Ⅲ
だからこそ、この世界で生きていくためには国家魔法師の資格と国際魔法師の資格が必要だったのだ。この二つさえ手に入れば自分の帰る手段が見つかる。そして、偶然に出会った吸血鬼は運が良かったと言ってもいい。
一人で旅を続けるのには限界がある。自分と共に旅をしてくれる相手は、自分と同等、それ以上の相手がいい。それにラミアは吸血鬼だ。人ではあるが人ではない。もしかすると、そっちの方が都合のいい事がある。
「貴方はこの世界に来る前は何処に住んでいたのかしら?」
ラミアは汚れた口元をテーブルに置いてある白い布で拭き取る。話が進んでいるうちにそのほとんどを食べ終えたらしい。
店の中は、二人以外に他の客もいる。そのほとんどが男だ。少女を連れているボーデンは、どう見ても浮いている存在だ。だが、今はそんな事関係ない。
「ドイツだ。ヨーロッパ州に属している一つの国で、豊かな気候でぶどう酒……ワインとウインナーなどが有名だ。そして、隣接国々を自由に行き来出来る」
「それは平和な世界ね。酒が飲み放題、一度は行ってみたいものね」
ラミアは、舌舐めずりする。
「それ程いい国とも言えないけどな」
「どうして?」
「確かにここよりは平和かもしれないが、向こうは向こうで国同士の争いが世界中で起こっている。それは武器を使った戦略的攻撃や政治的攻撃、時には身内でのテロだってある。だが、魔法が無いだけでも救い用がある」
ボーデンが難しい顔でそう言うと、ラミアはお腹を押さえながら笑っていた。
「ハハハ……。なんだ、そういう事なの? そんなの大きな事ではないわよ。そんな事、何処に行ったって同じじゃない。人がいれば争いは生まれる。生き物がいる限り、争いは止まない。この世界にアダムとイブが誕生してからもう始まっている事よ」
ラミアの赤い
「それで、何で貴方は私をあの檻から出したのか、そろそろ教えて貰えるかしら?」
長い金髪を触る。
「理由ならたった一つだ。俺が帰る手段を手伝って欲しい。それが終われば、お前は自由だ。どうだ? 等価交換に沿っているだろう?」
ボーデンはたった一つの交換条件を交渉のテーブルに乗せる。
この条件に乗るか、乗らないかは彼女次第だが、ボーデンの額から汗が流れる。
「
またしても、ラミアは笑う。
ボーデンの出した交換条件があまりにも可笑しすぎて、胃が痛くなりそうになった。
高貴たる吸血鬼が人に対して、そんな事を言われたのは初めての事である。しかし、自分を檻から出したのはボーデンだ。そこは感謝している。
「それでどうだ? この条件を呑んでくれるか?」
ボーデンは最後の推しに入る。
ラミアは腕を組み、足を組みながら、ボーデンの話を悩んだ。
そして––––
「ダメね……」
拒否した。全く釣り合わない条件だった。
それが妥当だ。ボーデンが元の世界で帰る事で、自分は自由になる。それはいい事ではあるが、それまでの代償が少なすぎる。ラミアの頭の中では、面白い事をいくつも考えていた。
「どうしてだ⁉︎」
ボーデンがテーブルを叩き、勢いよく立ち上がる。
自分にとっては好条件と考えていたはずだが、それは相手にとってはそこまでないと判断されたからである。
「それはそうでしょ。高貴たる吸血鬼がそんなちっぽけな条件を呑むとでも?」
ラミアは、逆に立場を利用してボーデンに襲いかかる。
可愛い顔をしながら慌てているボーデンを見る。
「だが、私が出す条件によっては貴方の望みを手伝う事を考えてもいい」
「条件?」
「そうよ。こちらとしてもそれに対する同等の条件が必要。だけど、貴方が思っているよりもそれは高い条件よ。やる? それともやらない?」
その提案にボーデンの思考は、高速に回転する。
ラミアの出す条件に乗るか、乗らないかは自分自身であるが、その内容はまだ、提示されていない。恐らくは、その条件とやらは何も言わずに進んでいくのだろう。ボーデンの歯を食いしばりながら、震えた声で答えを返す。
「分かった。それでいい……」
「いいの? 条件はまだ何も出していないわよ」
ラミアがボーデンに言う。
「ああ、どうせ。俺が想像している以上の条件をいくつもテーブル上に出すんだろ?」
「分かっているわね。この短時間で私の性格を見抜くなんて、色々と見込みがいがありそうな男ね」
再び舌なめずりするラミアを見て、ボーデンはどんな要求をされるのか。悪寒が全身を走った。
「それはどうも。人とこれくらいの時間、話をすれば大体の事は想像できるものでね。それで、どんな要求をするつもりなんだ?」
ゆっくりと椅子に座り、薄笑いする。
「それじゃあ、お言葉に甘えて一つ目の要求でもさせてもらおうかしら?」
ラミアはゆっくりと立ち上がり、ボーデンの方に歩み寄ってくる。そして、左隣に座るとボーデンの左腕の袖を捲り上げた。
「おい、何をする気だ⁉︎」
「黙ってて」
ラミアは口を開き、吸血鬼が持つ犬歯が輝く。そのままボーデンの左腕に噛み付いた。
「痛ぇ!」
ボーデンは悲鳴を上げる。
自分の左腕が噛まれ、そこから血が流れ出している。腕に四つの穴が開いた感覚が悲鳴を上げて、痛みが伝わってくる。
噛んでいる当の本人は、じっとしたまま動かずにボーデンの血をただ吸い続けている。吸血鬼にとって生き血は、最高級の食材と言えるだろう。
人間の血が自分の体内に流れ込んでくる。赤い燃える遺伝子が少女の体内で激しくぶつかり合っている。熱く、熱く、燃える炎が自分の体を焼き尽くす。
「んっ」
ラミアは腕から離れると、空いた四つの穴は血が止まり、次第に塞がっていった。
「ふぅ……」
ラミアは、口元についた血を最後の一滴まで拭き取り、自分の体内に取り込む。
ボーデンは、自分の腕を半信半疑で何度も見返しながら、自分の体に異常がないか確認をする。
「何をしやがった‼︎」
怒るボーデン。
「血を吸ったのよ」
「血を吸っただと⁉︎」
「そうよ。吸血鬼にとって、契約する以上、血を貰うのは常識。吸血された者は血の従者となり、吸血鬼の恩恵を受けられると対照的に吸血鬼は、魔力を取り戻す。つまりはこれで貴方と私は
ラミアは、意地悪そうな笑顔を見せて説明をした。
「嘘だろ……」
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