7.愕然。みんなの異能も使い物にならないんだけど

「まあ、これが俺の異能だな」

 浩介が指を離すと、三角形の筒が消えて上も下も元に戻った。机の上にあったコップも見えるようになったから、ちょっとびっくりしたかな。

 でも本当に見えなくなっていただけなのか、コップもコップの中に入っていたお茶も、さっきと同じまま中にあった。


「えっと……それってもしかして、見えなくするだけ?」

「そうなんだよな。意識した物だけ見えなくなればいいんだけど、指で三角を作っただけで筒状に全てが透明化する。

 その先に人間がいたら、それすらも透過するんだ。人間の中身まで普通に見えるから、油断するとかなりグロテスクな物が見えるぞ」

「え……そうなの……?」

 絶句した私に、浩介は苦笑いを浮かべて肩をすくめた。

 何だろ、これってもう見ちゃったって事なのかな? 確かに朝起きた事件だったから、もう一日経っているから色々試したよね。

 私が不思議そうな顔をしていたんだと思う。浩介は自分の目の前に、指が当たらないように三角を作って片目を瞑った。


「トイレで鏡見ながら覗き込んだらさ、自分の脳みそが見えたんだ。断面がそのままな。さすがの俺も……な。あれは見るもんじゃない」

「うわ……それはキツいよ」

 みんながそれぞれの椅子に座ったので、私も孝太朗の横に戻ってから座った。

 そういえば、私はいつまでここにいるんだろ?


「さて、続きだね。今まで言った三人の他には、水野志織さんが回復補助。小林樹生君が鳥類交信。田中亜里砂さんが暗視眼鏡。

 それから、僕の横にいる葛城琴音さんが時間停止と無限収納を持っているよ」

「えっ、わ、私?」

 そういえば、それで私呼ばれたんだっけ。

 私に全員の視線が集中して、体が強ばった。ただそれも一瞬のことで、すぐに孝太朗に視線が戻った。


「水野さんの回復補助は自然治癒力を高めるだけだし、それ以上を望むと一定期間五感が潰される悪魔仕様だった。まあ、辛うじて使えるけど使いどころが難しい感じだよ。

 小林君は鳥の言っていることが分かるだけ、話しかけても鳥の言葉が話せるわけでもなく一方通行の無駄仕様。今後の異能の成長如何によっては化ける可能性もあるけれど、鳥の成長が促せないと限界は早いと思う」

 孝太朗の話を聞きながら、部員のみんながそれぞれにメモを取っている感じ。話している内容が現実味がないし、普通に考えてもおかしな話題なんだけれど、みんな真剣に話を聞いている。

 慣れているのかな? ここって日本なんだよね?


 昨日までの私なら空想の世界の話だって、笑っていたと思うんだけど……でも私も今は異能を持っている。私のって思いっきり現実だもんね。

 他の人と違って実際に時間が止まってるし、十円硬貨も収納できた……吐き出されちゃったけど。


 そんなことを考えている間にも、孝太朗の話は続いていた。


「田中さんは視力が良くて裸眼で見えるのに、かけた眼鏡の度数に応じて暗視感度が変わる無茶仕様。眼鏡をかけると暗闇でも見えるようになるけれど、眼鏡をかけたらそもそも見えなくなるよね。

 基本的にみんなが覚醒した異能が、ほぼほぼ役に立たない異能ばかりなんだ。

 僕の隣にいる葛城さんも、自分で異能の制御ができな――」

 突然音が消えた。

 自分が呑んだ息の音だけが、やけにはっきりと聞こえた気がした。


 孝太朗が説明している途中だったんだけど、私の異能が勝手に起動してまた時間が止まる。

 孝太朗は口を開けたままで、他の異世界クラブの部員はそれぞれ目を開いていたり、瞬き途中なのか半眼の人もいる。

 外に目を向けると、ちょうど二階の窓の高さを飛んでいた鳥が羽を上に向けたまま止まっていた。


 まただ。私の時間が止まっちゃった。


 大きくため息をつて、私は机に突っ伏した。

 このまま帰ってもいいのかもしれないけれど。全てが止まった世界でも私は普通に動くことはできるし、物は移動できるから大抵のことはできる。でも下手に動くとまた、いついきなり時間が動き出すのか分からない。


 そんなことを考えているうちに何だか眠くなってきて、私は意識を手放した……。




 ふと、気がつくと音が戻っていた。周りでみんなの話しているにような声が聞こえる。

 時間、戻ったんだ……。


 ゆっくりと顔を上げると、異世界研究クラブの部室は、ほんのりと茜色に染まっていた。

 起きたばかりでぼやけていた視界が徐々に定まってきた。

 でもこれ駄目なパターンだ、お休みの日に昼間中途半端に寝ると、起きた時に体が怠くて意識が朦朧とする時があるんだけど、今がそんな感じ。

 この状態って意識が落ち着くまでしばらく時間がかかるんだよね……。


 夢うつつの状態のまま、ぼんやりと目の前の光景を眺める。

 誰もが真剣な顔で、私の後ろにあるだろう大型モニターを見ていた。何だか耳から入ってくる声が、言葉として捉えられない。

 それでも少しずつ、みんなが話している言葉が分かるようになってきて、何とか言葉として捉えられるまで意識が戻ってきた。


 そして、みんなが発言を止めた。


「みんなありがとう。だいたい話がまとまったね。

 あとは僕が、今までのみんなの出してくれた意見を元にして、『異世界召喚の傾向と対策』を作り上げることにするよ」

 たぶん時間が動き出してからも、しばらく寝ていたんだと思う。これからどうするかとか、色々相談していたみたい。


 孝太朗もそうだけど、この異世界クラブのみんなの優しさなのかな。

 みんなが気づいたら、私がいきなり突っ伏して寝ていたはずなのに、起きるまでそっしておいてくれた。

 何だかそんな気遣いがとってもありがたかった。


「それなら今日の活動はここまでね。私は帰ったら、神社の伝手を使って似たような事例を探ってみるわ」

「ああ、中村さん。ぜひお願いするよ」

「中村さんがそっちで動くのなら僕は、寺社ネットワークで過去の伝承を中心に情報を集めてみます」

「そっちもお願いするよ児玉君。ただ、無理はしない程度に頼む」

「大丈夫です。この歳でもそれなりの権力を持っていますから」

 話が終わったからか、部員のみんながそれぞれに孝太朗に一声かけながら、部室から出て行った。

 最後に異世界クラブの部室には、私と孝太朗、それから浩介の三人だけが残った。


 私がまだ寝起きの頭でぼーっとしていると、コツンという音共に目の前に新しいコップが置かれた。

 コップからは湯気が立っていて、紅茶の優しい香りが漂ってくる。


「また時間、止まってたんだ?」

「う……うん……」

 もう一つ、自分の分のコップを持った孝太朗が私の横に座って、その向こう側に浩介も座った。

 二人の向こうには窓があって、今は茜色の夕日が差し込んできていた。日差しの加減か、室内がちょっと暗いような気がする。


 夕方の茜色って、何となく寂しいけど安心する色だよね。


「もし――」

「……?」

 声が聞こえて、私の意識が戻ってくる。

 私に何かを言いかけた孝太朗が、目を瞑った。そのまま浩介の方に顔をむけて、目を開いてから一瞥したあと、もう一度私の方に顔を向けてきた。


「もし葛城さんが、これから先困ったことがあって、どうしようもなくなった時には僕か浩介を頼ってくれればいい。異世界クラブには……まあ、所属しなくても問題ないから、気軽に声をかけてよ。

 でも葛城さんの力は、これからもっと強くなっていく。

 だから、絶対に無理だけはしないでね」

「わ、わかった……何かあったら、お願い」

 私の言葉に、孝太朗は満面の笑みで頷いてくれた。その後ろに見えた浩介の微笑みも、何だかすごく優しかった。


 その日はそれで、異世界クラブのクラブ活動は終わりだったみたいで、三人で駅まで歩いた。

 浩介は逆方向だったけど、孝太朗が降りる駅は私が降りる駅の次の駅だったみたいで、ちょっとだけ離れた席で一緒に帰った。


 降りる時に手を振ってくれて、思わず私も手を振ったんだけど、何だかすごく恥ずかしかった……。


 顔、真っ赤だったと思う。

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