11.呆然。止まってる時間が長くなってる気がするんだけど
たぶんね、『暴走機関』って何だろう……って考えたからなのかな。
三時限目の授業が始まってから最初に時間が止まった時に、なんとなく気になって意識してからだと思う。その次に止まった時の時間が、体感だけど一気に倍になった。
って言うか、今も継続中だからさらにその倍?
とにかく、昨日からの感覚からすればもう時間が動いているはずなんだけと、全然動く気配がないんだよね。
「でね、さすがに暇になっちゃったから遊びに来たよ」
「いやね、琴音。だからって私に触っていたら、琴音が凍えちゃうよ……」
「大丈夫だよ、数秒おきに香織の手を離しているから」
「えっ? そうなの? 全然違和感ないんだけど、マジで?」
香織の隣まで椅子を持って行って、手を触れたまま動くように念じたらさっきと同じように止まった世界で香織が動き始めた。
ちょっと触っているだけで、すぐに触れた手が凍えちゃうんだけど、それに関しては問題がなくて、私が香織から一瞬でも手を離すと状態がリセットされる。だから数秒おきに離して触れるを繰り返すだけで、停止したた世界の私は凍傷さえも無かったことになるみたい。
でも時間停止の異能はちょっとだけ便利なんだけど、勝手に時間が止まるから差し引きマイナスだよ。
「それでね、時間が戻らないんだけどどうすればいいと思う?」
「待って、それ無理。絶対に私にはわからないって」
止まっている世界は、周りのものが動かないだけで色とかは全然変わっていない。まあ、動かない時点で違和感しかないんだけど。
時間は三時限目の終わり、数学担当の百浦先生が口を開けて授業の終わりを告げようとしているところ。先生が出ていけば、待ちに待ったお昼になる。
周りのみんなは、教科書を片付け始めていたり、早い人はお弁当を食べ始めている。
そんな中で、ソイツは現れた。
「ねえ琴音……あれって、なにかな……なにか黒いモヤがある?」
「えっ?」
まるで、空気中から滲み出てくるように、百瀬先生が立っている教壇の前に真っ黒な服を来た小さな女の子が顕れた。
死神。
絶対にあの子、死神だよね。
一目でそう特定した。だって見た目からして『死神』なんだもん。
真っ黒なゴスロリ衣装に、真っ白に近い肌色。その手には、体に似つかわしくない、よく死神が持っているような大振りな鎌を無造作に提げていた。全体が黒い鎌は、見た目は精緻で綺麗な装飾が施されていて、実用性が全く無いように見えるんだけど、何故か見ていると私がまるごと吸い込まれそうな感じがして、慌てて視線をそらした。
虚空をまっすぐ見つめていた女の子が、少しだけ視線を動かしてその先にいた私を捉えた。そしてその目が大きく見開かれる。
その瞬間に、背筋が粟だった様に感じた。
ヤバい。
あいつは絶対にやばいよ。
絶対に関わっちゃいけない奴だ。私の命が危ない――違う私だけじゃないじゃんっ!
「ちょっ、琴音っ。あの娘、いきなり現れなか――」
慌てて香織の手を離した。私が止めている世界では、基本的に超越的な保存の法則が適用されるから、これで香織を守れるよ。
死神風の女の子――メンドイから死神でいいや。死神は忽然と教壇の前から消えたかと思うと、私の一メートルくらい前に出現した。私の顔をじっと見て、ニタリと嫌らしい笑みを浮かべる。
そして、大鎌を振り上げた。
その間も全く動けない私は、間違いなく訪れる『死』を覚悟した。
でもやっぱりこういう時は奇跡が起きるみたいで、目をつむることすらできなかった私はそのあとに起きた一部始終を、しっかりと見ることになる。
『ゴゥ――』
私と死神の間にある僅かな隙間に顕れたのは、朝私と香織を襲ってきたあの暴走トラックだった。
多分意識的なものなのか、時間の流れもものすごくゆっくりになった。
そして異能のせいなのかな、暴走トラックが駆け抜けていく先の景色が同時に私の視界に映し出されていく。
大きな暴走トラックは、一気に教室いっぱいにまで膨らんだ。天井を吹き飛ばしただけじゃなくて壁を破砕して、私の前にあった全てのものを尽く轢き飛ばしていく。机や椅子だけじゃなくて、そこに座っているクラスメイトが、まるで路端の石が跳ねるように弾け飛び、真っ赤な血しぶきが飛び散っていった。
それはまさに惨劇。
あとで無かったことになるって、今までの経験から何となくわかっているはずなんだけど、視界が滲んで心が悲鳴を上げた。
こういうときって、ほんとに絶句するんだね。
辛くて、悲しくて、胸がズキズキと痛むんだけど、そのままの景色を視界に捉え続けていた。
もちろん暴走トラックは、全てのものを轢いていくから、私の前で大鎌を振り上げていた死神すらも例外なく轢き飛ばしていくわけで、厭らしく笑っていた顔が一変した。
悲痛に歪んだ顔が一瞬見えた直後に、黒い染みとなって弾け飛んだ。
すべてを轢きながら、教壇とその先にあった壁に大穴を開けて、暴走トラックは遥か彼方まで駆け抜けていった。
そんな様子を、私は涙に濡れてぐちゃぐちゃになった顔でじっと見つめていた。
破壊された景色が、巻き戻されていく。
ゆっくりと元通りに戻っていく周りの景色を見ながら、私は一気に体の力が抜けてその場に崩れ落ちた。
とっさに床に付けた手が、なにか硬いものに触れた。
「……死神が持っていた、大鎌?」
見えたのは本当に一瞬のことで、あっという間に視界から消えた。
死神の持っていた大鎌は、それがまるで戦利品だとでも言わんばかりに、勝手に無限収納に収納されていく。
『死神の大鎌を取得しました。異能に組み込みます』
待って、それいらない。絶対にいらないって。
何で無限収納まで、私の意思に反して勝手に発動しているのよっ。
死神の鎌なんて縁起が良くないし、どうしてまた新しい異能を取得してるのよ。いったい私は、どこに向かっているの?
脳内の謎のアナウンスが喋り終えたのとほぼ同時に、周りの音が戻ってきた。
時間が動き始めたんだ。
「――った? って、どうしたの琴音っ、何でそんなに悲しい顔しているのっ!」
椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がった香織が、ハンカチを取り出しながら私の横にしゃがみこんだ。
「あ……えっと……な、なんでもないよ……」
「なんでもないわけないじゃない、琴音のそんな顔始めて見たよ」
香織が大きな声を出したからか、周りのクラスメイトも騒がしくなり始める。
教壇に立って授業の終わりを宣言しようとしていた百浦先生は、口を開けたまましばらく固まっていたあと、眉間にシワを寄せて私達の方に歩み寄ってきた。
「あぁ、大丈夫か……葛城? 調子が悪いなら、とりあえず柳本に保健室に連れて行ってもらえ」
「あ……はい。すみません」
「それから、一緒にいる子は明日には親に見てもらえるって言っていたか? 家の事情は仕方ないが、だからといって葛城は無理だけはするなよ?」
「……えっ?」
言われて初めて気がついた。
私の隣には私を襲ってきた死神の女の子がいて、片手で私の服をつまんでいた。顔が白っぽいのは変わっていないけれど、さっきと違ってこころなしか不安げな表情を浮かべていた。
さっきの嫌らしい笑い顔を見たあとだと、なんだかすごい違和感がある。
それより死神の女の子は、確か香織も時間が止まっていたときに姿を見ていたはずなんだけど、反対側でしゃがんで心配そうな顔をしている香織は、一切女の子について指摘してこない。どういうことなのかな。
「琴音、とりあえず一緒に保健室に行こ?」
「う、うん……」
香織に手を引かれて立ち上がって、そのままついてくる死神の女の子と三人で保健室に向かった。
ねえ、これってどういう状況なの?
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