この××、何かがおかしい

床波

No.1 プロローグ


ガタン、ガタタンーーー…


朝の冷えた空気とは裏腹に、室内は暖房が効いて暖かい。眠気を帯びた身体が、壁にもたれかかっているエリコのまぶたを閉じさせようとする。

規則正しく揺れる電車は、今日もたくさんの人々を乗せ走っている。都心のように満員ではないが、朝ということもあり、電車内は混んでいる。


季節はもう師走を迎え、すっかり寒さを抱え込んでいた。最近起きるのが辛い。

エリコは3両目の後ろ側のドアから入り、後ろの壁際に立つのが好きだった。身体の左側を壁に預け、ぼーっと窓の外を眺めるのだった。エリコも雑誌編集者として3年目。任せてもらえるのはまだ小さな記事だけだったが、小さいながらも働きがいを感じていた。そして職業柄、人間観察が趣味だった。


電車が駅に着き、ドアが開くとたくさんの人が乗り込んでくる。わたしの目の前には40代くらいのサラリーマンが座っていた。サラリーマンの横には50代くらいの女性が座っている。2人とも耳にイヤホンをし、眠っていた。わたしの後ろにも人が立っているようだが、顔は後ろなので分からない。男性のような気がする。わたしの横はおばあさん。おばあさんの横は高校生らしき制服を着た女の子が携帯電話をいじっている。窓の反射越しに見る顔は不機嫌で気だるそうだった。電車が少し混んでいるということもあり、パーソナルスペースが窮屈だからだろう。




「ゲホッゲホッ‼︎‼︎」



横のおばあさんが急に大きく咳き込み出した。よほど大きな声だったのか、サラリーマンがちらりと目をやった。


次の瞬間

「ゲホッ…ゴホッ…カハッ」

バタンッ

「きゃっ‼︎」

おばあさんが倒れた。女の子のほうに寄りかかりそうになったが、体制を立て直し、そのまま床に体を打ち付けた。


「大丈夫ですか」

わたしはしゃがみ込み、倒れたおばあさんを揺すってみたが反応がない。

視線を感じ、パッと上を見ると、女子高生と目があった。なんだか気まずそうにこちらを見ている。


どうしよう、どうしたらいいの。こんなこと初めてで、何をしたらいいの?

「だれかー…」

誰かが緊急停止ボタンを押した。アナウンスが響く。


ざわつく車内。

おばあさんが冷たくなっていくように感じた。



「大丈夫ですか。」

若い男性の声がし、わたしの横から、手が伸びた。

どうやらわたしの後ろに立っていた男性のようだ。





わたしはそこから先のことを覚えていない。






ただ覚えていることは、おばあさんを撫でる、細く綺麗な指は、雪のように白くて、なんだか恐ろしかった。









2019.12.04

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この××、何かがおかしい 床波 @tokonamimi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ