第八話 魚柄の浴衣姿の猫耳美少女は、カラコロと下駄を鳴らす。
にぎやか過ぎる昼ご飯のあと、上機嫌な
明日から夏休みで会えなくなるのに、そのことについては何も言わず、ずっとニマニマしてる姫乃が、とても気持ち悪かった。
だけど、そのことを口にすれば、墓穴を掘ることになるだろうと思ったから、あたしは気にしないようにしていた。
彼女の家にいた時に、姫乃の母親に、また遊びにきてねとか、泊まりにきてもいいとか言われたけど、あたしは『遠いので……』って言って断った。
それでもすごいしつこかったから、『親戚の家は泊まったことありますけど、友だちがいなくて、友だちの家に泊まりに行ったことがないので、どうしたらいいかわかりませんし』と言ったんだ。
そうしたら、姫乃の母親がガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、ぎゅぅぅぅぅぅぅっとあたしの手を握りしめ、『今日からアタシが友だちよ! いちかって呼んでね!』って、目をキラキラさせながら言って、すごく困った。
そうしたら、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった姫乃が、『かざっちはわたしのなんだから盗らないでっ!』って騒いで、大変だった。
女の修羅場を見た気がした。
あたしも女だけど。
女の争いの結果、いちかさんとは友だちにならなかったけど、いちかさんと呼ぶことになってしまった。
いちかさんは呼び捨てで呼ばれたいみたいだったけど、あたしは嫌だったので、いちかさんと呼ぶことにした。
姫乃が機嫌よくなったのは、家を出たあとだ。気がついた時には、ニマニマ、ニマニマしていたから、気持ちが悪かった。
姫乃と別れたあと、電車に乗って、彼女から借りたあやかし小説を読んだ。普通に面白かった。愛がテーマなら、読書感想文も書きやすいだろう。
電車が停まり、いつもの無人駅で降りた。
他に人間がいなかったので、人形のあやかしのプリシェイラさんと少し話してから、家に向かった。
とてもうるさい、セミの声。元気に成長している草木や、作物たち。夏草の匂い。ジメッとした風が、肌にまとわりついた。暑い。汗が流れる。
立ち止まり、顔を上げれば、どんよりとした空が見えた。雨が降りそうだ。そんな気がした。
うちの敷地に入ると、椿柄の着物をまとった裸足の幼女と、猫柄の着物をまとった裸足の幼女が駆けてきた。
「かざねちゃんがかえってきたー! おかえりー!」
「かざねちゃんがかえってきたー! おかえりー!」
同じ声で同じ言葉を言った二人に抱きつかれる。
「おみやげはー?」
「おみやげはー?」
「ない」
「すずかわひめのちゃんって、いつもメールくれるこだよね?」
ツバキがあたしにくっついたまま、小首を傾げた。
「そうだよ。姫乃の家でご飯を食べてきただけだからお土産はないの」
「ふうん」
ツバキがつまらなそうな顔になった時だった。
「ちょっと、あんたたち! いつまで外にいるのよ! 暑いんだけど!」
凛とした声音。
顔を上げれば、カラコロと下駄を鳴らしながら、こっちにくる少女が見えた。
十四歳ぐらいの猫耳美少女。長い尻尾も動いてる。
黒髪からぴょこんと出ている二つの猫耳は、茶色と黒で、尻尾が黒なんだけど、三毛猫の化け猫なので、元の姿になると、白茶色黒の三色の毛並みの猫になる。
ツバキとユズにはツンッとしてることが多いけど、たまに猫の姿できなこと散歩に出かけてくれる優しい子だ。
今は猫耳美少女なので、魚柄の浴衣を身にまとい、下駄を履いている。
瞳はレモン色。唇はイチゴ色で、プルンとしてる。
「このワタシが遊びにきてあげてるんだから、もっと遊びに集中しなさい! 遊ばないなら帰るわよ!」
ミケはそう言って、カラコロ下駄を鳴らし、おばあちゃんの家にもどっていく。
「ツバキ、ユズ、ミケと遊んでたんでしょ? 遊んでおいで」
「かざねちゃんもあそぶ?」
あたしをじっと見つめたまま、問うツバキ。
「遊ばない」
そう答えると、「かるたしてたんだよ。ちよちゃんもいっしょだよ」とユズが言ったので、「おばあちゃんが一緒でもしない。明日から夏休みだけど、宿題が難しいし、高校生は忙しいの」と答えた。
「つまんない」
「つまんない」
不満そうな顔の二人。
「ごめんね」
忙しくなくても、幼女の相手は大変なのだ。
「ツバキ! ユズ!」
ミケが呼んでる。
「ほらっ、二人共早く行って。あたしもここにいると暑いし、早く家に入りたいんだけど……シャワー浴びたい」
「ごめんなさーい」
「ごめんなさーい」
二人は謝ると、パタパタと裸足で駆けていく。
そのあと、家に帰り、水を飲んでから、シャワーを浴びて私服に着替えたあたしは、通知表をお母さんに渡して、姫乃のことや、その母親のことを話した。
「あやかし好きな友だちができてよかったわねー」
お母さんがのほほんと言って、笑う。
「でも、姫乃もその母親も変わってるし、相手するのも大変だよ」
「姫乃ちゃんは出会って数か月、姫乃ちゃんのお母さんは出会ったばかりでしょう? 今は慣れてなくて、大変だと思うことがあっても、大人になった時には、よい思い出になっているかもしれないし、相手の一面だけを見て、嫌がらなくてもいいと思うの」
「一面か……それはそうだね」
さらっと言ったあと、あたしは自分の部屋にもどり、ベッドに横になった。
疲れていたのだろう。
夕方まで、ぐっすりと眠った。
目が覚めると、雨のような音が聞こえた。
開いたままのカーテン。窓に近づくと、雨が見えた。
エアコンをつけたあと、ふいに、スマホを思い出して、確認する。
姫乃から、メールがきていた。
家にきてくれて嬉しかったとか、ありがとうって書いてある。
美味しかったとだけ、返信をしてから、夏休みの宿題をチェックした。
今は、どの宿題からやるか、いつまでにやるか、決めるだけ。
七月末からお盆過ぎまでの間、毎年、離島にある親戚の家に行く。それまでにできるだけやっておきたいから、早めに宿題の計画を立てておく必要がある。
離島には、宿題を持って行かないことにしている。荷物が増えるのが嫌だし、あやかしにいたずらされるのも嫌だからだ。
あたしは机に新しいノートを出して、夏休みの宿題の計画を立て始めた。
♢♢
夜になると、風の音が強くなった。そういえば、台風が近くを通るとか、お母さんが言ってた気がする。もう夏休みだから、気にしなかったけど。
エアコンが効いた涼しい部屋で、風の音を聞きながら、あたしは机に向かった。
今日、姫乃が貸してくれたあやかし小説をパラパラと読んで、内容を確認しながら、感想を原稿用紙に書いていく。
こういうのは、勢いが必要だと思う。恥ずかしいとか言ってたら終わらないから、素直に書くしかない。
あたしは恋愛をしたことがない。だけど、おばあちゃんが、おじいちゃんに出会い、恋をした話とか、ここにお嫁にきたときの話とか、おじいちゃんが亡くなった時のさびしい気持ちとかは、耳にしている。
他にも、生きていれば恋愛の話は聞くし、本や漫画やテレビで知ることもある。だから、全く知らないわけじゃない。
家族愛だって、あると思うんだ。家族――特にツバキとユズにイライラする時もあるけど、愛がないわけではないと思うから。
おじいちゃんは、あたしが物心ついた頃には亡くなっていて、あまり覚えてないけれど、おばあちゃんが、時々話してくれるから、そのおかげで、あたしはおじいちゃんのことが大好きだ。
写真もあるし、おじいちゃんとあたしが過ごした時間のことは、おばあちゃんが覚えていてくれるから、それでいいって思うんだ。
書けた。よし、と、そう思った時だった。
部屋の空気が変わった。
いや、部屋じゃない。外だ。
強い、あやかしの気配。
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