第18戦 呼び出し
「起きたか、プラウダ」
私は後ろのベッドに振り向いて、プラウダにそう言葉をかけた。
「え、え、あぁ、はい、スターリン……さん? で、ですよね?」
プラウダは上半身を起き上がらせると、しどろもどろに言った。
「うむ、それで体調は悪く無いかねプラウダ?」
「それは問題ないですけど、それよりも聞きたいことがあるんですが……」
「たしかにそうだろうな。なら、まずはこっちへ来てくれないか」
私はプラウダにそう言うと自分が座っていた椅子を通路の前に持って行き、机からもう一つの椅子をアレクサンドルを視認できる位置に持って行くとそこに座った。
プラウダはベッドから降りて少しおどおどしながら私が用意した席に近づくと、アレクサンドルを視認をしたようで「え、あ、こ、こんにちは」と言い、アレクサンドルはそれに「どうも」と片手を挙げて返事をした。
そしてプラウダも椅子に座った。私はそのタイミングで口を開いた。
「プラウダ、この男はアレクサンドル・カラシニコフというもので、私達のこの奇妙な状況に深く関わる人物だ」
私はそこまで話すとアレクサンドルに顔を向け、話を再開した。
「そしてアレクサンドルにはプラウダに私にしたような説明をして頂きたいのだが、問題ないかな?」
「あぁ、いいぜ。第一、それも俺の仕事の内だ」
アレクサンドルは私の願いを快く引き受け、プラウダの「あ、じゃあなんだかよく分かりませんがよろしくお願いします」という言葉を聞くと、アレクサンドルが早速説明を始めた。
アレクサンドルの説明の間、プラウダはこの非日常的な状況でよくもと思うほど元気に驚いていた。プラウダには悪いものの、彼が挙げる素っ頓狂な声はかなり面白く、私にとっていい気分転換になった。すまないな。
そしてアレクサンドルの説明が終わると、プラウダは真っ先に「だ、大丈夫でしたか? スターリンさん」と私に声をかけてきた。おぉ、本来ならばその疑問は私が君に投げかけるものなのだが……。流石は現代において初めて私が心を許した男だ。
「君が私の身を案じる必要はまるでない。それどころか逆だ。なので今度は私が尋ねよう、同志プラウダ。何か問題はないかね?」
「はい、僕のほうは何も。だって、家でスターリンさんの帰りを待ってたら、いきなり眠らされて、どことも知れないとこに拉致られただけですから」
ふむ、この明らかな異常事態を『~だけ』で締めくくるとはな。肝が据わっているというか、馬鹿に前向きというか。まぁ、本人が問題ないというのであればそれで別段構わないだろう。
「しっかし、スターリンさんは転生は転生でも、自分から進んで転生したんじゃなくて、その……連邦クラブ? に強制的に呼び出されたんですね」
プラウダは言った。私はそれまでプラウダの話の中でしきりに頷いていたが、はたとその行動をやめ、己の脳内で起き上がった考えを放った。
「転生という言葉には私は疑問符をつけるぞプラウダ。転生という言葉には霊妙なイメージが纏わっているし、何より連邦クラブからの使者が科学的な技術を使ったと言っていたからな」
「あ、ああ、そうなんですか。で、でも、科学的にってどうやって……」
「それは恐らく、私はおろか君ですら知らない未知なる技術だろう」
「未知の技術なら、魔法みたいなものと変わらない気も……」
ほう、私の発言にプラウダが二度も切り返してくることは珍しい。私はそう思いながら顎を手でさすり始めた。
ところで、プラウダは気づいていないだろうが彼は意外にも論戦が得意な人間であることに読者諸君は気づいているだろうか。さながらドイツ軍の電撃作戦のように、相手の発言の穴を瞬時に見極め、即座にそこを攻めてくるといったところだ。このようなタイプに論戦で勝つには相手に気づかれない内に論点をずらせばいい。よって、今回もその戦法を使おう。
待て、一応言っておくが私は何もプラウダをこき下ろしたいわけではないからな。
私はプラウダの目をしっかりと見据え、反撃の弁をいざふるおうとした。しかし、それはアレクサンドルによって阻まれた。
「まあまあ、旦那が転生したかどうかを知りたいなら、俺が旦那にテストをしよう」
そう言うアレクサンドルに対し、私は怪訝な表情を浮かべた。
「そんな表情をするな、旦那にそんな顔で見られると明日には死んでそうだからな。それでな、テストといってもちょっとした質問をするだけだ。手間は取らせない」
「……いいだろう」
私は不承不承アレクサンドルの申し入れを承諾した。
「じゃあ、まず、旦那が転生したとき、旦那は女神とか老いた神に会ったかい?」
「ん? もう一回言ってくれ」
私は反射的にそう言った。
「だから、旦那が転生したとき、旦那は女神とか老いた神に会ったかって」
ど、どういうことだ?
私にはアレクサンドルの質問の意図が分からなかった。そこで次のような結論を無理矢理出した。
まさか、これが現代の精神医学的な質問か何かだろうか。だとすれば、私がいない間に人類の文明は飛躍的に発展したのにも関わらず、精神医学的なものは明らかにおかしな方向へ向かっているが……。
私が目尻でプラウダを捉えると、プラウダもあたふたしていた。
「い、いや、そのようなもの見たこともないが……」
私はおどおどしながら答えた。
「おっけ、なるほど、じゃあ、なんらかしらの特別スキルとか、悪魔的なチート能力とか持ってるか?」
「ががっ!」
アレクサンドルの二つ目の質問で、私の脳内に浮かんでいた疑問符が爆発した。
かつて精神医学に関しては軍部で盛んに研究が行われていたが、最終的にこのような形態に育つとは。
「持っているならこんなところにいるわけないだろう」
私は自分の顔を手のひらで隠すことで視界を遮断しながら言った。
「そうかそうか、それなら最後の質問だが、旦那の口癖は『またオレ何かやっちゃいました?』かな?」
「そんな言葉! 私の生涯で一度たりとも使ったことはない!!」
私はもう無我夢中に返答した。
「よしっ、じゃあ旦那は転生者じゃない!」
アレクサンドルは声高らかにそう言った。
私は「そんなことはわかりきっているが今のような質問ではどうも……」などと心の中で呟き、再び目尻でプラウダを捉えると、「あの~」とプラウダがややへりくだった態度で私とアレクサンドルの会話に入ってきた。
「カラシニコフさん、フィクションと現実を混同させるのはちょっと……」
するとアレクサンドルは両手を挙げ、頭を左右に振りながら「そりゃそうだな」と言った。そしてそれに続いて「あ、待て、プラウダ。俺のことはアレクサンドルでいいぜ」と言った。
それにプラウダは少しもじもじしながら「え、じゃ、じゃあ、アレクサンドル……さんで」と細々と言い、ぺこりと頭を下げた。恐らく、彼は初対面の人に対しては少し距離感を置きやすい人間なのだろう。しかし、そうなれば、あの時の私への対応は驚くべきものだ。
「おっ」
不意にアレクサンドルはそう言い、先程小型の機械をなおしたポケットに目を向け、それを取り出し、私が辺りの空気が一変したことを本能的に感じるとアレクサンドルはそれを口に添えてこう言った。
「あーはいはい、アレクサンドルです。で、もうですか」
その後、アレクサンドルと小型の機械の向こうにいるであろう人間の会話が続き、それと共にアレクサンドルの顔が曇っていった。
アレクサンドルは「じゃ、今から行きますわ」と言って会話を終了し、もう一度小型の機械をなおした。
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