第12話 アトランティスでボクと握手 2
「悪かったわよ」
ミネラルウォーターを飲み干して、ハルが言った。
「いやまあ、そうね」
こちらとしても気持ちの整理がつかない。命の洗濯場を出禁にされたこともあるが、なにより年下の女に顎で使われていた事実に動揺を隠しきれない。しかもこの衝撃で、何気にパンプキンヘッド生活を受け入れ始めている自分に気付き、愕然とした。
砂場で子供たちが喧嘩を始めた。トンネルを掘る掘らないで男の子と女の子が言い争っている。兄妹だろうか。
「のどかなもんね」
ハルは喧嘩をじっと眺めている。
「そうだな。妹が山を蹴散らしたこと以外は」
「それでもよ。泣きながら家に帰って、お兄ちゃんはお母さんに叱られて。それから仲直り。そんなとこでしょ」
「王道のパターンだな」
毎日毎日飽きもせず繰り返される日常の風景だ。迎えにきた母親に早速男の子は叱られて、ふてくされながら帰っていった。
「カラスが鳴くから帰ろってやつ? いいよね、帰る場所があるって」
ちょっと待ってください。なにこの重苦しい流れ。ボクとしましては望まない流れですよ?
「ほんとさあ、帰る場所があるっていいよね?」
未成年者の剣幕にグイグイ押されて、胸が苦しいです。
「あたしさ、歩合制なのよ」
「はい?」
「あのバイト」
「バイト? え? 君バイトなの?」
バイトの小娘に鼻で笑われながら、宇宙戦士とかやってたの? 嘘でしょ?
「あたしの業界、なかなか大変でさ。超好待遇だったから」
いや、どの業界か知らないけれども。え? こいつバイトなの? ほんとに?
「首のタトゥーは……マンダリン? マンドリル??」
「マンドラゴラね。これはね」
ハルはそのマンモスハッピーさんにテープを貼りつけて一気に剥がした。タトゥーも綺麗に剥がれまして、シールだったんかいーである。タイムリープしてあの時のドヤ顔のケイスケをしばきたい。
「シールだろうとなんだろうと、あいつらがやばい組織ってのは知ってる。でもね、好きなように制作していいって言われたらさ。予算も青天井だったしね」
「ちょっといいか?」
ハルが首を傾げた。
「制作ってあれか? もしかして俺とケイスケを踊らすために、全部仕組んでたってことか?」
「そうね、企画立案は全部あたし」
「ということは? もしかして事故の借金も?」
「それはマジ。なんかとんでもなく高価な実験素材が壊れたとか流出したとか言ってたし。博士も怒ってたし」
そうですか。そこはマジなのですか。残念です。
「夕日が沁みるなあ」
ハルも目を細めて、沁みるわねとつぶやいた。
「ところでさ。あんたたちなんか企んでるんじゃないの? さっきの話の続きだけど。というか今日はその話をつけるために来たんだけど」
「そんなこと言われてもな」
仮にですよ? 仮にも企んだらその手の中のスイッチでビリビリじゃないですか。痛いじゃないですか。
「だって、あんたの相方、いきなりラボにきて、博士と意気投合よ? しかも、次の企画会議、あたしに出なくていいって言うのよ? 何か企んでるって、そう考えるのが自然でしょ?」
「そうかい。それは一理あるな」
一理どころか、俺は胸騒ぎしかしない。ケイスケが張り切って、今まで事が丸く収まった試しがない。
「ケイスケさんって何者なの? 博士との会話、意味不明だけど、それでも会話が成り立ってるのがホラーなんですけど。元からクスリでもやってるの?」
「脳内のオクスリがしばしば溢れてんだよ」
なにそれ意味わからないとハルは口をへの字に曲げた。
「バカと天才は紙一重って言うだろ? 土俵際で物言いがついて、天才やや有利かという我々の期待を裏切って、延々と取り直ししてるような男だ」
「ふーん。博士になり損ねた感じね」
うーん。フォローになってる? それ。
「興味のある分野には、尋常じゃなく入れ込むタイプでしょ?」
「それな。教授陣にもすこぶる受けがいい。典型的な学者タイプだ」
恵まれてるのねとハルは頬杖をついた。
「所詮あたしバイトだし、いつ解雇されるかわからないし。そこにきて、今回の件。お払い箱確定じゃない」
ハルはペットボトルをくしゃりと潰して、ブランコから立ち上がった。
「あんたなんにも知らなそうね。悪かったわ、付き合わせて」
ペットボトルを投げて寄越して、ハルは颯爽と夕闇に消えた。まったく、なんで最後にそんな目で俺を見る。
夕闇をマリンバの音がつんざいた。スマホの画面には小足立圭介の文字が踊っている。
「ケイスケ。今どこにいる? 博士のところ? おまえ講義さぼって何やってんだ? おかげで禿カッパに絡まれたじゃねえか。なんでおまえのさぼりを俺が糾弾されなきゃならねえんだ? あん? なんだって? 次の仕事を決めた?」
言うだけ言ってケイスケは電話を切りやがった。次の舞台は海らしい。
海か。海でカボチャに何させようっていうんだ。宇宙の次は母なる海に帰るつもりか? 一体ケイスケは何を企んでいるんだろうか。
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