両片思いの片岡さん~学年一の美少女に脅されて偽装カップルになりました~

石田おきひと

第1話『それは思わぬ刺客/死角からの奇襲』


「お、リョート。お前やるじゃん」


「これでゼロカノ卒業だな! おめ!」


「う、うっす」


 教室に入るなり、俺は早速クラスの陽キャたちに褒められ、激しく動揺した

 何せ、朝学校に来たらクラスメイトに声をかけられたのだ。

 これで驚くなと言う方が無理な話だ。


 遅刻ギリギリに教室に来たので、クラスメイトは大半が揃っている。

 そして、彼らの視線はほとんど、この俺国崎稜人くにさきあやひとに注がれていた。


 本名すらあやふやなほど、俺に無関心だったクラスメイトたち。

 だが、今彼らは俺に尊崇そんすうに似た眼差しを送っている。


 一体、何が起こったのだろう。

 まるで、俺が人間国宝だということを、今朝方ニュースで知ったかのようだ。


「ほら、片岡さん! 彼氏が来たよ!」


「そのようね」


 同じく陽キャ女子の一人に絡まれた渦中の人、片岡都子かたおかみやこがクールに返す。


 日本人形のような、長い黒髪。

 初雪を思わせる白磁の柔肌。

 すらりと長い手足はモデルじみていて、どこか侵し難い神聖さすら感じさせる。


 やっぱり美人だ。あの頃よりさらに可愛くなったと思う。

 本来なら、俺みたいな陰キャが、彼女のような美人とセットで語られることなどありえない。

 せいぜい、俺が片岡に片思いしている、という噂が流れ、陰で馬鹿にされるくらいだ。


「ねえねえ国崎君! 片岡さんと付き合ってるって、やっぱり本当なの!?」


「どうやってアタックしたの!? 私も好きな人いるんだけど、今度相談に乗ってくれない!?」


 机にたどりつく前に、俺はわっと詰め寄ってきた女子たちに囲まれてしまう。

 こらこら、そんなに焦らなくても僕は逃げないよ|(笑)


 いや、(笑)とか言ってる場合じゃない。

 俺は冷静に頭を整理しようと試みた。


 状況からすると、どうやら俺とあの片岡都子が付き合っているなどという、荒唐無稽極まる流言が広まっているらしい。


 しかも、概ね真実として。

 当然、俺は片岡に告白など……したことはあるが、オーケーなどもらっていない。


 そもそも、俺は片岡の連絡先すらまともに知らないのだ。

 ……うん、これはあれだ。ドッキリだ。モニタリングだ。

 

『クラス一の陰キャを学年一の美少女の彼氏として持ち上げてみた』


 こんな感じのタイトルの動画が、数日後にツイッターにアップされるに違いない。

 いやいや、落ち着け。ここは地元の底辺公立中学じゃないんだ。


 それなりにレベルの高い、私立の進学校。

 その中でも、上位二割しか入れない特進科だぞ。


 そんなたちの悪い嫌がらせをするような輩はいないと信じたい。

 故に、ここで俺が取るべき行動は一つだ。


「いや、そんなわけ」


「おはよう、国崎君。昨日はよく眠れたかしら? クマができているけど」


 いつの間にか、件の片岡伽音が俺の目の前に来ていた。

 心の底から、俺に会えて嬉しいといった様子の、柔らかな微笑み。


 十センチ下から上目遣いで見上げられ、俺は思わず言葉を失ってしまう。

 片岡は俺の頬に片手を添え、目の下をそっと指でなぞって見せた。


「大方ゲームでもやっていたのでしょうけど、ほどほどにしておきなさい。可愛い顔が台無しよ」


「かわっ……!?」


 俺は驚愕に目をむいた。

 こいつ、今可愛いって言ったのか? 俺の顔を?

 率直に申し上げて正気じゃない。


 二ヶ月に一回、千円カットで切っているモサモサ頭。

 当然ワックスもつけていないし、眉毛など触れたこともないのだ。


 間違いなく、こいつは何か企んでいる。

 我ながら悲しい考察だったが、これはれっきとした事実なのだ。

 

「今の聞いた? 片岡さん、国崎君の顔が可愛いって……」


「恋は盲目って奴ね……」


「好きじゃないと絶対言えないわ……」


 ほら、この通り。

 表情こそ変えなかったが、俺は結構傷ついた。

 覚えてろよ貴様ら。


 とにかく、この場は成り行きに身を任せるのがいいだろう。

 どうせ、人前で問い詰めても何も喋るわけがない。

 すると、片岡は怒ったように目尻を吊り上げた。


「そんなことはないわ。国崎君は明らかに可愛い顔をしているもの。ね、国崎君?」


 ここで素直にうなずける奴がいたら、相当いい性格をしていると思う。

 俺は適当に「うーむ」のような唸り声でごまかした。


「だってほら、この鼻の穴のあたりなんて、うちの犬そっくりだもの」


 穴かよ。

 しかも似てるのが犬って。

 どんな顔してるんだ俺は。なんだか不安になってきたぞ。

 あとでトイレに行って確認しておこう。


 と、そのとき朝のSHR開始を告げるチャイムが鳴った。

 俺にとっては福音そのものだ。

 担任の来訪に備え、席に戻っていくクラスメイトたち。


 人だかりから解放され、俺はようやっと自分の椅子に座ることができた。

 朝からもう疲労感がすごい。

 スクールバッグを床に置き、べったりと机に突っ伏しながらスマホを取り出す。


 すると、スマホの画面には友だちではない何者かからのメッセージが届いていた。

 送り主の名は、片岡都子。


『昼休み、一人で体育館二階の演劇部部室まで来て』


 ちら、と二席ほど離れたところにいる本人をうかがう。

 澄まし顔の片岡は、こちらに一切視線を寄越してこない。


 行かないという選択肢は、全くなかった。

 こんな噂を流したのは、間違いなく片岡本人だ。


 だが、一体何の目的があるというのか。

 自慢じゃないが、俺と付き合っているという事実など、何のステータスにもならない。


 むしろ、普通の女子にとっては状態異常バッドステータスだろう。

 ……自分で言っていて悲しくなってきた。

 ともあれ、何としてもこの『犯行』の動機を突き止めなければ。

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