20 アオイさんがいない日①
窓から差し込む光に圭太は目を覚ます。すぐに時計を確認すると針は午前の八時を指していた。遅刻すると一瞬だけ慌てるもすぐにここが学校だということを思い出して冷静さを取り戻す。学校に登校する必要がないことで少しだけとくした気分になっていると宿直室の扉が開いた。
「おう、やっと起きたか。昨日は急にいなくなったかと思えば宿直室で寝てるし、一体何時間もどこで何してたんだ?」
「えーと何時間もってどういうこと?」
「それはこっちが聞きたい。お前確か二時間くらいはいなかったぞ?」
圭太は昴の言葉の一部に引っ掛かりを感じていた。圭太からしてみれば、いなくなっていた時間は体感でほんの三十分くらい。にもかかわらず昴によると二時間もいなくなっていたという。それではまるで奇妙な話ではないかと圭太自身不思議に思っていた。
今考えてみればアオイさんは『もう夜中の十二時だ』と言っていた気がする。圭太が時間を確認したのは『水浸しの女』の噂について調査していた時で、そのときはまだ夜の九時半くらいだったはずで確かに二時間程の空白時間があった。
もしかしたらアオイさんなら知っているかもしれないと辺りを見渡して彼女の姿を探すが、彼女はどこにもいない。とりあえず圭太は昴に対して『ごめん、思い出せないや』と笑って誤魔化す。それはこの時間のずれがただ時間を忘れていたことが原因ではないと薄々感づいていたからであった。
「まぁいいか、じゃあ俺は顔洗ってくるわ」
「あ、僕も行くよ」
アオイさんは日課の散歩にでも行っているのだろうかと、そんなことを考えながら圭太は昴と共に宿直室を出た。
◆◆◆
昼休み、圭太のもとには多くの女子が集まっていた。彼女達は一様にお菓子を持っており、何故か圭太に差し出している。
「新海君、これ食べる?」
「こっちはどうかな? 美味しい?」
「うん、美味しいけど……」
正直圭太は困惑していた。昨日の今日でこんなにも女子達の態度が変わるなんてことは普通なら考えられない。
「えーと、どうしてそんなにお菓子くれるの?」
率直に思った疑問を呟けば、圭太の席に集まる女子の中の一人が『それはね』と圭太の手を握る。
「新海君が小動物みたいで可愛いからだよ!」
一人の言葉に一斉に頷く女子達、それに何故か周りにいる男子も微かに頷いていた。何度も言うが一日で態度が急激に変わるなどあり得ない。圭太は再び近くにいる女子に問いかけた。
「でも昨日までは普通だったよね?」
圭太の問いかけに女子達は何やらコソコソと話し合いを始め、最終的には圭太が問いかけた一人が代表して彼に返事をする。
「えーとそれなんだけどね。急に圧が消えたっていうか。何だか話しかけやすくなったんだよね。何故だかは分からないけど」
不思議そうに話す女子は本当に分かっていないようで首を傾げる。それに対して圭太はもしかしたら今日はアオイさんがいないからなのかもしれないと一つの可能性を考えるが、そんなまさかとすぐに首を横に振る。きっとタイミングの問題だったのだろう。
それにしてもこの状況はそれなりに疲れる、そんなことを圭太が思っていると突如として女子達の集団が割れ、その中から見知った人物が現れた。
「ちょっと圭太借りるぞ」
強引に女子達の間に入ってきたのは昴。彼はその一言だけを言うと圭太の腕を掴み、やや強引に引っ張る。
「ちょ、ちょっと痛いって昴」
圭太が小声で昴に文句を言えば彼からは『男なら少しは我慢しろ。折角助けてやってるんだ』とやや強めに返される。助けられていると分かって文句を言えるはずもなく、圭太はそれから昴に連れられるがままに女子の集団を抜け教室を出た。
そして屋上、そこまで来て昴はようやく圭太の腕を離した。離された圭太の腕には若干赤い痕がついており、圭太は少しだけ痛みで顔を歪めて、腕を優しく擦る。
少しして周りを見渡すと、そこには圭太を含めて昴と冬馬の合計三人しかいなかった。しかし圭太は特に驚かない。そもそもこの場所──屋上は普段生徒達が授業を受けている普通棟から少し遠いところにある特別棟にあり、気軽に行ける場所ではなかった。放課後ならまだしも時間に限りがある昼休みに行くのは相当な物好きしかいなかった。というより今いるこの三人しか普段昼休みにこの場所へと来る者はいなかった。
「おお、圭太来たか。とりあえずこっちだ」
「うん、ありがとう冬馬」
冬馬が示した少し年季の入ったベンチの隣へと向かう圭太。彼は座ってからホッと一息吐き、それから何かを思い出したように声を上げた。
「あっ、そういえばまだお昼ご飯食べてないや」
急いで買いに行こうとするもここから購買は遠い、それに財布も教室に置きっぱなしだった。そんな圭太の慌てた様子を見てか冬馬は教室から持ってきたのだろう自らのリュックの中を漁り始める。
「圭太、これ食べるか?」
「いいの? それ冬馬のお弁当なんじゃ」
冬馬はバッグの中から弁当箱を取り出していた。見るからにその弁当は彼がいつも大事そうに食べている妹の弁当でそれを差し出してきた彼に圭太は驚きの声を上げる。
「まぁそうだけど。無理に連れられてきたからな。流石に同情する」
それならと心苦しくなりながらも圭太は冬馬が差し出してきた弁当を受け取る。するとここで今まで静かだった昴が『ちょっといいか』と二人に声を掛けた。突然の呼び掛けに二人は一体何事だと思いながらも昴の言葉に耳を傾ける。それを確認した昴はどこからか一つのデジタルカメラを取り出した。
「これは昨日の合宿で持っていったやつなんだが、これを見てくれ」
そう言って昴はデジタルカメラの画面を圭太達に向ける。そこには合宿中に撮ったのだろう、圭太が大鏡の前に立っている写真が映し出されていた。何か映り込んだのだろうかと写真全体をチェックするが何もおかしい点は見つか……ってしまった。よく見ると鏡の前に人の形をした何かモヤモヤとしたものが映り込んでいた。写真だけでは分からないが、実際にその場にいた圭太にはその正体が何だか分かってしまった。
「良い写真が撮れただろ?」
それは紛れもなくアオイさん本人、それ以外に考えられなかった。
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