かみさまの忘れ人 番外編
KMT
第1話「後日談 その1」
フォーディルナイト クラナドス城 6階にて
ロイドとヨハネスは長い廊下を歩いていた。周りを見渡しながら、持っている紙にチェックを入れる。廊下は箒や雑巾を持っているギャングがあちこちで掃除をしていた。
「よしよし、ちゃんとやってるな」
「はぁ……なんで俺達がギャングの教育係なんか……」
ロイドはため息をついた。ちょうどトイレを通りかかり、ロイドの発言が中を掃除していたギャングに聞こえた。
「それはこっちの台詞だ! なんで俺達がトイレ掃除なんか!」
ものすごい勢いでバスタが飛び出してきた。剣ではなく、便器のブラシを高らかに掲げながら。
「お前ら幹部の罪は手下達に比べたらかなり重いからな」
ヨハネスは他人事のように呟く。嫌みが込められている。
「ていうかここのトイレ、なんであんなに個室が多いんだよ!」
「そんなこと俺達に言われてもなぁ……」
ロイドは腕を頭の後ろに持っていく。バスタはよく文句を叫ぶ。あの大規模な戦闘が終わり、戦闘力を認められたギャング達は何人か騎士団に入団したのだが、バスタやザック、フェルニーはあれから毎日雑用ばかり任せられていた。一応これも騎士の仕事ではあるのだが、まるで奴隷のような気分だ。
「あぁ……面倒くせぇ……」
「まぁそう怒るな。俺達だって騎士になったばかりの頃はよく雑用を押し付けられたらしいんだ」
「らしい?」
バスタはロイドの発言に引っかかるものを感じた。
「記憶が無ぇんだよ」
「……そうか」
バスタは悟った。被害者は自分達ギャングだけではないのだ。騎士だって近くで王族に従っている者ではあるが、能力のことについては知らされておらず、何度も記憶を奪われた。ロイドやヨハネスら騎士も記憶喪失に悩んでいたことがわかり、自分達だけが被害者面していたことが恥ずかしく思えたバスタ。
「でも、女王が国民の操作をしているって知った時は別に憎しみとかは感じなかったぜ。俺達はずっと女王に仕えてきたんだからな。女王を信頼しているから、俺達は女王の仰せの通りに生きていくぜ。それが騎士ってもんだろ」
「……」
ロイドは窓から差し込む光を目一杯浴びる。瞳は真っ直ぐ女王の目指す国の未来を見つめている。
「……そうか」
バスタはそれ以上言葉を続けず、トイレの掃除へと戻って行った。何かを学んだのだろうか。
「おう! 掃除頑張れよ~」
バスタの後ろ姿に向けて手を振るロイド。
「ロイド、お前……」
「ん?」
ヨハネスがロイドの顔を覗き込む。
「熱でもあるのか?」
「は?」
「今の発言、いつものお前らしくないぞ。なんかすごくカッコよかったし」
「はぁ? 何だと! いつもの俺はカッコよくねぇってのかぁ~!?」
「おいこらやめろ!」
ロイドはヨハネスの髪をいじくる。いつもの二人に戻ったようだ。
「……」
ガメロは中庭で箒を手に掃き掃除をしていた。昼食の時間がすぐ迫ってきている頃合いに、ガメロはただ一人青く澄み渡った空を眺める。
「……綺麗だ」
「何してるの?」
ガメロは後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには青白いドレスを身に纏ったアンジェラがいた。まだ幼い少女ではあるが、これでもフォーディルナイト王国第17代国王だ。
「見てわかるだろ、掃除だ」
「手動かしてないじゃん(笑)」
クスクスと笑いながらガメロを指差すアンジェラ。もうすっかり友達感覚でギャングと接している。
「なぁ、アンジェラ」
「何?」
「この空は、いつもこんな風に綺麗なのか?」
おかしな質問に戸惑うアンジェラ。ふざけてはいけないような雰囲気だけは察知して真面目に答えた。
「そうね。いつも綺麗よ」
アンジェラはガメロに歩み寄る。ガメロは完全に更正しているため、もう彼女に危害を加えることはない。
「まぁ雨降ったり、雪降ったり、色々なものを落としてくるから時々曇ったりはするけど、いつも綺麗。毎日部屋の窓から眺めてたもの。鳥かごの中でね……」
「そうか、俺は真逆だ。こんな風にゆっくり空を見上げたことはない。いつも目の前にあるしたいことだけをして自由に生きてきたからな」
ガメロはアンジェラに顔を向ける。
「だからその……色々とすまなかった。お前の自由を脅かしたりして」
「んもう……何度も言ってるでしょ! 許してあげるってば!」
腕をバタバタさせるアンジェラを見て、ガメロはつい面白おかしく思って口元を緩めてしまう。フォーディルナイトを代表する人間が、まさかこんなに剽軽な者だとは思わなかった。
「でもそうねぇ~、どうしても償い足りないって言うんだったら……」
アンジェラは手を組んで考え込む。そしてひらめく。
「私の部屋、代わりに掃除しといてくれる?」
「それくらい自分でやれ」
「嫌! ガメロがやりなさい! これは女王の命令よ!」
アンジェラは成長途上の胸を張ってガメロを指差す。
「女王様~、お昼ご飯ですよ~」
「ガメロ様~、あのバーの奴らが作ってくれたらしいっすよ~」
廊下の出入り口からケイトとバスタがやって来た。今日はケイト達を含むバーの従業員が城に出張に来ていた。定期的に城の厨房を借りてアンジェラや騎士達に料理を振る舞っている。あれから城も民間人が自由に中を見学できる空気に変わっていた。
「やった~、お昼お昼~♪」
「行くか。そろそろあのバーの味が恋しくなってきたからな」
「アンタは私の部屋の掃除してなさい」
「だから自分でやれって!!!」
ガメロは大きな声でツッコミを入れる。食堂へと急ぐケイトとアンジェラの後を追いかける。
「……?」
ガメロの足がふと止まる。廊下ですれ違った一人の女性に気を取られる。どうやら城内を見学している民間人のようだ。
「……」
「どうしたんすか?まさかあの女に一目惚れでもしたんすか?(笑)」
からかうように言うバスタ。ガメロは黙った。今初めて顔を知ったあの女、なぜか他人のように思えなかった。この感情は初めてではないが、今までのとは何か違う。
「……まぁな」
ガメロは何事もなかったかのように歩き出した。その気がかりな見覚えを心の中にしまい込んで。
「やっぱり~」
バスタもガメロの後に続くが、すぐに立ち止まって呟いた。
「…………え? マジっすか?」
ガメロが惚れた修道服姿のその女性は、遠ざかるガメロの背中を見えなくなるまで見つめていた。
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