KAC20223人形街の怪談
@WA3bon
第1話 第六感
「……」
いつものように客が一人もいない俺の人形工房。唯一の店員であるノワールがぼーっと一点を見つめたまま固まっている。
「おい? どうした?」
「ふぇ? あぁ、何でもありませんよマスター」
そのままノワールは無人の店内の掃除を続ける。
メンテナスをしたほうがいいのだろうか?
ノワールは俺が作り上げた自動人形なのだ。切れ長の赤い瞳と濡れたように艷やか黒髪。どこからどう見ても十歳くらいの女の子――美少女にしか見えないが、れっきとした人形である。
なので、定期的に手入れが必要になる。まぁそのへんは人間だって健康診断くらいするだろう。
「いや……でもなぁ」
ノワールは数ヶ月前に本格的なオーバーホールを実施している。分解して部品のすべてを洗浄、交換したのだ。向こう数年は構造的な不具合はないはずである。
「ふんむ? まぁ一応調べては見るか」
「マスター?」
「じっとしてろ」
ノワールの頭に手を置く。自動人形は人形師の魔力で稼働するコアを動力源としている。コアは人間で言う心臓であり、脳でもある。ここにアクセスすればノワールが見聞きしたことを知ることが出来るのだ。
――七十秒前の視覚情報にアクセス。
刹那、俺の視界が一瞬ブラックアウトする。すぐに暗闇は晴れ、小汚い店内が見えてきた。見慣れた景色だが普段よりも大分視点が低い
先ほどノワールの見ていた光景である。
掃き掃除をしていたノワールは、しばらく床に目を落としている。
不意に、視線がぐいっと上へと向けられた。明らかに何かに気がついたような、迷いのない動きだ。
視覚情報はそのまま天井へと固定される。なにもない。クモの巣が見えるくらいだ。そのまま十秒、二十秒と経過していく。
ネズミでも見つけたのかと思ったが、何の気配もない。
そろそろ呼び出した視覚情報が終了する。はてさて、一体ノワールはどうしちまった――。
『……』
「っ!?」
一瞬。本当にまばたきをするほどの間。何かが見えた。その正体を探ろうと、集中するが……。
『おい? どうした?』
俺の呼びかける声とともに、ノワールは視線を天井から外す。
「ここまで、か」
「マスター? あ! 私のコアにアクセスしましたね? えっち!」
「エッチではない! お前がボーッとしてたから原因を探ろうとだな……」
「乙女の秘密を探るなんて!! やっぱりえっちじゃないですか!」
乙女の秘密って……。どこで覚えてくるんだ?
そんな低レベルな言い合いをしていると、不意にカロンカロンと鐘の音が耳朶を打つ。入り口に取り付けた来客を知らせるベルだ。
「ネロさああああああん!」
「げふっ!」
ドアが開くやいなや、赤い髪の女性が一直線に飛び込んできた。同業者のルージュだ。
「なんなんだよ!」
不意をつかれた俺は情けなくも押し倒されてしまった。ルージュもしがみついたまま離れない。
「うわうわ! ルージュ様ったら大胆!」
そしてニヤニヤしながら冷やかす女の子はロッソ。ルージュ作の自動人形だ。
「いいから離れてくれ!」
「は? 幽霊?」
「はい……」
しばらくして。落ち着いたルージュが訪問の意図を語り始めた。
「ここのところなんだかロッソのちゃんがぼーっとすること多いなぁって。コアの不調かと思って調べたんです」
なるほど。うちと全く同じだ。
「そしたら……幽霊が見えたんです!」
言いながらルージュはガタガタと震えだしてしまった。それほどまでに恐ろしい何かを見たというわけか。
「具体的に何が見えたんだ? 俺には何かがチラッと程度しか確認できなかったが」
「え? あぁ、それなら私もそうです。何って言われると……」
埒が明かない。だったらもう本人に直接聞けばいいだけの話なんだが。
「なぁノワール、さっきは何が見えた……」
ノワールに水を向けるも、返事がない。
「……」
「また固まってる?」
「ろ、ロッソちゃんもですぅ……」
黒髪と薄桃色の二体の人形が並んで天井の一点を凝視している。
コレは中々にうす気味が悪い光景だ。幽霊。そんな話を聞いたから余計にそう思ってしまう。
「ロッソちゃ――」
呼びかけようとするルージュを手で制する。いま彼女らは『見ている』のである。ルージュがお化けというナニモノかを。
「だったら俺らも見てやろうじゃないか」
「ふえぇぇ……ネロさん、悪い顔……」
「自動人形ってのはそもそも俺らとモノを見る原理が違う」
工房裏手の倉庫。ここには試作品やガラクタ、あるいは文字通りお蔵入りになった品物が保管されている。
「そうですね。コアから発生する魔力を目から照射してその反響で像を捉えています」
音波の反響で物を見るというコウモリに近い。もっとも、それよりは遥かに鮮明ではあるが。
「つまり、ノワールたちが見ているナニカってのは魔力でしか捉えられないんだろう。……どこにしまったかな?」
言いながらガラクタの山をほじくり返す。
人間の視覚、つまりは光で補足できない。そんなものが本当にあるのかは分からないが。もし実在するのならば、ノワールたちはそれを見ているのかもしれない。
全ては仮説だ。現状では、な。
「よし、あったこれだ!」
「わっ! かわいいですね。それもネロさんが作ったんですか?」
手のひらに乗る小さな人形だ。頭が大きめにデフォルメされたそれは、ノワールのように自動では動かない。機能を制限されたタイプの人形だ。
「まぁな。自動人形の視覚機能をだけを取り出したモンだよ」
要するに魔力の反響を映像として結ぶわけだ。光を使わずに暗い場所を照らし出す。さしづめランタンのようなもんだ。
夜の灯りにと作ったものの『じゃあランタンでいいのでは?』と至極真っ当なノワールの指摘でお蔵入りになった。
「ま、まだ固まってますね……」
店に戻ると、ノワールとロッソはまだ天井を見つめて固まっている。
彼女らの視線を追ってみるが、やはりそこには何もない。ルージュにも異常は発見できないようだ。肩をすくめて首を振る。
「よし。それじゃ、こいつの出番だな。頼むぞ」
手に乗せた人形に魔力を注ぐ。途端に人形の首が持ち上がると、カっと瞳が見開かれた。
「んん? 何も変わらないようですが……?」
ルージュが怪訝そうに呟く。そりゃそうだろ。今は十分に明かりがある。何も変わることはない。
魔力でしか見えなもの以外は。
人形の首をゆっくりと上へ向ける。
何もない。幽霊だの目には見えない存在だのと。飛躍しすぎたかな。
がっかり半分、安心半分でため息をつこうとした、その時。
「あっ! いましたよ幽霊です!」
「んな!」
泡を食ってルージュが指さす先を見る。天井にべっとりと張り付いた、人間の頭ほどの黒いシミ。
それがどうした? と眉根を寄せるが、違う。シミではない。まるで生きているかのようにモゾモゾと蠢き出したではないか。
やがて水滴が滴り落ちるように、ベシャリと湿った音を伴い降ってきた。
黒い水滴はプルプルと震えると膨れ上がり球体へと変貌を遂げる。
手のひらの人形を少しそらすと、球体もまた見えなくなる。魔力でしか見えない何者か。本当に存在していたのだ。
「しかしこいつは一体?」
こんな生き物……と言っていいのかすらも分からないが、見たことも聞いたこともない。もっと良く観察しようと無防備で近づきすぎた。
「ネロさんあぶない!」
球体が突然飛びかかってきた。不覚という他ない。会費は完全に間に合わない。目を瞑り、得体の知れない攻撃に備える。
「マスター、下がって」
耳慣れたノワールの声同時にぐいっと襟首を掴まれて後方へと投げ捨てられた。
「えいっ!」
そのままノワールは手にした箒で球体を叩きつける。
『せえの、わっ!』
すかさずロッソが魔力を乗せた声の衝撃波を放つ。謎の存在はあっけなく砕け散ってしまった。床と一緒に。
「マスター、怪我がないようで何よりです」
「したけどな? 投げ飛ばされた段階で」
「しかし、本当なんだったんだありゃあ?」
抉られた床を眺めるが、もはや痕跡さえも残っていない。
「謎は謎のまま、か……」
「謎じゃないです」
「そうですねぇ。あれは闇のエレメントですよぅ」
ノワールとロッソが立て続けに説明してきた。
「いや、エレメントってなんだよ?」
「精霊の一種ですってば。マスター、そこ邪魔」
俺を押し退けて床の破片を片付けるノワール。そんな常識みたいに言われても知らないものは知らない。
視線でルージュに問うも、彼女にもわからないらしい。小さく首を振る。
「ロッソちゃん、ノワールちゃん。エレメントってどこで聞いたの?」
ルージュの質問に、二人の人形は揃ってある一点を指差して応える。一点。言うまでもない。それは……。
『アーテルちゃんです』
天井。俺とルージュも釣られて視線を向けるが、当然のように何もない。
手のひらサイズの人形を向けてみるがやはり何もない。
「無駄ですよマスター。魔力視でアーテルちゃんは見えません。ロッソちゃん、チリトリお願いします」
首を捻る俺を諭すようにノワールが言う。
「じゃあ、なんだったら見えるってんだよ?
」
──シックスセンス。
ぞわり。鳥肌が立つ。なんだいまのは?声ではない。まるで脳みそのなかに直接話しかけられたような?
「っ! ?」
ルージュにも聞こえたらしい。無言で混乱している。
シックスセンス、第六感。直感やあるいは霊感とも言う。
幽霊。
ルージュが最初にそういい出したときは内心笑っていたが、今はとてもそんな気分になれない。
アーテルちゃんのことを深掘りする気にも
、もちろんなれない。
「知らなくてもいいことってはあるのかもな」
俺の独り言に、天井で誰かがうなずいた。ような気がした。
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