしてきた。」

よかった。当人である1番が自信を持ってくれないとこの練習は上手く進まない、出来るだけ早い段階で自信を持たせる必要があったがそれは成功したようだ。

「俺も良くなったと思ったぞ。ただやっぱり声がな。」

操作が終わりそう言いながら俺は二人に近づいて行く。

「声‥ですか?」

1番本人は気がついていなかったみたいだが、どうしても声がどもると言うのか?

急に声が低く洞穴から喋っているように聞こえてくる時がある、肩を張っていればそんな声は聞こえてこないが、たまに腰が曲がってしまう時があるその時に聴こえてくる。

「自然とだが腰が曲がってる時あるだろ、その時に声が急に低く聴こえる。それが気になるな。」

「声‥わかりました。次は気をつけてみます。」

言った後に思ったが、これでやる気になっていた1番の意思が折れないか心配になったがそこは大丈夫らしい。

「じゃあ今日はここまでね。お疲れ様でした。」

「は!はい!お疲れ様でした。」

2番が1番に労いの言葉をかけて、1番もそれに対応した。

「お疲れ様。二人はこのまま寮に帰るか?」

俺はここからだと帰るのに時間がかかり大変だったので早く帰りたい。

「そうね。まだ余裕はあるけど昨日は割とギリギリだったし、もう帰りましょうか。」

「うん、そうだね昨日はゆっくりしすぎたね。」

「なら帰るか。次も講堂か?」

「いいえ、次は講堂を借りられなかったから生徒会室に集まって。場所はそこで言うから。」

それもそうか二ヶ月ずっと借りられるわけないと思っていたし。

後片付けし、鍵の返却を終わらせて三人で講堂を出た。

2番と1番が並んで俺が後について行くさっきにの形になっていた所、自然に1番が振り返り、「今日もありがとうございました。またお願いします。」

そう言って1番は俺にお辞儀をしてくれた。お辞儀は慣れているのか綺麗な姿勢でやっている。

「ああ、またな。」1番に返答して俺も軽く頭を下げる。2番には軽く目配せをして挨拶をする。2番もそれに気づいて軽い笑みで返してくれる。

「じゃあ俺はこっちだから。」

そうして練習二日目が終わった。正直まだ不安だけどまだ時間はある焦らずやっていこうと決めた。


初日から何度目かの練習日、今日は2番が来れないとの事なので俺だけで1番と練習することになった。

「じゃあ、今日の練習始めるか。」

「はい!お願いします。」

そう言って俺と1番は舞台に上がって演台の移動や音響の電源を入れる等をしている。

舞台準備が出来ると俺は降りて1番が演台につき早速始める。

もう1番も慣れてきたようだがまだ俺と2番しかいない場所でのみやっているので、多くの人がいる場所で出来るか不安ではある。

「いいぞ、そのまま。」

三人で話あった結果しばらくの間は1番がスピーチに慣れるまで送る言葉のみを練習しようとなった。

一度に多くを練習すると頭の中がごっちゃになるらしい。

「もう少し顎を上げて。そうそれでいい。」

目に見えて顔を下げる事は無くなったが集中しだすと視線が下がり始める。

やはり1番にとって集中する事と言えばテストや勉強なのだろう、机について下を向いて勉強する事が癖になってため、真剣にやる、集中するは下を向く、になっているのかもしれない。

なら今度は前を向いて真剣に話す事を覚えないといけないらしい。

俺からの指示を聞くたびに1番自身すぐに修正するが癖をどうにかするのに苦労している。

「よし、少し休憩しよう。降りてきてくれ。」

1番はそれを聞いて舞台から降りてきた、自分の癖を改めて確認したようでどうにも苦い顔をしている。

「あの‥私。」

「まぁ、こればっかりは難しいかもしれないな。」

「はい‥、私もわかってはいるんです。直さないといけないって。」

癖をなおす。これは難しい、自分の意思でやっているわけじゃないからこそ苦戦してしまう。

「‥、何か飲みに行こう。少しそこで話すか。」

そう言って俺が会場から出る扉に向かう後ろを1番が無言でついてくる。

俺が怒ってると思っているのか身体中が強張っているみたいにテンポの悪い足音だ。

二人して無言のまま講堂内の休憩所につく「座ってていいから。何飲みたい?」

「あ、いいえ‥。あの‥麦茶で‥。」俺にやらせるのが申しわけないが断るのも申しわけないからお願いって感じだ。やはりビクついているな、怒ってるわけじゃないのに。

「はい、これ。」

「ありがとうございます‥。」

もらって1番は少し飲んで一息つく、そわそわと何か言いたげだがうまく言葉が出てこないらしい。

なかなか1番が言わないから俺の言いたい事を先に言っておく。

「1番、一つ言っておくけど。」

「は!はい!」

怒られると思っているのか声が震えている。

「これは練習なんだ。何度失敗してもいい誰も怒らない。俺は怒ってわけじゃない。これだけはわかって欲しい。」

このまま俺たちの間で誤解があるのは練習の邪魔になるので正直に言う。

「俺は式を成功させる為に呼ばれて手伝ってるんだ。迷惑とかめんどくさいと思ったらそもそももう来てない。」

最初は2番に騙されるように連れて来させられたが、この1番の問題は俺にとっての問題でもある。

「‥でも。」「でも、なんだ?俺がいると迷惑か?」

「いいえ!そんな事ないです!私は貴方に感謝してます!」

少しイジワルに言ってみたが1番は否定してくれた。少し俺もお節介かと思っていたが、1番は感謝してくれているらしい。

「でも、最初の日に‥。めんどくさいって‥。」

「い、いいんだよ!それは。もう言わないから。」

確かに言ったが、それはもう過去のことだ。俺は過去を振り返らない‥ようにしている。

俺の強目の否定に威圧感を感じたのかあったのか1番はマンガみたいな「ひぃ、」と言ってもう何も言わなくなった。

俺も一息ついてから、1番と次は何がしたいか聞いたり話してみた。

「そろそろ練習に戻るか?」「あ、そうですね‥はい、再開しましょう。」

1番からやる気がある返事を受けて今日の練習を再開した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る