第72話

「お待たせ」

「ラ・マさんも急で困りますよね」

「まあね。それに話してるのに悪者の場所をナビに知らせてたってことでしょ?」

「そうですね。そうなります」

 ラ・マさんがナビが待っている。と言ったときには、もうすでに自分でナビに連絡を一方的に出していたわけだ。

 僕が待たせているような表現をしていたが終わってからすぐに僕に話すのでも良かったことを先に進めようとナビに知らせただけだ。

 つまり、

(ラ・マさんの問題だ)

(早速か、いいから行かないと手遅れになるぞ)

(はい)

 心のなかでラ・マさんに返事をし、

「行こう。ナビ」

 ナビに対して声で指示する。

「はい」


 現場につくと、あくまで道に迷っている風を装ってターゲットを物色しているらしき人物を見つけた。

「あの人?」

「はい。そのようです」

 鋭くなってきた勘も信じつつ、ナビの正確な情報で確認する。

 しかし、ここは商店街とは違い人通りが少ない道だ。

 何故、と思った時に頭をよぎったのは待ち伏せ、ターゲットを物色し、人目の少ない場所で人に気づかれずに盗みを働くことが本題ではなく、誰かがここに来るのではないか、そんな予感が浮かんだ。

 だが、それはあまりにも非現実的な出来事だ。それならそうとナビは知っているはず、そうでないなら、あくまで推測でしかない。

「どうしますか?」

「何かが起きてからでは遅いから、最初から」

「わかりました。変身ですね」

 声は小さいがナビのテンションが上っているのがわかった。

 変身はそんなに楽しいものでもないのだが、ナビでも初めてのことには心躍るのだろう。

「変身っ!」

 僕は悪者に接近しつつそう叫び、ステッキを天高く掲げた。

 普段なら、自分の体を白い光が包み込み自分の肉体を変えていくのだが今日はそんなことはなかった。

 代わりに、後方で発光。ナビはアイドルのような、コスプレのような、確実にクマ人間よりも目立つ見た目で僕の前に立った。

「何してるんですか?」

 そんな声を気にもせず、

「変身っ!」

 と再びやるが、あるのは自分の中の恥ずかしさと虚しさだけ。

「い、一体どうなってるんだ?」

「あっ逃げちゃいます。先に行ってますね」

 ナビは単独で、悪者の追跡をするようだ。

 今の体では確実にナビの全速力に追いつけないため、仕方なく、

「わかった。無理するなよ」

 と言わざるを得なかった。

 ナビは、

「わかりました」

 とだけ言い残して走り去った。その速さはクマ人間だった僕のスピードを大きく上回っていることは傍から見ても、きっと僕が見ていなくても明らかだった。


(ラ・マさんどうして変身できないんですか?)

(ボタンがあるだろう)

 くるくるとステッキを回して探すと確かに、ステッキの装飾との境目付近に膨らみがあった。

 何かが起こることを恐れ、安易には幼いことにした。

(これがどうしたんですか?)

(押しながらじゃないと返信できないんだ。そういうふうにしておいた)

(なるほど)

 とは言ったものの何故そんな機能をつけたのか理由はよくわからないが、ただ、そういうルールが有るなら先に言っておいて欲しいものだ。

 僕はしかし、直接文句を言うことはなく、自体は急を要するため、ボタンを押しながら、

「変身っ!」

 と言ったがしかし、ルールに則ってあげたにもかかわらず何も起こらなかった。

(ラ・マさんが壊したんじゃないんですか? これ?)

(そんなことはない。掛け声をつけるようにナビに言われたんだ)

 何でそんなことをと思ったが、

(なんて言えばいいんですか?)

 と素直に聞いた。今のところは質問が多いだの何だのとこの場では言われていないがこれまで散々言われてきた言葉だったからだ。

(マジカルマジカルマージカル……らしいぞ)

(え?)

(だから、マジカルマジカルマージカル。だ)

(いや、流石にそうですかとはなりませんよ。急にそんなこと言えって言われても……)

 事実だ。例え人に見られての変身がアウトなのだから、変身時は人に見られないことが前提とはいえ、それは、なんともいただけない。

(ナビが言うには、優美が言ってたらしいぞ)

(やりましょう)

 自分でも驚くほど食い気味で答えていた。

 これでいいのか? 自分の大切なものを何か、いくつも失っている気もするが、

「マジカルマジカルマージカルっ!」

 ボタンを押しながら、謎の呪文を唱えた。

 やっと、体は白光に包まれて肉体の変化が起こった。

 この間はほとんど体感覚はない。だからこそ、生きているのかが不安にもなるが、そんな感情を抱いている暇はない。

 現象は一瞬だ。

「やっぱりこうですよね」

 自分に言い聞かせるようにつぶやいた声は、さっきまでの自分のものではなく、悟さんに二戸部勇気だと証明するために手間取った時の体だった。

 しかし、だからといって、じっとしては居られない。

「待ってろ。ナビ!」

 自分を鼓舞するように自分としては恥ずかしい服装による初めての一歩を踏み出した。

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