第4戦 とてもじゃないけど理解したくない!

「馬鹿な!こんなのはデタラメに過ぎない!」

 脳が理解を拒否した。新聞を持つ腕がわなわなと震え始め、私は自分の目を疑った。今まで、プラウダが嘘をついているもしくは頭がおかしいから今が21世紀だと言ってると思っていたが、この新聞には濃い黒字で2019年8月30日と書かれていた。一体、どういうことだ。……にわかには信じられないが、もしかするとプラウダの発言が正しいということか? それならば、私がタイムスリップしたということになる! 私の方が気が動転しそうだ!

「デタラメも何もこれは真実です! 大体、その新聞の特集によると、本物のスターリンは約60年前に寝室で病で倒れたんですよ。だから、あなたが本物なわけないじゃないですか」

 プラウダの声は私の脳内にはっきりと響いた、そして私の目はかっと開き、思わずプラウダの胸ぐらを掴んだ。

「どういうことだ! 私が死んでいるだと? 馬鹿も休み休み言え。私は今ここで生きていて、君の目には私の姿が映っているはずだ、これが私が生きているという何よりの証拠だろう!」

「お、落ちついてください!」

 プラウダは私を突き飛ばし、深呼吸をした。私はよろけながら後ろに下がっていったが、威勢だけはプラウダよりもあると自負している。

「いいですか! あなたの姿、形がいかにスターリンに似ていようと、あなたはスターリンじゃないんです! どうしてわからないんですか?」

 私がスターリンではないだと……証明する必要など本来は無いのだが、うざったいな。どうにかして、私が本物のスターリンだと証明してやろう……そうだ、これをプラウダに見せてやろう。さすれば、プラウダも信じざるを得ないだろうからな。

 私はゆっくりと軍服の懐から拳銃を取り出し、片手で構えた。

 それにしても、弾が少なくなっているのだろうか?ずいぶんと軽いな。

「これでも、信じられないかね?プラウダ、」

 プラウダは私の拳銃を凝視した。最初は呆気にとられといたが、だんだんと事態を把握したのだろうか。彼の顔に汗が浮かび上がってきた。

 この行為は私からしてみれば、プラウダへの大サービスだ。普段、私は自分に反対する者を全く信用せず、自分の考えとそれを支持してくれる人だけを信じていた。まあ、最近は誰も信じられなくなり、少しでも疑いの芽が芽生えたらなりふり構わず粛清したがな。

 話をもどして、このプラウダという青年も例に漏れず粛清してしまおうと思っていたが、私にとある考えが脳内をよぎった。それはもちろん、私が本当にタイムスリップしてしまったのではないかという疑惑だ。恐らく、あの新聞がなければそんなことは思わなかっただろう。

「どうした? 私の拳銃マカロフに見とれてしまったか?」

「……」

「それも仕方ない、この装飾エングレーブは世界に二つとない特注品だ。君の琴線に触れるのもしかt」

「ま、待ってください。まず最初に……撃ちませんよね?」

 プラウダは両手をおもむろに挙げながら言った。

 この男、装飾エングレーブのことよりも、拳銃マカロフを取り出したこと自体に驚いてるようだな。それほど珍しい光景でもないだろうに何故だ?

「……今のところは」

 まあいい、今この場を制しているのは私なのだから。

「ふぅ、良かった。で、聞きたいことがあります」

「なんだね?」

「今のロシアの銃刀法では、拳銃の所持が一般的に認められてないことは知ってますよね?」

「……?」

「ま、まあまあ。それで聞きたいことは、何故あなたが拳銃を持っているんですか?」

「簡単な事だ。私が本物のヨシフ・スターリンであり、この国の最高指導者だからだ」

「つまり、あなたは1953年3月5日から今年の8月30日にタイムスリップした、ということが言いたいんですか?」

「そういうことになるな」

 プラウダは頭を抱えこんだ。

 だが、私も冷静ぶっているが頭の中はこんがらがっている。なぜなら、私が今まで培ってきた人間観察力によるとプラウダの反応が嘘のように見えないからだ。

これはもしかすると、私は本当にタイムスリップしたのだろうか?……念のため、確かめてみたいな。

 そういえば、プラウダの発言によれば私は死んでいたな。

「プラウダ、私……スターリンは死んでいるのだな?」

 「あ、、あっ、はい、記事を見ますか?」と言い、プラウダは新聞を手にとって、私のところに向かい、記事を見せてきた。

 私は拳銃をしまって、それをじっと見つめた。その際、プラウダは例の色付きテレビとタイプライターがくっついた機械がある机に座り、「本当に特注品だ……」などと呟きながらカタカタと操作し始めた。

「うーむ、たしかに私が死んでいることになっているな」

「こっちにきてください、ウィキペディアにもそう書いてますよ」

 私はプラウダが操作する機械の画面に書かれた文字を見たが、ここにも同じことが書かれていた。

 私は確信せざるを得なかった。私は本当に死んだのだろう、そしてプラウダの言ってることは正しいと。

 だが、私の言ってることも正しいはずだ。ならば、プラウダに質問してみるか。

「たしかに、私は死んでいることになっているようだ。だが、私はここで生きている。何故だ?」

「そ、それは…え〜っと…」

 プラウダは言葉につまった。まあ、こうなるか。今、私に起きている現象はかなり非現実的なことだからな。


 ん? 非現実的? ならば、もしかすると…


「私がタイムスリップしてしまったということなるのではないか?」

 私は自分でも頭がおかしいんじゃないかと思える「タイムスリップ」という言葉を自然に口に出した。

 すると、私の言葉を聞いたプラウダは、顔をしかめ、何かを考えているような雰囲気を醸し出した。その後、何度か頷き笑顔で私の顔を見た。何かが納得できたのだろうか?


「そっか、そうですよね。なんだか、タイムスリップしたっていう方がしっくりしてきました。だって、軍服姿のスターリン似の人があんな所で倒れてるわけないじゃないですか。ふふっ、そうなると面白いですね。過去の独裁者が現代にタイムスリップなんて…でも、よくよく考えると、スターリンさんは一回死んでるで、タイムスリップというよりは転生なんじゃないですか?」

 な、なんだか勝手に納得されたな。それに転生? どういうことだろうか? まあ、タイムスリップだろうが転生だろうが、どちらにしても嘘のような出来事だ。しかし今私はその嘘のような出来事とぶつかっている。

「タイムスリップか……とにかく、ここがシベリアだということも本当なんだな」

「はい」

「……書記長の転生先はシベリアか」

 私は若干冗談っぽく呟いた。そしたらプラウダが反応した。

「ふふっ、そんな言い方されると日本の最近のアニメみたいですね」

「日本? ああ、あの敗戦国か」

「ちょっと、その言い方はないんじゃないですか?」

「そうかもしれんな」

「おっ、やっと笑いましたね〜」

「それはそうとプラウダ、先程は胸ぐらを掴んですまなかった」

「今は気にしてませんよ」


 その後、私はプラウダとは反対側の椅子に座り、二人で談笑し始めた。

それはさておき、なんとか私とプラウダはお互いが違う時代の人間だということを確認?できた。とても信じられないが、今はこの事実を鵜呑みにするしかない……。

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