今日もあやかし。時々、お菓子。
桜庭ミオ
梅雨はジメッとするけど、紫陽花が綺麗
第一話 双子座敷わらしのツバキとユズ。きなこは普通の猫。
ふっと、あたしは目を覚ます。
真っ暗な部屋。誰もいない。
だけど、きてるなと感じた。
この気配は、力の強いあやかしだ。嫌な気配じゃない。まあ、悪意のあるあやかしは、この敷地内に入ることができないから、危険がないのはわかってる。
夜に、たまにくるのは、あやかし山の隠れ里の長――
きっと彼だ。とても静か。
座敷わらしたちは、強いあやかしがいると緊張するらしく、彼がきた時はおとなしい。
眠いな。寝よう。明日も学校だ。
♢♢
シャッと、音がした。
ん?
カーテン?
パチンと音がして、まぶたの裏に光を感じる。
また起こしにきたのか。こなくていいって言ったのに。眠い。
クスクス、クスクス、鈴の音のような笑い声。
ぽんっと、ベッドに何かが乗った。
キャッキャとはしゃいで、飛び跳ねる。
ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょ――。
「コラァ!」
カッと両目を開けて、ガバリと起きれば、布団の上にいた二人の幼女が固まった。びっくりしたって顔で、こっちを凝視している。
同じ顔。おかっぱ頭に、色違いの髪飾り。
声も、背の高さも同じ。
性格と、着物の色は違うけど、双子に見える。でもこの子たち、双子と言われるのを嫌うんだ。
今も、反応がそっくりで、双子みたいなんだけど、言ったら、ツバキが怒るし、ユズが泣きそうになるから、言わない。
「ねえ、いつまでその顔なの? びっくりしたって顔で、こっちを見るの、もうやめてほしいんだけど。わざとらしい。あたし、もう高校生なんだよ。わざわざこっちこなくても、ちゃんと起きるし、準備できたらおばあちゃん家行くから」
あたしが早口で言うと、二人が同時に傷ついたような顔をした。
猫柄の着物姿の裸足の幼女が泣きそうになる。それをちらと横目で見た椿柄の着物姿の裸足の幼女があたしを
猫柄の着物を好むのはユズで、椿柄の着物を好むのはツバキだ。
その時、スマホのアラームが鳴った。
放っておけば止まるけど、そのまま置いておけば、学校に持っていくのを忘れるので、スマホを持ち上げて、机まで移動した。
ポンと机の上にスマホを置いたあと、触らないでねと言おうとして、二人を
小さく息を吐いて、スマホのメールをチェックする。同じクラスの
夜は静かに一人で過ごしたいから、おやすみメールはやめてもらったんだけど、おはようメールは絶対にしたいらしい。
小さく息を吐きながら、あたしはスマホを机に置いた。
あたしは変な絵文字や顔文字が嫌いだ。普通の笑顔ぐらいならいいけど、変な顔は、バカにされているように感じて、イラッとする。
それを彼女は知ってるから、あたしが嫌う、変な絵文字や顔文字は使わないようにしてくれてるんだけど、毎日メールしなくてもいいと思う。
まだ少し眠いけど、おばあちゃんの家に行かなきゃいけない。早く顔を洗って、髪をとかして、着替えないと……。
そんなことを考えながらドアに向かう。
外は静かだけど、空気がジメッとしてるから、今日も雨かもしれないななんて思いながら、ドアノブに手を伸ばしたその瞬間。
ヌッと、ドアの向こうから、小さな白い手が四本出てきて、驚いた。
「――うわっ!」
と、パジャマのまま転びそうになったあたしの背後に、すごい勢いで移動する白い手の主っていうか、ツバキとユズ。
見事にあたしを支えてくれたから、なんとか立ち上がったけど、これはお礼を言った方がいいのだろうか?
転んだ原因はこの子たちなんだけど。
そんなことを考えながら、あたしはくるりとふり返る。
満面の笑みを浮かべて立っているツバキとユズ。
「ありがと。ツバキ、ユズ」
あたしは小さな声でお礼を言うと、二人にぎゅっと、力いっぱい抱きつかれる。
君たち熱いんだけど。しかも痛い。
手の力が強いのはしょうがない。座敷わらしだし。
座敷わらしというのは、大人が寝ていても、その枕をひっくり返したりするあやかしだ。
まあ、あたしにそんなことをしたらものすごい怒るから、この子たちはしないけど。
それにしても熱い。湯たんぽみたいだ。体温が高いの、子どもだからしょうがないんだけどさ。
ぎゅうぎゅうされると暑苦しい。
ツバキとユズにまとわりつかれながら一階の洗面所に行って、朝のあれやこれやをしたあと、部屋にもどる。
制服に着替えたあと、スマホをポケットに入れたら、あとはリュックサックの中を見るだけだ。
机の上に置いてある黒いリュックサックの中をジッと見る。
その間も、二人の視線を感じているけど、気にしたら負けだ。
必要な物は全部ある。たぶん、大丈夫。
黒いリュックサックのファスナーを閉めて、持ち上げる。重い、けど、おばあちゃんの家に行くまでだ。
「できた?」
「できた?」
可愛らしい声。
彼女たちに目を向けると、二人とも、小首を傾げていた。
あたしは「うん」と頷いて、電気を消すために歩き出す。
「キャー!」
嬉しそうに駆け出したツバキに続いて、「まってぇ!」と、ユズが走り出す。
二人はドアの向こうに消えた。
パチンと電気を消してからドアを開ける。明かりに照らされた廊下はとても静かで、階段の方にも気配がなかった。
ふうと息を吐いて、持っていた黒いリュックサックを見下ろした。
あたしが小学生の頃に、ツバキとユズがいたずらをして、授業で必要な物を隠したことがあった。
それに気づかずに学校に行って、ランドセルを開けた時には、ものすごくショックだった。
座敷わらしが隠したなんて言えないし、先生には、『忘れました。ごめんなさい』と頭を下げた。
家に帰ってから怒っても、二人は全く反省しなくて、無邪気に笑ってたから、その日からしばらく、無視したことがある。
そうしたら、二人で泣きながら謝ってきて、あたしの物を隠すことはしなくなったから、できるだけ、二人を信じるようにしている。
疑心暗鬼になったら、何もできない。
たまにあたしのスマホで、二人でゲームをしたり、動画を見たりしてるけど、メールや電話はしないように言ってあるし、問題は起きてない。
階段を下りると、何処かで、女の子の笑い声がした。
ツバキとユズが、お父さんのところにでもいるのだろう。
お父さんは、遅くまで仕事だったり、たまに飲み会だったりで、疲れているから、ギリギリまで寝てる。
一度寝たら、お母さんが起こすまで熟睡してる人だ。
座敷わらしが二人騒いだって、お父さんは起きないからいいんだけど、あたしだったらキレる。
寝てる時に邪魔されるのが一番嫌だ。
どうせすぐに追いかけてくるから、二人のことは放置して、あたしは黒いスニーカーを履いてから、同じく黒い傘を持って家を出た。
外はまだ暗いんだけど、あたしの家の玄関と門灯が明るいし、おばあちゃんの家も明るいから問題ない。
水分を含んだ風を感じながら、おばあちゃんの家の玄関の戸をガラガラ開けて中に入ると、古い家の匂いがした。
黒い傘を傘立てに突っ込み、黒いスニーカーを脱ぐ。
この家は築百年以上だけど、あちこちリフォームしてるから、ボロくて困ることはない。
小中学生の頃に、学校の子たちが、
ものすごく嫌だった。
あたしがあやかし山の近くに住んでいるとか、オンボロ屋敷に住んでるとか、誰もいないところに向かって話してたとか、霊感があるんだとか、ウワサする子がたくさんいた。
霊感は確かにあるけど、ここ、おばあちゃんの家だし、そこまでボロくない。
ああ、嫌なことを思い出した。
その途中で、後ろの方からパタパタと足音が聞こえて、あの子たちかとふり向けば、天井を走る二人が見えた。
「かざねちゃんだ!」
「かざねちゃんだ!」
キャーと、嬉しそうな声を上げて、飛び降りる。
ドンッという大きな音。
この家、よく百年以上がんばってるなって、たまに思う。
何度か、家が壊れるからやめた方がいいって、注意したんだけど、この子たちは、『こわれないもんっ!』って言うんだ。
おばあちゃんも、『座敷わらしが家を壊したりしないわよ』ってニコニコしながら言うし、そう言われたら、あたしは何も言えない。
だってここ、おばあちゃんの家だし。
ツバキとユズがパタパタと廊下を走って、すりガラスの戸をスルーして、台所に入る。
「かざねちゃん、きたー!」
「かざねちゃん、きたー!」
元気に報告をしたあと、再び二人がすりガラスから出てきた。
「あそんでくるー!」
「あそんでくるー!」
二人はパタパタ走って、何処かに行った。
遊びに行っても敷地からは出ないし、家の誰かが呼べばすぐにくる。
すりガラスの戸を開けると、「ニャア」と鳴きながら、一匹の猫が近づいてきた。
薄茶色の毛に、濃いオレンジのしま模様。くりっとした瞳は
この子はメスで、名前はきなこ。茶トラと呼ばれる猫だ。
あたしがしゃがんで撫でてやると、きなこは嬉しそうに目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らす。
きなこの毛並みはふわふわで、身体がやわらかくて温かいから、触っていると気持ちいい。
この辺りはあやかし山が近いせいか、あやかしが多いけど、きなこは普通の猫だ。
あたしが小学生の頃に、ダンボール箱の中でミィミィ鳴いているのを見つけて、家に連れて帰った。
雨が降っていて、寒かったし、ダンボール箱が置かれていた場所がうちの近くで、連れて帰るという選択しかなかった。
だって、あやかし山の近くに住む人間は、うちの家族しかいないから。
その時は必死だったけど、あとで考えると、あたしが見つけるまで生きていたのは奇跡だったと思う。
夜の方があやかしが多く出歩いてるけど、他の時間に、全くいないってわけじゃないから。
すりガラスの戸を閉めてから奥に行くと、テーブルの上に美味しそうな朝ご飯が並んでいた。
お腹が空いたな。
「あらっ、
椅子に座っているおばあちゃんが、あたしに気づいて微笑んだ。
「おはよう」
その向かいに座っているお母さんもあたしに気づいて、「おはよう」と言ったので、「おはよう」と返す。
「風音。もうご飯、できてるわよ」
うん、見たらわかるよ。お母さん。
とは言わないで、あたしはスタスタ歩いて、席に着いた。
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