聖夜の奇蹟(*『危険な二人』改)

冷門 風之助 

VOL.1

(この物語は拙作『危険な二人』を改作したものである。)


『わあ!綺麗!』彼女は車から飛び出すと、別荘ロッジに続く庭に降り積もった雪を見て、大きな声ではしゃぎ、そして雪を手ですくって、それを空中に投げ上げた。

 車の傍らに立ってその光景を見ていた俺は、まるで生まれたばかりの子犬が戯れるようだなと苦笑する。


 彼女は・・・・推定年齢17歳。雪など珍しくもないじゃないかと思うだろう。


 無理もない。


 外界と接触したのは、生まれて初めての経験なのだからな。


 彼女の名前は・・・・分からない。


 いや、正確には名前と呼ぶに等しいものは『ない』といって良いだろう。


 人間でありながら、或る意味人間としての扱いを受けて来なかった。


 彼女を正確に呼ぶならば・・・・。


『Karen-0016』という、無味乾燥なシリアルナンバーしかない。


 彼女は東京郊外にある、極秘研究所・・・・通称『ラボ』で誕生した。


 日本政府と米国政府による共同極秘プロジェクトによる所産である。


 日本人女性として初めて、ノーベル医学・生理学賞を受賞した医学博士の卵子と、米国のオリンピック金メダリスト(近代五種競技らしい)の精子によって作り出された、『超人間』・・・・それがだ。


 つまりは俗にいうところの『試験管ベビー』というやつで、だから彼女は両親の名前も知らない。当り前だが『家庭生活』というものを知らない。


研究所ラボ』中で生まれ、『研究所ラボ』の中で、一種の実験体として生活してきた。


 推定年齢17歳。

 そんな彼女が、この度共同研究者である米国の政府直属専門機関で、より一層能力を高めるための訓練トレーニングを行うのだという。


 しかしその前に、3日間、たった3日間だけ、いささか人間らしい生活をさせてやろう・・・・両国の『その筋』はいささかの情を発揮したようだ。



 かくて政府→警察庁→警視庁という流れで、俺の所にお鉢が回って来た。


 ここまでいやあ、想像がつくだろう?


 直接の依頼人は『切れ者マリー』こと、五十嵐真理警視である。


『しかし、何で俺なんだね?警視庁さくらだもん警察庁かすみがせきで何とかしてやりゃいいじゃないか?』


 いつものようにオフィスにやって来て、俺の前で高々と脚を組んだ彼女を前にして、俺はいささか嫌味を交えて言い返した。


『もうじき聖夜クリスマスじゃない?だから』


『なるほどね。いくら超人間であっても、せめて聖なる夜くらいは無粋な警官おまわりを遠ざけてやりたい。そのためには民間人たる探偵に必要最低限の護衛をさせようと・・・・・こういう訳だな?』


 彼女は軽く笑い、シガリロの煙を空中に吐き出した。


『お偉方の中には貴方の噂を聞いている向きもいらっしゃってね。眉をひそめる意見もなかったわけじゃないんだけど、私が説き伏せたのよ。それに・・・・』


 彼女は少し言葉を切り、トーンを落として続けた。

 

 幾ら自由にさせるといっても限度がある。それに超人間である彼女の存在は、あちこちの『おかしな国』やら『機関』やらが嗅ぎ付けているという。


『日本は武器が野放しになっているのに、スパイ防止法がないときてるでしょう?だから念のためにって訳よ』


 ギャラはいつも通り、それに3日間守り通せたら、特別手当も付ける・・・・彼女はそう付け足した。


『ボディーガードなんて、俺の柄じゃないが、どうせ暇だしな。それに年末年始は何かと物入りだ。少しでも稼がにゃならん』


 俺がいうと、彼女はシガリロをもみ消し、また笑う。


『断らないと思ったわ。貴方のことですもの』



 三日後の朝10時、ビルの前に一台のワゴン車が迎えに来た。

 

 その日は朝から曇り空で、天気予報でも


 流石に目隠しや物騒な武器どうぐで脅されたりはしなかったものの、ウィンドはフロントを除いて全部カーテンとスモークで隠され、外は垣間見る事はできない。


 ワゴンはどうやら、調布の方へと向かって走っているらしい。


 車内には俺を含めて3人、みんなダークスーツに黒のサングラスに中折れと、映画に出て来るMⅠB(メン・イン・ブラック)を地で行くようななりで身を固めている。


『ボディーチェックはしないのかい?ひょっとして俺は殺し屋かもしれないぜ?』


 俺の軽口にも、向こうは押し黙ったまま、何も答えようとはしなかった。


 約2時間半ほど走って、目的地に着いた。


 どうやら『研究所ラボ』に着いたらしい。


『しばらくここでお待ちを』


 一人がぶっきらぼうに言うと、スライドドアを開けて車を降りた。


 ちらり、と垣間見えた外の景色は無機質なドーム型の建物と、幾つかのフェンスが並んでいるという、


研究所ラボ』というよりは要塞のようにしか見えない光景だった。


 30分ほど経ったろうか?


 低いうなりのようなものが外から聞こえ、ワゴンの前で停止した。


 やがてドアが開き、さっきの男が一人の少女を連れて戻って来た。


 少女は黒い髪、白い肌。切れ長の目に、160センチほどの背丈をしている。

 

 グレーのセーターにコート、そして黒いスカート。どこといって変わりない、ごく普通の日本人の少女だ。


『彼女がKaren-0016です』


 MⅠBが、先ほどと同じ無機質な声で俺に彼女を紹介した。


 向こうは俺の顔をまるで初めてパンダをみた子供のような顔で眺め、何も言わずに軽くお辞儀をした。


 俺は懐から取り出した認可証ライセンスとバッジを取り出し、


『私立探偵の乾宗十郎いぬいそうじゅうろうです。よろしく』と声をかけた。


 彼女は男に促されて俺の隣に腰を下ろす。


 男は彼女の隣に腰かけた。


 後ろのトランクで、何やら音がする。


 どうやら何か荷物を積み込んだんだろう。


『では』


 一人がそういうと、車はドアを閉め、また走り出した。

 

  



 




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