10.混乱。何だか知らないうちに異能が増えてるんだけど
呆然と固まっている私をよそに、公園の立木の向こうにある道路では、何事もなかったかのように車が走り始めた。次々に車が、朝の通勤に合わせて走り去っていく。
公園のベンチから見える歩行者信号が点滅を初めて、やがて赤に変わった。
時間が動き始めたんだから、いつも通り無限収納の中から物が出てくるよね……どうしよう。
「ねえ琴音、さっきの暴走トラックは……?」
「わ、わかんない。でもしまったはずなのに、どこかに無くなっちゃったみたいで、私の無限収納の中には無かったよ」
「マジで?」
「うん、マジのマジなんだよ」
どうしよう本当に無いんだよね。
私の無限収納は私の意識と連携しているみたいで、中に何が入っているのか意識を向けると、入っている物がはっきりと分かるの。ただ、時間停止が戻った時にみんな吐き出されちゃうから、全然活用できていないのが現状なのよね。
少なくとも、昨日十円を入れた時にはちゃんと中に入っていることが分かったから、間違いないと思う。
それで、同じ感じで無限収納の中を見てみたんだけど、何も中に入っていない。
さっき間違いなく、暴走トラックを仕舞い込んだのに……何でだろう。
「えっと……じゃあとりあえず琴音、学校に行く?」
「そっか、考えてみれば学校に行かなきゃだよね。まるで一日ぐらい時間が経った気がしていたけど、私たちって通学途中だったんだっけ」
「そうだよ。何だか朝からすっごく疲れたから、ほんとは学校行きたくないけど」
「同感だよ……」
二人でベンチから立ち上がって、重い足取りで学校に向かった。
「うわっ……何という……!」
「……?」
私が教室に入ると、左手を不自然な形に曲げた孝太朗が、私を見て目を見開いて立ち上がったところだった。立った拍子に吹き飛んだ椅子が後ろの机を倒して、中に入っていた教科書が床に散らばった。
たぶん頬杖をついて教室に入ってくる同級生をチェックしていたんだと思う。私を見て驚いた……てことなんだよね?
いつもよりちょっと早い時間で、教室の中には登校していた人が数人しかいない感じだ。でもそんな中で机をひっくり返せば当然目立つわけで、斜め後ろに座っていた同級生の『佐藤桃乃』が、すぐに苦笑いを浮かべて立ち上がった。
「ちょっと、結城さん何やってるのよ、もう」
「うわ、ごめん。これはさすがに僕が悪い……」
「結城さんがそんな風に慌てて立ち上がるなんて、何だか珍しいわね。葛城さんにでも見とれていたのかしら?」
「なっ!? そ、そそそうかもしれない。いや待って違うよ、うわあ……しまった……」
ちょっ、どうして孝太朗すぐに否定しないの?
さすがの私も、ちょっとだけ勘違いしそうなんだけど。何だか孝太朗の顔が赤いような気がするし。
想定外の会話に、一瞬頭が真っ白になる。
「琴音? 突然立ち止まってどうしたの? それに中から大きな音が……って、あらら、結城君らしくない」
当然ながら私が立ち止まったから、後ろから付いてきていた香織が教室に入れなくて私の背中にぶつかってきた。立ち止まっている私の肩口から教室の中を覗き込んで、呆れたような声を漏らした。
これって状況的に、何となく私が悪いような気がするんだけど。
「なな、何でもないよ? そ、それより何かね、見えたんだと思う……片付け手伝ってくる」
「ああなるほど……そういうことね」
私と志織も駆け寄って、一緒に机を起こした。
何となくだけど孝太朗と目を合わせづらくて、孝太朗もそうだったみたいでふと目が合った瞬間に恥ずかしそうに目をそらされちゃった。
そういう反応は良くないよ、期待しちゃうじゃん。
「それで、葛城さんはなんでまたそんな異常な状態になっているの?」
「い、異常な……状態……?」
倒れた机を綺麗にしてから私が自分の席に荷物を置きに向かうと、何だか当たり前のように孝太朗が付いてきて、私の前の席に腰をかけた。えっと、そこって孝太朗の席じゃないよね?
「ななな、なんのこと?」
って言うか、さっきの発言って無かったたことになっているのかな。ちょっとドキドキしている私が、何だかおかしいみたいなんだけど。
孝太朗なんて、少し前に慌てていたのがまるで嘘だったとでも言わんばかりに、すまし顔で私の顔を見ている。
「いやほら、昨日確か葛城さんには異能が二つあるって話をしたと思うんだけど、さっき見たら異能が三つに増えてるからびっくりしたんだよ」
「えっ……そ、そんなの知らないよ。どゆこと?」
「あ、ねえ琴音。もしかして無くなったって言ってた暴走トラックが関係していないかな?」
「待って柳本さん。暴走トラックって何?」
香織が荷物を自分の机に置いてからこっちに歩いてきた。その香織の言葉に、孝太朗が眉間に皺を寄せる。
うん、確かに普通に考えたら、暴走トラックって何? って状態だよね。
取りあえず今朝登校する時に起きたことを、ざっとかいつまんで話してみる。最初は楽しそうに聞いていた孝太朗だけど、途中から何だか笑顔がぎこちなくなっていった。
いや私、別に悪くないよね。
「つまり葛城さんは、襲いかかってきた暴走トラックを、とっさに無限収納の中に収納したと……」
「うん。だって、あの時はそうするしかなかったし、収納しなかったら普通に私たちは轢かれていたと思う」
「あの時はほんとびっくりしたよ。自分が変な能力を使えるようになっただけでも意味が分からなかったのに、また不思議な現象に巻き込まれるなんて思わなかった」
「そんな柳本さんの異能は……摂氏零度なんだ、それにレベルが上がってる」
「えっ、レベルなんてあるの?」
「僕の異能察知も、今朝レベルが上がって察知できる情報がさらに増えたんだよ。具体的には、異能の強さがレベル表示されるようになった」
「それって、何か凄いことなの?」
「いや……相変わらず異能の能力分かるだけかな……」
そんな感じで孝太朗と話をしていると、だんだんとクラスメイトが教室に入ってきた。
一瞬、何だか教室が光ったような気がして、周りを見回したけど何も変わっていなかった。いや、たぶん何か起きたあとなんだよね、孝太朗が眉間を揉んでいる。
「問題は何故こんなにも、異世界転生なり異世界転移の魔の手が、僕達のクラスやクラスメイトを襲うのか……か」
「どういうこと?」
「ああ、今の瞬間で魔方陣が生成されようとしていたところを、依吹君があっという間に消し去っていただけだよ」
「ふえっ?」
「マジですか?」
「うん。マジのマジマジかな」
いつの間にか危機に陥っていたんだ。
まあ、対処できるだけよくあるラノベの展開みたいにはならないから、大丈夫だよね。
そんな感じに色々話していたらけっこう時間が経っていたみたいで、予鈴が鳴って百瀬先生が教室に入ってきた。孝太朗も自分の席に戻るために前の椅子から立ち上がった。
そう言えば、私の新しい異能が何なのか聞いてない気がしてきたよ。
「あ、ちょっと待って結城さん、私の新しい異能って何?」
「ああ……」
席に戻ろうとしていた孝太朗が、私の言葉に振り返った。
「そう言えば言ってなかったか。葛城さんの追加された異能は暴走き――」
そして私の時間が止まる。
まるで狙ったかのようなタイミングに、思わずため息が漏れた。
さすがに香織の時と違って、孝太朗は男子だから身体に触れて同じ時間の中で動いて貰うだけの度胸がなくて、再び時間が動きだすまでじっと待ってた。
そのあと分かった私の異能は『暴走機関』。
分かったのは異能の名前だけで、孝太朗にも効果とか仕様とか、細かい部分まで分からないって。まあ、百瀬先生も来てたから、詳しく説明を聞いている時間が無かったから仕方ない部分はあるんだけど。
でも、暴走機関って、何だろう?
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