この物語は他人の作品をパクって作られています。

崎岸ささき

1人目

ーこれは、他人の作品をパクって作られています。ー


君が好きだ。という想いを私は食べている。苦くて苦くて堪らなくてビターチョコレートみたいな味がする。毎日食べる度その想いは消え去る。

だから「きみ」は毎日違う誰かだ。自覚し、適応させることで食べた事とする。

誰でもいい。だって誰でも好きになれる。自分以外は。

プライベートで関わる人は居ない。正確には私が好きになれば想いを食べるのでその人への興味は失せる。そういうシステム。

友達という体のいい好きの塊は便利だ。ヒョイパクできる。食べ終わればどうでもよくなる。連絡されても嬉しい楽しいなんて気持ちは起こらない。



「筑前煮の不思議な甘さについてですけど」

「またその話するん? 神崎さん」



帰りの電車の中で同僚の神崎さんは楽しげに新しい話題を出す。

彼女は元友人だ。オンラインゲームで知り合って、彼女に抱いた「友人的な好意」は1年付き合った上でオフ会で顔を合わせたタイミングでドカ食いした。

1年熟成させた甲斐があってそこから1年私からは一切連絡はしなかった。

しかし、彼女からしたらそんな私の悪癖はわからず、元からのおしゃべりな性格で勝手にメッセージを送ってきたし、オフ会までの間で積み重ねてきた私の情報をもとに勤め先に就職してきた。

そんなことがあったせいでプライベートでは自分の情報は嘘偽りばかりを吐くようになった。自業自得ではあったが、彼女のせいにしておく。




チバさんは宇宙人だ。

当たり前のように自分と他人を隔てようと頑張る人間みたいな「宇宙人」だ。

本人からすれば宇宙人だった記憶を、感情を貪り食うことで叩き壊しているという行動は、自覚はないのだろう。チバさんには性という概念がなく、人に対する感情が「好き」は美味しい、「嫌い」は不味いとしか考えていない、気がする。

嫌いなものに対する率先の仕方が、あまりに自然すぎる。

私はそんな宇宙人のチバさんが、とても好きだ。だってチバさんに向けられる好意まではチバさんは食べない。否定しない。

それって実はすごい気がする。だから、私は、チバさんが好きだ。



「チバさん、触手に元気無いですけど」

「え。ほんま? 嫌やなあ、明日雨降るんかな」


改札を出ながら自分の頭部の触手を触ってみれば確かに少し水分が減っている。

天気が崩れる時は大概身体のあちこちに不備がある。気分とか体調関係なくだから困りもの。息をつけば白い息がもわん、と視界を曇らせた。


「うひ、油断したわぁ」

「またメガネ曇っちゃったんですか?」

「二の口からいつもは息は吐くようにしてるんやけどねえ」

「チバさん、雨嫌いですもんねえ」

「言ったっけ?」

「3年前の古戦場レイドの日台風が近づいてた時に言ってましたよ、通話で」

「ジェレオン戦もう3年前? 早ない?」

「ジェレオン戦じゃなくてハジェレバシオンですよ、チバさん」

「人間の発音苦手やねん」

「いや、関西の方言使うチバさんが人間の発音苦手とか言っても」

「長いし、あのタイトル」

「めんどうくさいだけじゃないですか」


まあね。と痛いところを突かれて視線を風景に向ける。

そうしたら、ま。知ってましたけど。と彼女は続ける。楽しげに。


「そういや神崎さん」

「はい?」

「…や、なんでもないわ」


口にしようとした思考に戸惑って珍しく話をぶった切った。

知ってましたけど。という楽しげな口振りで、やけに寒かった顔面に温かさが戻った事。その意味の疑問を、ぶつけようとしていた。


好意を食らったら、二度と似たような感情は相手には抱かなくなる。

そう思っていた。そうだった。抱かなかった。

その前提が覆された。「興味」。

彼女の、相手に不快を抱かせない楽しげな口振りは興味が失せたあとも変わらなかった。

何故だろう。と。私は彼女に問いたくなっていた。

問いたくなって、やめて、消えた。



チバさんの歩幅が変わった。明らかに。早くなった。

「チバさん?」


「え、はい?」


口調も違った。戸惑いと、驚きの表情。普段から無表情だけれど、今は、本当に無だ。わかる。


「何か私に用でしょうか?」


足が止まった。距離ができた。びっくりした。

オフ会でもすぐに安心できたチバさんの雰囲気が、消え去った。



「チバさんですよね?」

女性は私に聞いた。

「はい、チバです。」

私は答えた。そして気がついた。

「隣の席の、」

「よかった、そこは覚えててくれてた。…良かった」

緊迫していた表情から安心したという顔に変わる。

「芝村さん。でしたよね」

「本名で呼んでくれたのにこんなに悲しい事は二度とないと思います」

早口だった。悲しそうな顔をしたかと思えば少し笑っている。

「それで、芝村さんが何故此処に?」

「帰りの電車が同じで、……チバさんを見かけたので今声を掛けました」

何やら不思議な言葉の使い方をして、芝村さんは私に説明してくれた。

「そうでしたか」

「……チバさんは、このまま帰宅されますか?」

「はい、帰ります」

「……そうですか」

「何か?」

首を傾ける。ぎゅむ、と身体が音を立てる。疑問、浮きはするが、理由がわからない。隣の席の芝村さん、としか認識してこなかった相手に色々話しかけられている。プライベートな時間に。

とても、苦痛だと感じた。だから嘘をついた。


「急ぎの用があるのでまた会社で話しましょう」


「チバさん、今日で仕事辞めたじゃないですか」


そうだったか?と記憶を漁る。覚えがない。


「送別会、嘘をついて私と飲み直そうって抜け出して。一緒に帰って、ゲームしましょうって、約束……っぐす」


泣き始めた。怖い。そんな記憶はない。辞めた記憶も、約束したことも、送別会の事も。知らない。

だから、触手に仕舞っていた端末を持ち上げて確認する。部長からの「お大事に!新しい場所でも活躍するチバさんを応援しているよ!」というメッセージが、20分前に存在している。あと、交換した覚えがない社員達からの「栄転おめでとう!」というメッセージが数週間レベルで大量にあった。

なんだ、これ。と思った。記憶にない。怖い。


「記憶にないから、ごめんなさい」


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