8.急襲。同級生の香織が大型トラックに轢かれそうなんだけど
「ん……やっと朝になったんだ……」
寝ぼけ眼をこすりながら目を開けると、カーテンの隙間から朝の日差しが差し込んできていた。思いっきり伸びをすると、体が凝っていたのか筋が伸びたのが分かった。
昨日はある意味ハードだったもん。何度も時間が止まったから、たった一日なのに、二日くらい起きていたような感覚がしたから。
ベッドから下りてカーテンを開けると、目の前で雀の群れが翼を広げて止まっていた。無意識のうちにため息が漏れる。
何で当たり前のように時間が止まっているのかな。
「取りあえず着替えて、暇だから予習でもしようかな……」
独り言を言いながら服を着替えて机の前に座った。
昨日は、孝太朗と別れてからもほぼ一時間に一回くらい時間が勝手に停止していた。寝るまでに全部で十回くらい時間が止まっていたと思う。
でも慣れって怖いもので、家に帰ってからは停止した時間もそれなりに過ごしていたかな。
その時間停止の世界で、手に触れて強く意識した物に関しては、一時的に時間停止を解除できるって分かったのも大きな収穫だったかも知れない。
昼間も本とか読んで過ごしてはいたけど、さすがに何回も時間停止していると読む本も無くなるし、本を読む気力だって無くなって来ちゃう。
だからダメ元で、お風呂に入ったあとでノートパソコンを開いて、使えないか試してみたら……なんと動いたのよ。
さすがにネットには繋がらなかったけど。
「予習……ああ、そっか。予習なんて授業中にいくらでもできるよね」
開いた教科書とノートを閉じて、鞄にしまった。
何やってるのかな私……とはいえ、実のところできることはかなり限られているんだけどね。
時間が止まっているから、水道や電気なんかは基本的に使えない。
例えば時間が止まった時に点いていた明かりは、そのまま明るいままでいるんだけど、新しく明かり点けようとすると明かりが点かない。
すっごく不思議なんだけど。
ドアとかも問題なく開けられるんだけど、開けたまま私が離れるとしばらく経つとゆっくりとドアが閉まって元の状態に戻っていく。何か、保存の法則とかがあるのかも知れない。
温かいとか冷たいとかも変化するんだよ。
食べたり飲んだりしたものは減るんだけど、私から離れると温度は元に戻されるみたい。
例えばペットボトルに入った冷たい飲み物なんかは、手に持ってるとだんだんぬるくなるよね。そんな時も机の上に置いて少し経つと、また冷たくなるの。
私が飲んだことで量は減ってるのにね。
「そう言えば、絵がまだ未完成なんだっけ……」
教科書を鞄にしまってから、ノートパソコンを開いた。
電源スイッチを押すと、パソコンが起動し始めた。その画面をぼーっと眺めていると、やがて見慣れたホーム画面が現れる。
お絵かきソフトを起動してしばらく書いていると、窓の外に止まっていた鳥が羽ばたく音が聞こえた。
ああ、やっと時間が戻った。
ノートパソコンを閉じると、鞄を持って部屋を後にした。
電車を降りてからいつもの通学を歩く。
幸い、家を出る直前に時間が止まったおかげで、そのまま近くの公園まで歩いて行って、公園のベンチでしばらく待っていたら時間が元に戻った。
予定より三十分早い電車に乗って、ここまで時間が止まることなく来ることができた。
一つだけ分かった事なんだけど、朝食を食べたあとから時間が止まっている時間が伸びた気がする。寝起きで止まった時は十分位だったのに、家を出てから止まっていた時間は、たぶん四十五分を超えていたと思う。
腕時計で確認していたから間違いないと思う。腕時計はスマートウォッチだから、時間が戻ってしばらく経つと勝手に時間合わせをしてくれるから助かるんだけど。
「おーい、琴音っ。おはよー」
声に振り返ると、後ろから親友の『望月香織』が手を振りながら走ってきてきた。横断歩道の向こう側、ちょうど歩行者用信号が青に変わったところだった。
同じように私も手を振る。
「あ、香織。おはよー」
「待ってて、今そっちに行くよー」
「気をつけて渡ってきてね」
「大丈夫だよー、信号は青だか――」
「……あ、また止まった」
香織が横断歩道の途中で笑顔のまま固まっていた。
正直、こういう場面が一番困る。時間が動き出して私がそこにいなかったら、どんな顔するんだろうとか考えちゃう。私だったら、目をこすって大騒ぎしちゃうんじゃないかな。
だから、時間が戻るまでこのままでいようと思って、その場で立ったままでいることにした。時間はかかるけど、また勝手に動き始めるからね。
ただじっとしているのも暇なので、ふと首を横に向けるとそこに異様な物が佇んでいるのが見えた。
「えっ……? トラックの……半分だけ?」
ちょうど交差点の真ん中、何もなかったはずの空間から大型トラックが『生えてきて』いた。荷台の真ん中ぐらいから後ろが無くて、その切れ目って言うのかな、空気が波打つように歪んでいた。
運転席を見ると、人型の黒いもやのような物が見える。
明らかに異質なトラックで、さっきまでそこには何も無かったはず。そもそも、トラックの進行方向は赤信号だから完全に信号無視だし。
それを見てピンときた。
これ、異世界転生とか異世界転移のときに現れる暴走トラックだ。
鞄から手を離して、無意識のうちに香織の方に駆け出していた。
道路に足を踏み入れた途端に空気がもの凄く重くなる。まるで泥の中を進んでいく時のような、そんなねっとりとした重い物が体を包み込んでいた。
なんでっ、さっき歩いていた時には感じなかったのにっ。
ここの道路が違う世界だって言うの?
焦る。
たぶんまだ、時間は一杯あるはずなんだけど、何だか胸騒ぎが止まらない。
数メートル先にいる香織がすごく遠くにいるような気がして、両手を前に突き出して必死で空気を掻いた。
早く、もっと早く!
やっとの思いで香織の所までたどり着いて、腕を引っ張ろうとして掴んだはずの手が滑って離れた。
「なんで、香織が動かないのっ?」
すぐに戻って香織を動かそうとしても、全然動かない。服を引っ張れば普通に伸びるんだけど、肝心の体がびくともしなかった。
何だか涙が出てきた。
このまま香織が動かなかったら、間違いなくあの大型トラックに轢かれちゃう。
せっかく昨日クラス召喚を防いだのに、また香織だけ召喚されちゃうの?
トラックの方に顔を向けると、心なしかさっきより近づいてきているように見えた。
視界が滲む中、キッと唇を噛んだ。
絶対に香織を助けなきゃだ。
考えてみれば、この時間が止まった世界で生き物を動かしたことが無かった。物も移動させられるけれど、私が意識していないと元の場所に勝手に戻っていた。
何か保存の法則みたいな物が働いている。
でも、私が意識して触れたノートパソコンは、普通に動いていたし、更新した中のファイルが戻っていなかった。
もしかしたら、同じようなことができないかな?
「香織、私と一緒に避難して、早く!」
鞄を持っている手の上から、香織の手をしっかりと握った。一心に念じていると、ふっと香織の手が柔らかくなった。
「――ら大丈夫……って、あれっ? 何これ、なんで目の前に琴音がいるの?」
「香織、動けるようになったっ!」
「えっえっ、なんで琴音、顔涙でぐちゃぐちゃなのよ」
ポケットからハンカチを取り出して、私の涙を拭いてくれた。
私は急いで、両手で香織の手を引っ張った。すぐに重い空気の壁に阻まれる。
「ちょっと、どうしたのよ。まだ信号は青じゃない」
「違うの香織、ここは香織が知っている世界じゃ無いの。早くここから逃げないと、わたし達トラックに轢かれちゃうのよっ!」
「何のこと……は?」
そこでやっと、香織も迫り来る大型トラックに気がついたみたいで、一瞬にして顔が強ばった。
つられて私も、トラックの方に顔を向ける。
気がつけば、大型トラックがすぐに目の前にまで迫ってきていた。
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