第17戦 赤狩り機関

「……んっ、うんんっ、んぅぅ」

 私の目の中に天井の照明が入ってくる。その眩しさに私は開きかけていた目を再び閉じたが、開閉を繰り返す内その明るさに次第に慣れていった。

 どれほど眠っていたのだろうか。私はまどろみながらそう考え、両手で毛布を押しのけて体を起き上がらせようとする。

 たしか、私はアレクセイと共に林の奧の方へ突き進んでいたはずなのだが、ここは一体? 見たところ、ホテルの一室に近いようだが。

 私は上半身を完全に起こし、ふいと頭を右に動かした。

「なっ?!……」

 私の視線の先にはプラウダの寝顔があった。

 なぜプラウダがここに? といっても、私にもここがどこか分からないが。

 私は友と再会を嬉しくも思ったが奇妙にも思った。しかし、とにかくプラウダに何か事情を聞こうと、私はプラウダを揺すり起こすために手を伸ばした。

 いや待て、ぐっすりと眠っている友を無理矢理起こすのはおかしいだろう。私だって眠りを妨害されたら激昴するのだからな。

 私は手を引っ込め、とりあえずベッドから出ることにした。

 枕元に置かれていた軍帽をかぶりながらベッドの左側に降りた私はまず両足で立てることを確認し、次に部屋を見回し始めた。

 私のすぐ左横は白色の壁紙が貼られた壁だったが、クローゼットらしきものの扉が設置されていた。そして、真正面には本棚(本はないが)、二脚の椅子とテーブル、テレビが見える。最後に、私の右手には当然のことながら二台のベッドがある。窓やベランダといった外の様子を確認できるものはないようだ。私は自然を愛しているので、かなり残念だな。

 私がそういう風に己の状況を確認していると、「……どうやら、起きたようですね」と陽気で明るくともどことなく軍人らしさを感じさせる声が聞こえてきた。

 私は突然のことに体が震わせたが、それが人の声であったため一瞬だけの事だ。そして、新たな情報をつかめるかもしれないと思い、声の主の方にゆっくりと近づいていった。

 恐らく、私から見て真正面よりの左側にある通路のような場所から聞こえてきたのだろう。

 いつでも軍服の懐から私の拳銃を取り出せるように身構えながら、私は足音を立てないように通路の入り口に接近し、遂に声の主を視認できる位置に来た。

 そこには、椅子を反対向きに置き、椅子の背もたれの部分に両腕と顔を置いた碧眼の軍人がいた。しかし、男にしては長い金髪の前髪を後ろに全て流しており(数本は前に出ている)、軍服は袖を肘までまくった上ボタンは全て開けている、更には筋肉のつけ方が軍人というよりアスリートに近いので一見は軍人に見えないだろう。

 もし往時の私の部下にこんな奴がいたら間違いなく粛清している。 しかし、悪どい人間ではなさそうだ。

「よっ、起きたかい? スターリンの旦那」

 男は口元に添えていた小型の謎の機械をポケットに直しながら言った。

「あ、あぁ。それで君は?」

 「俺? 俺か?」と男は言いながら椅子を勢いよくはり倒して立ち上がると、自分を親指で指しながら話を続けた。

「俺は旦那達の監視役、レッドパージ実戦部隊副隊長アレクサンドル・カラシニコフ少佐だ!まぁ、好きなように呼んでくれ」

 ほぅ、凄く勢いがある男だな。見た目通りといったところだ。

「なるほど……それならば、アレクサンドルと呼ばせていただこう」

 私はこの男と自分の距離を近づけて、情報を手に入れやすくするためにこの男を名前だけで呼ぶことにした。すると、アレクサンドルは「おっと」と言いながら倒した椅子を持ち上げ、椅子に本来の座り方で大股開きに座って腕を組むと口を開いた。

「アレクサンドルか、いいぜ。それでな、俺は個人的に旦那についていろいろと聞きたいが……旦那はそれじゃ嫌だろう。だから、まずは俺達について何か質問していいぜ」

「そうか、それはありがたい。では、手始めに君達が何なのかを知りたい」

「俺達はレッドパージ(赤狩りの意)という連邦保安庁下の非公式の国立機関だ。目的は熱烈な共産主義者の弾圧っていう、なんともくだらない目的だよ」

 そう言うアレクサンドルの目は口調と違って、少し哀しそうに見える。

 共産主義者の弾圧という聞き逃すことの出来ない話はとりあえず置いて、このアレクサンドルという男は自分が所属している組織に不満を感じているのだろうか?仮にもレッドパージとやらの実戦部隊の副隊長だろうに。

「他には?」

 私が黙っていたら、アレクサンドルから話しかけてきた。

「あぁ、そうだな。なら……なぜ私を捕らえたのか、次に私と共に居た彼らはどうなったのか、最後になぜプラウダもここに連れてきたのか。この3つについて是非聞きたい」

 私は指を3本立てながら言った。

「ははっ、一気に質問を重ねてきたな。それなら……1つの話にまとめた方がわかりやすいな」

 アレクサンドルはそこで話をやめ、考え込むような素振りを見せたかと思うと、またすぐに話し始めた。

「まず、俺達が旦那のことを知ったのはyoutubeがきっかけだ」

「ユーチューブか……」

「最初はみんな『そっくりさんが出てきたな』ぐらいにしか思ってなかったんだが、何を思ったか実戦部隊隊長のイヴァン隊長が『念の為に調査しろ』って言うもんだから、指紋を取った結果ビンゴって感じでね」

 私はイヴァンという名を心のノートに書き留めた。アレクサンドルはまだしもこの男は私にとって都合が悪そうな予感がする。それも猛烈に。

「で、とりあえず旦那とプラウダを俺達の機関の監視下に置こうってなったんですよ。旦那はソ連の旧最高指導者だったし、プラウダは旦那と一緒にいたからな。だけど、その調査の間にローベルトとアレクセイとかいう旦那を追う謎の人間も発見したんだ」

「だから、こいつらは一体なんなんだ? という風な話が持ち上がって、それで結局こいつらのことも調査したんですけど『連邦クラブ』っていう謎の組織のことしか分からなかったんだよなぁ。そしてもちろん、今も何も分かってない」

 なるほど、つまり彼らが『奴ら』と呼んでいたのはこのレッドパージのことだったのか。

「それで、旦那とプラウダがその謎の組織に接触した時にまとめて眠らせて捕まえようってなったんだ。そして遂にその日がやってきたが、旦那以外は全員自殺したんだよ!……ただ、プラウダは先に帰らせられたから別の場所で眠らせたか」

 アレクサンドルは今度は少し顔を強ばらせ、語勢を強めて言った。

 私は「そうか……」とだけ一言こぼし、そのまま視線を地面に下げた。

 彼ら連邦クラブは突然私の前に現れていきなり意味の分からない所へ連れていこうとした不届き者ではあるが、一時を共にした人間達だ。ならば、彼らが全員死んだという情報を無視できるわけはないだろう。

 すると、そんな私の様子をアレクサンドルは気遣ったようで

 「あー、いや、まぁ悪かったよ、旦那。だけどよ、これはレッドパージ全体の意思じゃないからな。旦那達を捕まえようって最初に言い出して、実際に捕まえるための計画を立てたのは全部イヴァン隊長なんだ。しかもあの男のやる事だ、ヤクザなやり方で捕まえに行ったに違いないだろうな。とにかく、今は俺の謝罪で許してくれ」と右手を後頭部に回して髪を回しながら、目を細めて言った。

「いや、別に気にしなくていいのだよ。彼らに対して何か特別な感情を抱いている訳でもないのだから……」

 私は目線をアレクサンドルに合わせて言った。

 本来の私なら怒りに身を任せてアレクサンドルに不満を並べ立てるのだが、何故かそういう気持ちは起きない。それどころか、ただ無気力に顔をうつむかせるだけだ。恐らく、ここ最近の激しい出来事に流石の私も疲れているのだろう。

 少し休憩しようと思い、私は先程視認したテーブルに向かって、そこの椅子に座ると口を閉じた。

 それからは沈黙の時間がしばらく続くこととなった。

アレクサンドルは時折決まり悪そうに頬をかくが、それ以上は特に何もしなかった。私はというと、まだ会って1時間も経っていない人間と世間話をする気にもなれず、何をすればいいかも分からないまま、時間がこの状態を解決するのを待っている。

 15分ほど経った頃だろうか、私の後方でモゾモゾっという音が上がった。

「ふわぁ……ん? ここは?」

 どうやらプラウダが起きたようだ。

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