16.当惑。帰宅したら家の事情がすっごく変わってるんだけど
もうね、ポカーンだよ。
立ち止まったのは私だけで、鈴音とお父さんはさっさと階段を上がっていってる。
ちょっと幅が広めの階段脇には、一段ずつに足元を照らす明かりが灯っていて、玄関まで光の道が出来ているようにも見える。さらに玄関のちょっと下には小さな滝があって、階段の脇をサラサラ音を立てて流れていた。
何これ。意味分かんないんだけど。
朝出るときはよくある小さな一戸建てだったのに、横に二倍くらいに伸びたちょっとした豪邸に変わっている。
よく考えると、家の敷地が増えている場所って、半年前に隣の前田さんが関西に引っ越して行って、空き家になっていた土地だよ。その建物が無くなってて、いつの間にか私の家の続きになっているじゃん。
これが鈴音の言っていた『理が変わった』ってことなのかな……?
はっきり言って、理解が追いつかないよ。ちょっと頭が痛い。
カチャリと、私の頭の中で鍵が開くような音がした。記憶が、頭に流れ込んできた。
たぶんまた私の異能が勝手に働いたんだよね。この今の状況『も』思い出した。いやちょっと違うかな、元々私はこの家が大きいことを知っているんだ。
私の家の隣には前田さんはいなかったし、そもそも家が建っていなかったよ。だからこそ違和感があったのよね。
大きな自動車会社に勤めていた父は、その自動車会社の副社長をしていた。さらにうちの母は、前社長の妹の娘でいわゆるお金持ちの家に育っていた。
だからこの家は、私が生まれる前からこの大きな家のままで、いつの間にか建ち変わっていたわけじゃなかった。
私が持っているどっちの私の記憶も正しいんだ。小さかった家も、今見えている大きな家も合っていて、ここは間違いなく私の家。何だかややこしいな。
私が階段の途中で私が立ち止まっていることに気がついて、鈴音が戻ってきた。
前に立って、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。あ、段差でちょっと鈴音の背が伸びたよ。
「琴音お姉ちゃん、どうしたの? 早く家に入ろうよ」
「う……うん……?」
ちょっと現実逃避していた私は、鈴音に手を引かれて玄関まで続く階段を登った。
えっと……やっぱり、違和感あるよ。
家に入ると、やっぱり家の中を知っていることに、思わず苦笑いが漏れてたと思う。私の顔を見上げていた鈴音が、コテンと首を横にかしげた。
台所にいるお母さんに一声かけてから、鈴音と一緒に階段を上る。二階に上がってすぐ、並んだ部屋二つが私と鈴音の部屋だ。
正直いってここにも違和感があるんだけどね。鈴音は保育園児の『設定』だから、年齢から言って普通は親と寝るか、そうじゃなければ姉妹で寝ると思う。でも私が知っている鈴音は、保育園に行ってすぐに一人で部屋で寝るようになった。
理が変わって世界が作り変わっても、どうやっても追いつかない部分がある感じ。
「お母さんが、七時になったら夕飯にするって言っていたから、その頃になったら私が琴音お姉ちゃん呼んでいくね」
「鈴音、いいの? できればお願いするね。ちょっと私、パソコンに絵を書いていたり、あと文字打ちしていると時間感覚なくなるから、正直助かるよ」
自分の部屋の扉を開けながら、そういえば今日って時間が停まっていないな――なんて思ったのがいけなかったんだと思う。
時が、停まった。
でも何でだろう、ちょっと様子がおかしい。
静かなんだけど雑音が聞こえている。聞こえるのは、たぶん家の外だと思う。この時点でもうすでに嫌な予感しかしないよ。
「琴音お姉ちゃん……気がついた?」
同じように部屋に入りかかっていた鈴音が、大鎌を手に持って辺りを警戒している。まあ、警戒するのもわかるような気がする。
私の異能が時間を止めるときって、色がそのままなんだよね。
でも今は、周りの色彩が単色で限りなく薄い。
セピア色って言えばいいのかな、色の違いはちゃんとあるんだけど、殆どが濃淡だけで造られた世界。夕焼けが辺りをオレンジ色に染めたような、そんな色彩にも見えるんだけど、ものすごい違和感を感じた。
そもそもだよ、帰るのに予想以上に時間がかかって、家に着いた時には辺りは真っ暗になっていたはずなんだよね。
でも今、廊下の窓から見える景色はさっきまでの暗闇じゃなくって、しっかりと明るい。いや、明るいって言っていいのかな変な色だよ。
また、何かに巻き込まれたのかな。
これもしかしてまた、私の異能がなにかやらかしたの?
「ねえ、鈴音。これって、いったいどういう状態なのかな」
「いつもの時間停止は、していると思うの。でも、琴音お姉ちゃんの時間停止だけじゃなくって、たぶん他の人の時間停止が被っている感じ」
「えっと……なに、それ? 意味分かんないんだけど」
そもそも私、自分で時間停止していないんだよね。私の異能は好き勝手に動くんだから。その上に重ねがけされた時間停止ってこと?
鈴音だって私の異能だし。普通に隣で動いてるよね。
この状況は記憶の檻に関係ないみたいで、記憶を探っても何か知っている感じはない。
あと今はいないけど、困ったときは暴走トラックが何とかしてくれると信じてる。
無限収納は……またたぶん、何かをやらかす気がするくらいかな。もう、自分で物を収納したいとは思わない。勝手に吐き出すし。
ほら、何にもわかんない。
考えても分からなそうだったから、一旦部屋に入って鞄を置いてから、改めて廊下に戻った。その間も鈴音は、大鎌を構えたままじっと周囲を警戒していた。
いや、いいんだけどここ家の中なんだよ?
さすがに、ここで何かが起きるとか思えないんだけど。
ゆっくりと廊下の窓際まで歩いていって、周りの様子を見てみる。
お父さんの車が停まっているガレージが見えた。夜なのに何で見えるのかって疑問は、とりあえず放っておくことにした。気にしても意味ないし。
ガレージから玄関に続いている石の階段、そこに設置されている灯りは普通についているらしくて、周りに比べてちょっと明るく見える。そうすると、やっぱり今は夜なんだってわかる。
道路は時間の関係もあるけど、辺りが閑静な住宅街だから車はおろか、人一人として歩いていないよ。さすがにここからは、火事で焼けた家は見えない感じ。道なりに三軒隣だったから、普通に見えないか。
「こ、琴音お姉ちゃん……窓に顔出して、大丈夫なの?」
「何で? 家の中は安全だと思うよ」
私の言葉に、鈴音が勢いよく首を横に振り始める。
「違うよ。そうじゃないの。今の状態って敵の影響下にもあるってことなの。だから、いつどんな状態で攻撃を受けてもおかしくないんだよ?」
「うん? どうして私たちが攻撃されないといけないの?」
「えっ、だって――」
鈴音と顔を見合わせたんだけど、たぶんお互いに目を見開いてびっくりした、同じ顔を見たと思う。ううん、若干だけど鈴音のほうがびっくりしているかも。
「ほら、わかるよね? まだ距離は遠いけど、大きな魔力持った人が五人くらい動いてるもん。そのうち一つはものすごい速さでこっちに向かってきているよ」
「魔力って言われても、何のことだかわかんないんだけど」
「……えっ?」
そんな顔されたって、ねえ?
私の異能が使っている力が、たぶん魔力なんだろうなってのは何となく知ってる。でも別に自分ではっきりと魔力を感じたことはないし、魔力を使って何かできるとも思えない。
だって、唯一使えるのって無限収納に物を入れる程度だもん。それだって勝手に吐き出されちゃうし。
だから、どこかに大きな魔力があるって説明してくれても、何のことだかわからないんだよね。
「えっと……琴音お姉ちゃんは、魔力が感じられないの……?」
「うん。わかんない」
「……」
鈴音が唖然とした顔で絶句しちゃった。
少しだけ考えてから、鈴音の手を取って階段を下りた。玄関で靴を履いて、まだ呆然としている鈴音に靴を履かせて、一緒に玄関から外に出た。
時間が戻ると壊れたものがもとに戻るってわかっていても、壊されたくないもん。でもそんな思いもすぐに無駄になったんだけどね。
二人で階段をおりている途中で、それまでボーッとしていた鈴音が動き出した。私の手を払うと、私の背後に立った。
私と家の間に立って、家に向かって大鎌を横に構える。その様子が、まるで鈴音の視線を共有しているように、はっきりと脳裏に映った。
『ドガ―――ン!』
家が、私と鈴音の方に向かって吹き飛ぶ。
瓦礫が鈴音が構えた大鎌に当たって尽く消滅していく。ガレージが、家の前の道が瓦礫であっという間に埋まった。それだけじゃなくて、道を挟んだ向かい側にある家も、私の家だったものが降り注いで穴だらけになって、崩れ落ちるように崩壊していく。
あっという間の出来事だった。
当然だけど私はその間、道の向こう側で崩れる家を見ていた。
全然動けなかった。
『なんや、ようわいの衝撃波を防げたな』
視界を未だ共有した鈴音の目に映ったのは、見上げるほどの大きな鎚を持った少女の姿だった。
なにが、始まったのかな。
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