3 夜の学校調査②

 校内に入った三人はまず体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下へと向かった。

 というのもその渡り廊下近くには現在体育館と校舎の行き来で使っている扉の他に立て付けの悪い金属製の扉がもう一つあり、鍵が壊れた状態のまま放置されているらしいと校内では有名だった。それでも学校側が何もしないのはきっと誰も開けられないからなのだろう。


「くそっ……全然開かないな」


 昴は扉の取っ手を掴んで思い切り引っ張るが、扉が動く気配は全くない。これは長年の間出入りする人がおらず錆び付いたためか、それともこれが元々の立て付けの悪さなのか。どっちなのかは今のところ判断はつかないが元々これくらい立て付けが悪ければ放置して新しい扉を作りたくなる気持ちも分かる。

 昴の必死に扉を開けようとする姿を見ていた圭太はそれならと昴の肩を叩いた。


「三人で力合わせたらどうかな?」

「まぁこんなに動かないんじゃそれしかないか」

「ほら、さっさとやるぞ!」

「お前が指示するんじゃねぇ、冬馬。じゃあやるぞ!」

「「「せーの!」」」


 圭太、昴、冬馬の三人で一つの取っ手を掴み扉を引っ張る。三人で引っ張ったおかげか扉は僅かに動き始めていた。


「よし! これならいけるぞ!」


 時折扉が外れそうな音が辺りに響くが三人とも気にする様子はない。それから三分程だろうか、そのくらい引っ張り続けてやっと人ひとり分くらいの隙間を作り出すことに成功していた。


「まぁこれくらいで良いだろ。これ以上やったら扉がぶっ壊れそうだしな」


 ふうっと息を吐きながら額の汗を拭う昴。それから彼は人差し指を口元に当てる。


「まだ先生が残ってるかもしれないからここからは静かにな」


 そう言ってさっさと隙間の中に入ってしまった昴のあとを追って冬馬と圭太も隙間の中へと入っていった。


◆◆◆


 校舎の中は暗かった。窓から月明かりが差し込んでいるはずなのだがやはり昼間のようにはいかないようだ。


「思ったよりも暗いな。誰か懐中電灯とか持ってないのか?」


 昴のぼやきにそんなの持ってるはずないだろと冬馬が突っ込みを入れる中、圭太は背中に背負ったリュックを漁る。


「一応持ってきたんだけど、使う?」


 そうして懐中電灯を取り出した圭太に昴は勢いよく詰め寄ると圭太の背中をバンバンと叩き出した。

 

「おおナイスだ。冬馬と違って優秀じゃないか圭太隊員」


 どうもと圭太は言葉を返しながらも叩かれる度、背中痛さに顔を歪ませる。これだけでも勘弁して欲しいのだが今度は冬馬が昴に突っ掛かった。


「俺と違ってとはどういうことだ、昴!」

「こんなところでケンカは止めてよ!」


 咄嗟にいつもの癖で二人のケンカの仲裁に入る圭太。

 しかし圭太の声は聞こえていないようでケンカは段々とエスカレートしていく。


「言葉の通りだろ?」

「なんだとやんのか?」

「ちょっと二人共……」


 何度仲裁しようとしても声が届かない。それどころか向こうの声が段々遠くなっていき、加えて視界に映る景色も歪んでいく。


 流石におかしい、そう気づいたときには圭太は一人廊下に立っていた。

 先程まで一緒にいた昴と冬馬の姿はどこにもない。

 それどころか周りの景色も先程と変わっていた。


「一体どうして僕はこんなところに……」


 校舎の中なのだから当然であるが今圭太がいる場所は彼自身見覚えがあった。校舎四階の美術室付近。いつも移動教室のときに通るが普段は人気ひとけがない場所だ。

 一体どうやって四階まで来たのか疑問が残るところだがあの状況だ。無意識のうちに逃げて来たのかもしれない。


「それにしても……」


 それよりも圭太は夜の学校というものに異様な不気味さを感じていた。誰もいない廊下は昼間と違い、どこまでも続いているのではないかと思うほどに先が見渡せない。だからだろうか、なんとも言えない恐怖も感じていた。


「早くみんなのところに戻らないと」


 少しでも安心しようと手に持っていた懐中電灯の灯りを頼りに歩き始めるが、それでも一歩足を前に出す度に廊下中に響き渡る足音が恐怖をより一層掻き立てていた。

 どのくらい歩いただろうか?

 どれだけ歩いても一向に圭太の周りの景色は変化しない。というより同じ場所をぐるぐると回っているような、そんな既視感を感じていた。


 ──そんなに歩いても出られないよ


 頭の中に女性の声が微かに響く。

 こんな夜遅くまで学校に残っている生徒はいない。

 ということは先生が見回りに来たのだろうか?


 ──聞こえてるんでしょ?


 だとしても姿が見えないのはおかしい。

 普通ならば足音も聞こえる。

 にもかかわらず鳴っているのは一人分の足音だけ。


 ──ねぇ、早く来て


 声は段々とはっきりと聞こえるようになっていく。

 耳からではなく直接頭の中に聞こえてくる声。


 圭太は気づくと、とある扉の前に立っていた。いつの間にこんなところまでたどり着いたのか、いつの間に足を止めていたのかは分からない。分かるのは全く見覚えがない扉の前にいるということだけだった。場所を確認しようにも扉の上に掲げられている教室の場所を示すプレートは黒い塗料で塗りつぶされており文字が読めない。

 

 得体が知れない。

 いつもだったらここで引き返している。

 だがその扉に手をかけた。

 何故そうしたのかは自分でも分からない。

 きっと何かが起きる。

 それでも手を止めることなどせず、流れのままに扉を開けきった。


 開けた扉の先にはただ広い部屋が広がっていた。

 その中でただ一つだけポツンと佇む姿見。

 恐る恐る姿見に近づいていく圭太はその姿見を前にしてようやくあることを思い出した。


「アオイさん……」


 それは鏡の前で質問をすると何でも答えてくれるという『アオイさん』の都市伝説。この状況はその『アオイさん』を連想せずにはいられなかった。

 実際圭太はその都市伝説を信じているわけではなかったが身体中から嫌な汗が吹き出す。とりあえず落ち着くために深呼吸しようと大きく息を吸い込んだ瞬間、すぐ背後から先程頭の中で聞こえてきたものと同じ声が聞こえてきた。


「もしかして私のこと呼んだ?」


 圭太はすぐさま振り向き、そして驚きながらその場に座り込む。


「もう酷いな、そんなに驚かれたら流石の私も傷つくよ」


 驚いて座り込んだ圭太の瞳には月明かりに照らされた長く綺麗な黒髪と少し嗜虐しぎゃく的な目つきが特徴的な制服姿の美しい少女が映っていた。

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